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中学生一瞬の光芒!藤戸一栄のこけし(湯田の小林定雄一家)

藤戸一栄は一瞬の光芒だったかもしれない。中学二年のときに、小林定雄の指導で作ったこけしは「無心無欲」と評される湯田らしい泥臭いものであった。商品として頒布もしたが継続せず、その後は進学などこけしと無縁の生活となった。
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才という少年もすでに、今では
60
才を越えてしまった。だれも二度と十代に戻れないように、藤戸一栄も仮に今からこけしに復帰しても
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才の光芒は期待できない。
藤戸一栄が 1 年あまりで作ったこけしは、いったいいくつあるのだろうか。ヤフオクの落札結果ではわずかに 10 年間で 8 点のみ。 KokeshiWiki の橋本正明蔵も 4 点である。
胴模様は単純なろくろ線と重ね菊のみで他の模様は確認できない。
極めはやはり面描でそれは一点一点異なって、それぞれに味わい深い。
掲出のこけしは尺で、確認できるものではもっとも大きい。これだけのものを挽けるというのも少年としては素晴らしい。ただ頭部はやや角ばっていて、まだ十分に思うようには挽けていないと思われる。胴模様はろくろ線に重ね菊で一栄としてはもっとも複雑である。面描はきりりとしているが、良く見ると左右の眼の描き方がアンバランスでそれはそれで魅力となっている。これはヤフオクで 2012 年 4 月 2 日 13700 円で落札されたもの。
【藤戸一栄】(ふじとかずえ:
1957
~)
昭和 32 年 2 月 1 日岩手県和賀郡湯田に生まれる。昭和 46 年中学生のころ、近くにいた小林定雄のこけしつくりに興味を持って、技術を学び、こけしの製作を行った。無心無欲で製作したこけしは蒐集家の関心を誘って、何本かが蒐集家の手に渡った。ただし、進学等で忙しくなり、こけし作りは約 1 年程度の期間で終わった。 <br> 現在も岩手県 和賀郡西和賀町 湯本に住んでおり、マラソンランナーとして有名、また各地で開催される駅伝大会の地元チームの監督としても活躍している。
〔作品〕
昭和
46
年ごろに製作したものが残っている。東京のこけし店で売られたこともあった。初作に近い習作段階のこけしは湯田らしい作風で面白い出来であった。商品として頒布されたものも定雄から継承した湯田時代の丑蔵の余韻が残る作品だった。(KokeshiWiki)
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