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「蔵王」とは<蔵王権現>のこと

こけしの世界では、蔵王は 蔵王高湯系
あるいは 蔵王系
として定着しているが、最初は 堀田系
(天江富弥『こけし這子の話』)とされていた。これは、もともと蔵王という地名自体がなかったためである。
現在でも蔵王山という単独の山はなく蔵王連峰のことを、俗に蔵王山と呼んでいるだけである。
蔵王連峰の主峰としては、山形県側の熊野岳(標高 1840m )、県境の刈田岳( 1758m )、宮城県側の屏風岳( 1825m )がある。これらの他に蔵王連峰を構成する主な山として、五色岳( 1672m )、杉ヶ峰( 1745m )、不忘山( 1705m )、名号峰( 1491m )、地蔵山( 1736m )、三宝荒神山( 1703m )、瀧山( 1362m )、雁戸山( 1484m )、鳥兜山( 1387m )、横倉山( 1152m )、青麻山( 799m )、後烏帽子岳( 1681m )、前烏帽子岳( 1432m )、馬ノ神岳( 1551m )がある。熊野岳から刈田岳の間の尾根は馬の背と呼ばれる。このうち、北東から南西方向に連なる山々が宮城県と山形県の県境であり、日本列島における中央分水界である。
火山活動によってできた蔵王連峰の地形は多様である。蔵王連峰の東側には火口湖を源とする不帰の滝や、振子滝、地藏の滝、不動滝、日本の滝百選の一つである三階の滝がある。また、火山活動の恩恵である温泉がいくつかある。山形県側に蔵王温泉(高湯)があり、宮城県側には峩々温泉、青根温泉、遠刈田温泉がある。(ウイキペディア抜粋)
蔵王とは蔵王権現のこと
蔵王 とは、奈良県金峰山の金剛蔵王権現のことで、蔵王山の名称は、蔵王権現がこの山(刈田岳)に祀られた事に由来する(現在の刈田嶺神社)。
蔵王権現はインドに由来を持たない日本生れの仏で役行者が感得し修験道の本尊とされたものである。それが、各地に勧請されたことで、そのため蔵王の地名は日本各地にある。(宮城県栗原市瀬峰蔵王、山形県山形市蔵王、山形県上山市蔵王、山形県上山市永野蔵王山、新潟県長岡市蔵王、新潟県胎内市蔵王、愛知県田原市浦町蔵王、愛知県田原市田原町蔵王、愛知県田原市吉胡町蔵王、滋賀県蒲生郡日野町蔵王、京都府南丹市日吉町田原蔵王、広島県福山市蔵王町)
蔵王連峰は古くは刈田嶺(かったね)、不忘山(わすれずのやま)と呼ばれた。刈田嶺の文献上の初出は平安時代の歴史書『続日本後紀』の承和 11 年 8 月 17 日の条である。不忘山は歌に見られる。平安時代の和歌集『古今和歌六帖』に「みちのくに あぶくまがはの あなたにや 人わすれずの 山はさかしき」という歌がある。また『枕草子』の第 13 段「山は」の部分にわすれずの山が表れる。ただし、歴史的な文献に表れる蔵王関係の山が現在のどの山に相当するのか、確定しがたい。明治の初め頃の文献においても、蔵王嶽、不忘山、刈田嶽と表記の揺れが見られた。現在、不忘山と呼ばれる山は、かつては南森、御前岳と呼ばれていた。(ウイキペディア)
こけしの発生は湯治場に由来しているため、鳴子系、遠刈田系、温湯系、肘折系などの名称が生まれた。とするならば「蔵王系」というよりも「高湯系」とすべきであろう。
「蔵王」の名称を、現在の宮城県山形県の「蔵王山」が独占する合理的な理由はない。こけし関係の文献では「蔵王」の名称を『こけし辞典』でも『蔵王東麓の木地業とこけし』でも何の抵抗もなく使っているが、これは解せない。なお、この場合の「蔵王東麓」は宮城県側の遠刈田系(青根を含む)、弥治郎系を指す。
「蔵王山」が新日本観光地百選の第一位
「蔵王」が主に宮城山形の蔵王連峰を指すようになった理由の一つは、戦後になってからで、それは 1950 年、毎日新聞社が主催して選定された 新日本観光地百選 の第一位に蔵王山がなったことが大きい。
新日本観光地百選はハガキによる人気投票という形式をとった。 1950 年(昭和 25 年) 7 月 30 日に公募を開始し、 9 月 15 日に締め切り、 10 月 11 日に発表された。各観光地の関係者が競って応募したため、応募総数は 7750 万 854 通。全体の 1 位は蔵王山の 233 万 676 通であった。
前述のように蔵王山という山はないにも関らず、「蔵王山」としてこの観光地投票に揚げたのは誰だったのだろうか。結果的にいえばそれは地元にとっては大成功であったが、「蔵王」の意味がすっかり変質することにもなった。
1 位となった「蔵王山」ではこれを機に、その西麓にある山形県南村山郡堀田村が村名を蔵王村に、同村内の温泉である高湯(最上高湯・堀田高湯)も蔵王高湯に(その後さらに蔵王温泉に)、そして奥羽本線金井駅も蔵王駅に改称されている。宮城側の宮村、円田村も合併を機に蔵王町としており、両麓の地域が蔵王にあやかろうとしたのが見て取れる。その後この地域を単に蔵王と呼ぶことが多くなり、蔵王エコーライン、蔵王ハイラインなどの名称も生まれた。
高度経済成長期になるとスキーブーム( 1961 年に始まり 1998 年が頂点)が起きて、宮城山形の蔵王の名がさらに広まった。正式名称は山形蔵王温泉スキー場(山形市蔵王温泉)で単独のスキー場としては全国一の規模である。宮城県側にも「みやぎ蔵王」を冠するスキー場(えぼしリゾート・セントメリー・白石・七ケ宿など)がある。
なお読売新聞が主催して、 1987 年(昭和 62 年) 3 月に選定された 100 か所の日本の観光地「新日本観光地 100 選」では、「宮城蔵王」が選ばれている。 蔵王を「宮城蔵王」と「山形蔵王」分けることはあっても「宮城蔵王」だけが選ばれた理由は不明である。これを見ても「蔵王」がいまだに揺らいでいることが分る。
だからといって蔵王山をもとの刈田嶺に、蔵王温泉を高湯に、蔵王高湯系を高湯系にすることも難しいだろうが、言葉の原義を知っておくことも重要である。せめて山は単に「蔵王」ではなく蔵王連峰といいたい。こけしについても蔵王系でなく蔵王高湯系であろう。(画像は山形市下宝沢の蔵王大権現、約 3 m。冬の刈田嶺神社)
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