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高橋忠蔵の戦前昭和 13
年作 2
本が
高
橋忠蔵(
1893-1981
)の 戦前作
をやっと
1
本入手したと思ったら、今度は
2
本がヤフオクに出品され運よくこれも入手できた。
胴底には「原ノ町 高橋忠蔵 一三、三、廿五」とある 15 ㎝で、ろくろ模様とアヤメで戦後に繫がるスタイルがすでに確立していることがわかる。小ぶりな 15 ㎝もいかにも子供のためのものという感じである。面描も古風で、忠蔵の原点を知ることが出来る。この水平で切れ長の目は、深沢コレクション(日本こけし館)と同手である。またこの昭和 13 年は小生の生まれた年である。忠蔵で欲しいのは、あと大正期の「葱坊主」と呼ばれるものだけになったが、この入手はまず無理だろう。
昭和 13 年、このとき忠蔵はすでに 46 才。忠蔵がようやく知られたころである。
KokeshiWiki に「昭和 12 年橘文策の来訪があり、〈木形子〉で作者として紹介された。鯖湖の描彩者がキンであったことが判明した昭和 14 年頃からは、蒐集家の依頼により、キンのこけしの木地を挽く事があった。昭和 14 年 8 月日本橋白木屋で 4 日間の実演を行なった。」とある。このときの展覧会(東京こけし会)には、当時の皇族の閑院宮春仁王妃直子( 1908-1991 )が来臨し、忠蔵は白装束烏帽子姿で実演をしている。
(注)閑院宮春仁王妃尚子は、公爵一条実輝の四女で、 1925 年(大正 14 年)に閑院宮春仁王と成婚したが春仁は同性愛者で彼女を顧みなかった。 1947 年(昭和 22 年)に皇籍離脱して閑院直子、離婚訴訟ののち 1966 年(昭和 41 年) 1 月に協議離婚成立、一条直子となった。離婚後 10 歳下の高橋尚民(のち一条)相模女子大学教授、小田原女子短期大学教務課長、東京音楽大学国文学教授と再婚している。
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