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こけし工人と敬称
「こけし手帖」などを読んで気になるのは工人の敬称である。古作・古品については敬称なし。こけし会の参加者名などでは**工人、**さんとすることが通例である。直接対面する場では「さん」であろう。
戦前は、工人に向って名前を呼び捨てにする収集家もいたという。これは収集家(旦那)対身分の低い職人という意識があったのだろう。もちろんこれは現在では論外である。
だからといって工人に**先生というのもどうだろうか。
いっぽう作品(こけし)を対象とする場合、現存、工人の新作については敬称なし、**工人のこけし、**さんのこけしと統一されていない。
これは日本語の敬称の問題にも関わる。
敬意があれば、いいので、特に著名人については、さん、様、先生でもかえって失礼になる場合がある。
俳句の場合は歴史上の著名人、例えば芭蕉、正岡子規、高浜虚子については敬称を付けないことが敬意である。芭蕉さん、子規さんがないということは容易に判る。現存(あるいは現代)の俳人でも同様で、金子兜太さんというのも、兜太先生というのも、自分と対象者(兜太)を近づけ過ぎている呼称で失礼である。直接対面する場合を除いて、敬称を付けない事こそが敬意である。
つまり「兜太の句は」というべきで、「兜太先生の句は」いうと、筆者と兜太とはどういう関係なのかということになって、客観的な文ではなくなる。
これは俳句に限らず、どの世界でも同じで、それが日本語の特質である。
この点を理解していないと、工人の作に対して「工人の敬称は慣例も従って省略させていただいた」(鈴木康郎<こけし談話会覚書>「こけし手帖」 650 号他)と、いちいち断りを入れることになる。これはかえって失礼であると思うのだがどうだろうか。
私が好きな国府田恵一氏の「こけし千夜一夜物語」では「第 391 夜:寅蔵と正吾さん(2)」では、「 11 月 2 日、正吾さんから荷物が届いた」とあるが、寅蔵については「昨夜紹介した寅蔵の写しである」とある。工人に対して直接の呼びかけは「さん」で違和感がない。こけしに対しては「寅蔵」と敬称略である。違和感はないものの、ここはさん付よりも「正吾工人」とした方が一貫しているように思える。
虎吉、文吉、巳之助と敬称をつけないことが、著名人として扱っているわけでそれが敬意である。
文章上私はブログでも、工人に対しては必要に応じて、**工人としているが、**さんはかえって失礼であると思っている。**先生に到っては揶揄しているとも受け止められかねない。
もっとも先生と呼ばれて喜ぶ工人もいるというが、それは別問題である。(これは「こけし工人は芸術家なのか」という別の命題で、敬称問題ではなくなる。)
こけし(作品)を対象にした場合はもちろん敬称は必要ない。この点、すっきりとさせて置きたい。
なお収集家に対しては、私は**氏と統一している。**先生は大先輩の場合で直接の関係がある場合に限る。
画像は大野栄治の 9 ㎝梅こけしと大沼昇治 9 ㎝割れ鼻吊り目。
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