唐澤浩全資料

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2013.02.19
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電動車椅子ぶらり通信・百八十話


   お金の話

 ただいまお聴き戴いている曲は、ショパンが書いたノクターン第二十番嬰ハ短調です。折角ゆえ今日は、伊那市出身のピアニスト、平澤真希さんによる演奏のCDを選びました。平澤さんは、ポーランドのワルシャワを拠点に、国際的な演奏活動を展開しておられます。しばらくお聴き下さい。
 この音楽が近頃、わりと親しまれるようになった訳は、ショパン作品の中でも一、二のランク付けに迷う程の名作である事に加えて、もう一つ理由があるからです。
 二〇〇二年に公開された映画「戦場のピアニスト」で、この曲が非常に重要な役割をはたしている。思い切った言い方をすれば、人の姿をもたぬもう一人の主人公。それがこの音楽だ、と考えていいかも知れません。
 それはそれとして、この「戦場のピアニスト」という映画は、第二次大戦下のポーランドが舞台です。ユダヤ系のピアニスト、シュピルマンがナチスの苛烈な迫害に耐えて生き抜く、という物語でした。あらすじとしては単純な内容なのですが、紆余曲折の描写は非常にきめ細かく、胸に迫るものがあります。
 さて、ここから今回の本題に入りましょう。
 テレビで保守派の論客西部邁(にしべすすむ)さんと、片やリベラル派の評論家佐高信(さだかまこと)さんという思想的には相異なる立場の二人が、お喋りを交わす。そんな番組がありました。この番組で或る日、ぼうっと二人の話を聞くともなく聞いていた時のことです。ふと、半分ウツラウツラしかけた僕の眠気をすっかり覚めさせる話題が、耳に入ってきました。
 例の映画「戦場のピアニスト」について、話が作品の具体的な内容に及んだ時、こんな事が語られたのです。というのもこの映画には、主人公がとあるレストランで音楽を一曲弾き終わった時、客がチップにコインを床へ放り投げてよこすシーンがあります。これについて、予備知識のない人は多分、その客が横柄にもピアニストを見下してそうしたかのように思うかも知れないが、それは違う、というのです。その時代、コインの偽造が横行していたらしい。つまり、コインにおける本物と偽物の違いは、銭(ぜに)として鋳(い)込まれる際の金属成分や成分比率の差にある訳で、硬さや重さが異なります。チップのコインを床へ放り投げた客は、そのコインが本物である事を証明するために、床へ落とす音を聞かせた、というんですね。

 「物を惜しむ心」あるいは、「物を活かす心掛け」とでも申しますか、どんな品物や、道具類も生き物さながら丁重に扱う価値観は、何も戦時中に限らず、平和な時代にも生きていました。但しこれも大体、四半世紀ぐらい前までの事です。具体的には質屋さんとか、古本屋さん、もっと古くは古着屋さんなどの商いが、街中(まちなか)で自然に営まれていた頃までは、総じて《物の価値》が《お金》よりもずっと、重かった訳ですね。
 加えて、この場合の《物》には、それぞれの家や個人の歴史、および思い入れがふかく浸み込んでいます。ゆえに、物語とは、物と人との間の曰く言い難い関わりを形として確かめるために、生まれたのでしょう。
 その辺の機微を端的に表現した持って来いの小説があります。アメリカの作家、オー・ヘンリーが書いた短編、「賢者の贈り物」という作品です。凡そ、次のような粗筋でした。
 安アパートに住む若夫婦のうちの妻は、名前をデラといった。デラはこの日の買い物から戻り、粗末なソファーに突っ伏して泣いた。その訳は、今宵クリスマス・イヴだというのに、愛する夫ジムに贈るプレゼント。そのプレゼントを買うお金がなかったからである。
 しかし、暫らくして泣くのを止めたデラは、手早に化粧を整えて、再び寒空の街へ出かけて行った。彼女が飛び込んだ先は「マダム・ソロフニー」という美容院。そして、デラはその店の女主人に、私の髪を買い取って下さい、と頼んだ。無愛想な女主人はその頼みに応じ、まるで滝のように漣(さざなみ)を打って長く、美しく伸びるブロンドの髪を、バッサリと、切ったのだった。
 それと引き換えに受け取った二十ドルのお金を握りしめて、デラは貴金属店に向かった。その店で迷わず、プラチナ製の鎖を買い求めた。それはジムが常日頃愛用している懐中時計につけるための鎖である。ちなみに、その懐中時計は、祖父から父へ、父からジムへと代々譲り渡されてきた、思い出の品であった。
 さて、夜の七時、愛する夫ジムが勤めから帰ってきた。そこで彼ら若夫婦は、切なくも透き通るように美しい《行き違い》を、体験することになる。ジムも愛する妻のデラに贈るクリスマスプレゼントを買ってきたのだが、それは、滝のように美しくデラの背中を流れていた筈のブロンドの髪。そのブロンドの髪に挿すべき、鼈甲(べっこう)の櫛(くし)であった。しかも、あろう事か、その櫛を買うために、ジムは父祖伝来の懐中時計を売ってしまったのである。デラが折角買ったプラチナの鎖を取り付ける筈の懐中時計を。
 かくて、この若い二人は、お互いのプレゼントに伴う《行き違い》にひどく戸惑うのだが、しかし同時に二人は、愛し合う思いの確かさを改めて知った。
 ざっとまあ、こんなお話です。僕がこの物語に感ずる凄みは、お金、物、そして人間の愛という三つの価値がそれぞれにしっかりと独立し、三つ巴の渦を大きく描いているという事。そして、その三つ巴の渦から人間の愛が決然と奮い立ち、確かな足取りで歩み出す点にあるのではないかと見ているのですが、いかがでしょうか。デラが語るつぎの言葉をお聞き戴きながら、皆様にもその辺りを鑑定して戴ければ幸いです。

「わたしの髪の毛の一本一本まで神様には数えられているでしょうね。でも、わたしがあなたをどれだけ愛しているかは、誰にもはかることはできないわ」

 ところで、ずいぶん汚らしい雑巾か何かの端を爪の先で抓(つま)み上げ、眉間じわを寄せながら、「こぉんなもの」というようなニュアンスで、お金の事をひどく蔑(さげす)む言葉がありました。それは「阿堵物(あとぶつ)」と言います。江戸時代にお侍さん達が「かね」とか「ぜに」などと、もろに口にするのを頗(すこぶ)る忌み嫌って、「これ」とか「それ」、「そいつ」などといった意味の阿堵物を、お金を指す言葉に用いたようですよ。

 このうち、後者の「白足袋党」は文学を愛好する連中で、「紺足袋党」から半ば軽蔑されていた節がある。男のくせに大衆娯楽の読み物や芝居なんぞに入れ込むとは何事か、という訳ですよ。これは、差し詰め、後世のたとえば湘南ボーイとか、クリスタル族などと呼ばれた若い人々に対する世間の眼、といったものに近いものがあったのかも知れません。
 これに対して「紺足袋党」は質実剛健を宗とし、専ら政治論を語っていました。つまり、お侍さんの気風が色濃く反映されていたようですね。議論の場でも、お金の事を「阿堵物」といって小馬鹿にしていたらしい。要するに、お金にしか為し得ない重要な機能を、それと知った上でむしろ、卑しんでいた訳です。
 というのも、お金は、豊かさの実りや恵みを生む一方で、いかに厄介な物でも立ち処に洗い流して綺麗さっぱり改まった状態へと戻す、物凄い浄化機能があります。そのぶん、具体的に語る場合、何かと問題や差し障りが起きかねませんので、今回はこれ以上触れません。しかし、それがそのままだと生活全体が滞って、どうにも身動きが取れなくなる事態に、人間なら大概、一生のうちで二度三度陥る事から免れられない。そこから救い出してくれるのが《お金》なのですが、武士道の気風はこれを意固地に無視し続けてきました。
 ノーベル賞のなかで、経済学賞の分野にはまだ日本人の受賞者がいません。その訳は、恐らく、今し方お話ししたように、お金の機能をまともに見ようとしない日本人の歴史的な弱点の現れかもしれないな?と時々、考える事があります。
 さて、お終いに、僕自身の事をお話ししましょう。養護学校の高等部を卒業するほんの二ヶ月前までは、僕は手足が不自由な自分がお金の収入に結び付く仕事ができるなんて、思ってもみませんでした。国語の教科担任だった先生が、テレビやラジオの番組の批評を書くモニターの仕事を紹介してくださったのです。初めての原稿を書き終えた時、クタクタにくたびれて、三日ほど寝込んだことは、忘れられません。一枚のお札にも、恐るべき重みがあって、死にもの狂いに力を振り絞らなければこちらへ引き寄せることが出来ない、という事をよくよく思い知った体験でした。





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Last updated  2013.02.19 15:44:33
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