唐澤浩全資料

唐澤浩全資料

2014.12.16
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平成26年12月15日・伊那市有線放送農協

電動車椅子ぶらり通信 百九十一話

   バリアフリーリポート二〇一四

 僕が学んだ県立諏訪養護学校では、在校していたその当時、学芸会にも高等部の生徒が参加して、一つのお芝居を披露していました。これは、高等部開設以来、ひとつの伝統みたいなものになっていましたね。というのも、高等部の演(だ)し物は一年生から、三年生までの全員で一演目の演劇を演じ切る。先生方は、一切ノータッチ。この原則の下、毎年お芝居が演じられていたからです。
 つまり、舞台のキャストは言うまでもなく、大道具、小道具、音響、照明、衣装、メイク、果ては演出に至るまで、身体に障害を抱えた生徒たちが全部、整えるわけですね。大体十一月下旬に計画されていた学芸会での発表に向けて、夏休み明けから即、準備に取り掛かりました。皆ノリノリで取り組んだものです。
 その中で、いつも僕に割り当てられた仕事が、台本の元となる戯曲の再脚色と、ナレーションの執筆です。これには、手足が不自由でなんにもできない唐澤浩だけれど、あいつにさせれば多分、間違いのないものが書けるだろう。そんな先入観をもたれても仕方ない訳があったからでした。
 その一つ目は小学部、中学部の頃から本当にたまたま、いくつかの作文コンクールに入選していた事。二つ目は進学した高等部で、他の生徒に較べると手足の障碍が重い僕には、特別の時間割で国語や英文などのテキストを読み、それをレポートにまとめる。という授業が割り当てられていた事。こうした事から、唐澤浩は筆が立つ、というイメージばかりが過剰にふくらんでしまったのでしょうね。
 これはまずい、と思った時はもう、すでに遅かった。高等部一年生の時に突然、脚色の役割が押しつけられた時には、余りのプレッシャーに耐えられず、一瞬、本気で退学を考えたほどです。高等部で歴代演じられてきたお芝居は、菊池寛(かん)の「父帰る」とか、山本茂美の「あゝ野麦峠」、木下順二の「夕鶴」などといった名作ばかりで、実際の舞台もみな、かなり迫力がありました。それらに劣らない台本として、元の戯曲を脚色しなければ八つ裂きの刑に遭う。そんな強迫観念に駆られながら三日三晩、ほとんど徹夜で書き上げた事は忘れられるものではありません。
 演出だった先輩に恐る恐るそれを見せて、

 といってもらえた時のホッとした気持ちは、何とも言われないものでしたね。その後、疲れがどっと出て、一週間、寝込みました。
 思えば、これが、僕の場合、本気で文章を書く道に踏み出す第一歩だったと言えます。これ以降、僕に対する先生方の文章教育は、益々、本格的なものとなりました。それが、結果のひとつとして、卒業直後から二十年間つづけた放送局の番組モニターの仕事へとつながりましたし、同時に、今こうして続けさせて戴いている「いなあいネット」の「電動車椅子ぶらり通信」に原稿を寄せる、ということにも結びついている訳です。
 ところで、高等部にいた時、文書の作成や授業のノートは、電動タイプライターを使い、やっていました。もちろん、学芸会のお芝居の台本脚色にも、電動タイプライターを使用した訳です。ふりかえれば、僕の場合、この電動タイプライターが、文書作成能力を触発してくれた事は、確かだと思います。
 そこで、今回は、僕がどのような文章表現機器と出会い、人間性というものについて、言葉そのものから僕自身、どう導かれてきたのか、ざっと、辿らせて戴きたいと存じます。
 さて、今、お話ししている電動タイプライターに僕が初めて触れたのは、小学部五年生の時でした。そのころ入院していた肢体不自由児専門の療育施設、信濃整肢療護園に或る時、デモ用の電動タイプライターが持ち込まれたのです。その時、試しに使わせてみようと呼び出されたのが、僕でした。
 ここで、なにゆえに、電動タイプライターというものが開発されたのか、経緯をお話し致しましょう。普通のタイプライターも物を書くには便利なのですが、ひとつだけ難点があった。それは、指に強い力を込めてキーを叩かないと、紙には、印字されないのです。それが証拠には、「タイプライターを打つ」あるいは、「タイプライターを叩く」とは言っても、「タイプライターのキーを押す」とは言いません。実際、僕も棒を咥えて試した事がありますが、てんで無理でした。
 その点、電動タイプライターはモーターの力で印字する、という仕組みの機械ですから、キーにはただ触れるだけでいいのです。口に棒を咥えて試しに、「か・ら・さ・わ・ひ・ろ・し」と自分の名前を打った時の感動は、やっぱり、今でも忘れられませんね。なお、口に棒を咥えてキーを打つ、という遣り方は歯を傷めるし、唾液が出て衛生にも良くありません。そこで、のちのち進学した県立諏訪養護学校高等部の先生が、歩行訓練で頭の保護に用いていたヘルメットに棒を取り付けて打つ、という方法を考案して下さいました。
 さて、話を戻しましょう。
 この電動タイプライターをつかう以前は、学校の勉強や作文、日記など、両親をはじめとする身の周りの大人たちに、口述筆記してもらっていました。その場合、大抵は目上の立場から未熟な子供の言う事を聞き書きする訳ですから、途中で「それは違うでしょ?」とか、「どうして、そんな事を書くの?」と問題にされる事もしばしばでしたっけ。
 つまり、介助のため僕の言葉を言う通りに記述する、という本筋から大きく脱線する、というケースも間々あった。書いている最中にペンを止め、僕の思い違いや考え方の甘さを質(ただ)し、こんこんとお説教する保母さんや、看護婦さんもいたのです。
「別に悪い事をした訳じゃあねえのによぉ、なんで俺は、こぉんなに叱られなきゃいけねえの? ッたく!」

 だから、考えた事が思い通り、自由に書き表せられる、電動タイプライターと出会った時には、或る種の解放感を味わいましたね。ちちははは、僕が諏訪養護学校の高等部へ進学するとほぼ同時に、電動タイプライターを買ってくれました。これを約二十年間、使う事になります。
 ただ、この電動タイプライターにも一つ、困った事がありました。それは、電動タイプライターが仮名文字オンリーだった、という事です。漢字もなければ、アルファベットもありません。そのため、特にこまったのは、英語と数学、理科の勉強でした。英単語のスペルや、数学の文字式などをしるす場合は、仕方ないのでアルファベットの発音そのままに、仮名で「エー」とか「ビー」などと書いたものです。僕のノートや答案をチェックする先生方は定めし、読み取りづらく苦労された事でしょうね。
 そして更に閉口した事があります。それは、初めて手紙を送る相手の方に、僕が仮名文字しか読み書きできない、と思われてしまった事。びっしり、平仮名ばかりの文面で返事がきた時には心底、頭を抱え込みました。確かに電動の和文タイプライターもありましたが、手の自由が利かない僕には使えません。
 さぁて・・・どうしたものかなぁ? などと思いあぐんでいる時に登場したのが、ワードプロセッサ、略してワープロです。といっても、市販されている機種はほぼ全部、僕には使えませんでしたね。何故なら、一般に売られ始めたものの殆どは、ダブルキーといって、シフトキーなどを押しながら使わないと表れない文字があったからです。
 探しに探してようやく見つけたのが、一台の自動車が買えるほどの高価な代物。清水の舞台から飛び降りた気でこれを購入し、幾人かの知人に手紙を書いたところ、「やっぱり唐澤君は名分家だったんだ」と大変びっくりされたり、感激されたりしました。

 ――おれは身体の障碍のため、経験や知識に乏しい。でも、物事をよく見つめて考えを深める努力なら十分可能だ。幸い、漢字混じりの文章が書けるワープロが、入手できた。このワープロで書いた自分の文章が鏡となって、俺自身が関わる現実そのものがより立体的に、より重厚感をもって映し出してくれる筈だ。それを更にデッサンする。よし、この遣り方で行こう――と。
 さて、新しい話題に移ります。じつを申しますと、僕は今、瞳で画面を見つめるだけで操作できるパソコンを使い、物を書いております。これは、「アイ・トラッカー・システム」といって、赤外線カメラが捉えた眼球の動きをパソコン操作に結びつける、という仕組なのです。目玉だけで文章が書ける訳ですから、身体は一向疲れません。まさか僕自身、生きているうちにこれほど凄い機械と出合おうとは、夢にも思いませんでした。
 技術にさきを越されぬよう、僕自身、更に人間観を鍛練しなければなりますまい。





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Last updated  2014.12.16 20:14:09
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