さらさらら
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就職活動3ヶ月。やっと仕事が決まりました。帰国して3月に上京して、最初の目標は、30歳の誕生日である4月までに。次の目標は、父の十七回忌のある5月までに。父の墓前で報告したかったけれど、間に合いませんでした。でも、結果として、父の命日に一時面接を受けた会社に決まりました。それはそれでよかったのかな、と思ってます。2年前に派遣で働いていた会社を辞めて以来、カナダで勉強していました。派遣とはいえ、責任を持たされて、すごく遣り甲斐のある楽しい仕事でした。でも、このままで終わるもんか、そんな思いがありました。将来に繋げられる仕事をしたい。私にしかできない仕事をしたい。何か、専門的なものを身につけたい。最初の会社を辞めた時に勉強し始めて、3年かけて取った保育士資格。子どもは大好きだった。それを生かして、いつか児童英語教師になろうと思った。でも、それは今じゃない。安定した収入、そして、いつか児童英語教師になった時に副業のするための翻訳の下地を作るため、外資系の秘書になろうと思いました。そうして、留学を思い立った時、TOEICのスコアは400前後でした。学生の頃から英語は好きで、英会話スクールにも通ったし、TOEICも10回くらい受けてました。それなのに、最高スコアは大学時代にとった530。それから何年も経って、TOEICは受けても400以下でした。それなのに、なぜだろう。絶対の自信を持って、留学を決意しました。目標は、留学するまでに1年かけて700。1年の留学で900。必死にやればできると思った。正直、甘かったです。渡航までに達成できたのは、600。そして、旅立ちました。納得できるまで帰るもんか、そんな思いがありました。結局、1年のワーキングホリデーでは納得がいかず、学生ビザに切り替えてさらに学校に通いました。学生ビザに切り替えて、1ヶ月目に受けたTOEICでは805。初めて800を超えたことは嬉しかったけれど、最初に設定した1年を過ぎているのに、900に達していない自分にがっかりもしました。そして、それから2カ月で900を突破。ビジネス英語のクラスでも最高レベルのクラスに入れたので、いつでも帰国できる、そんな気持ちが芽生えた半面、900を超えているのに、なぜ新聞が読めないのか、なぜドラマやニュースが理解できないのか、そんなジレンマに苦しみました。それでも、その後、翻訳・通訳の学校やTESOLの学校にも通い、ある程度納得して帰国しました。留学中は、夢見てました。こんなに頑張ってるんだから、きっといい仕事につけるはず。秘書なんて言わないで、もっと大きなことにチャレンジしたい。派遣なんて言わず、正社員としてボーナスももらえるかも。留学中に、リーマンブラザーズ破綻のニュースを見ました。それから、転落していった世界経済。年が明けて、日本経済も加速度的に落ちていった。それでも、不安を感じる一方で、どこかで夢見てました。どんなに不況でも、企業は優秀な人材を求めてる。私は、優秀な人材に一歩近付いているはず。帰国して、就職活動を始めて、全てが打ち砕かれました。たしかに、企業は不況下において、優秀な人材を求めている。でも、それは、明らかに私じゃない。2年もブランクがあって、さらには未経験職種にチャレンジしようとしている私を、誰も相手にしてくれませんでした。受けまくって落ちる以前の問題で、応募できる求人がない、というのが最初の関門でした。一見溢れているように見える求人には、厳しい条件付きでした。「経験○○年以上」「○○の知識のある方」「未経験なんですよね?」「ブランクが長いですね」「留学してても、英語での業務経験がないと・・・」今までの経歴や留学中にしてきたことを、「個人」的に称賛してくれる。でも、仕事とは別なんですよね。そして、もう一つの大きな問題は私自身が揺らいでしまったこと。何がしたいのか?どんな風に働きたいのか?希望していた外資系秘書や英語をバリバリ使った仕事を断たれてしまった私は、完全に揺らいでしまった。英語が使えれば遣り甲斐のない仕事でもいいのか?企業の利益を重視した会社で働けるのか?自分のための時間を持てないくらい忙しい会社で働きたいのか?選考が進んでいく中で、受からないことを願い、実際に辞退したりもした。そうして、辿りついたのが、派遣で経験を積み、将来に繋げていく、という方法。英語をもっと勉強したい。そして副業であるベビーシッターも軌道に乗ってきた。そんな中で、自分の時間を保ちつつ、経験を積むには、派遣という選択は最良なように思えた。そして、派遣なら、すぐに見つかるだろう、という甘えもあった。でも、実際には、派遣だからすぐに見つかるというわけではなく、やはり経験のない私には容易ではなかった。まず、一人暮らしで生きていくために、最低限の収入は確保しないといけない、ということ。単なる理想ではなく、生活するために、ある程度の時給を希望として提示しないといけなかった。派遣切りが横行している現在、新たに派遣の仕事を見つけるのは容易ではない。完全に選べる側に立った企業は、即戦力を求め、必須とする経験や能力を高度化し、逆に時給は軒並み落としていた。例え「未経験可」としていても、希望者が多ければ、実際に採用するのは経験のある即戦力となる人なのは当然といえば当然である。そうこうしているうちに、時間は流れていって、次第に追い込まれていった私は、希望する時給や条件を下げていった。そして、やっと決まったお仕事は、英語を使わない秘書のお仕事です。先方が、「経験よりもやる気重視」と言ってくれたのが幸いでした。いわゆる秘書といった型にはまった業務ではなく、副社長についてアシスタント的になんでもやってほしい、というポジションのせいだと思います。そして、残業が派遣にしては破格に多いことが幸いしたのかもしれません。時給がそれほど高くないので、残業が多いことは私にとっては好条件でした。そして、仕事内容も、秘書では物足りないかもしれない、という不安があった私には遣り甲斐を感じさせてくれるものでした。2年間、莫大な自己投資をして英語を身に付けてきたのに、派遣で英語を全く使わない職に就く。抵抗はありました。友達になんて言えばいいんだろう、そんな体裁もありました。でも、大切なのは、私自身が納得すること。そして、将来に繋げていくこと。経験のない私が、前任も先輩もいないこのポジションでやっていけるか、不安もあります。でも、そんな私を選んでくれた副社長の期待に応えたいという強い思いと、自分自身が成長したいという自己実現の欲もあります。英語が使えないからといって、この仕事が不満かというと、そんなことはありません。英語はそもそも、秘書になる道具であり、将来のための投資なのです。英語を使わない環境で、将来児童英語教師や翻訳の職に就くために、キープし向上させていうのは、並大抵のことではないと思います。でも、選択肢はないし、一生懸命やってみたいと思います。そして、派遣社員は、消費期限付きの商品だと思っています。いつ切られてもいいように、また結婚や出産で辞めた後に、再度「売れる商品」であるために、日々、自分を磨き向上させておかないといけない、と思っています。とりあえず、今の私にできることは、目の前の仕事を一生懸命やること。来週から勤務です。まずは1カ月、慣れるまでがむしゃらに頑張ります。そして、2カ月、3か月、とさらに向上させていきたいと思います。
2009年06月02日
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