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好きな人が出来たらその人のこと応援したいし支えてあげたいし自分と付き合うことによってその人がホッと出来たら、とかお互いがプラスになれる存在だったらいいな、とかそらもう非常なポジティブシンキングな毎日を送ることになりますわな。その人にとって最高のチア・リーダーで在りたい、と願い、実際そうしている筈なのですわ。例えそれが自分を押し殺すようなことであったとしても、本人にとってみりゃそれが最大の喜びであるわけで、傍から見ていて「痛い」ことであろーと関係ない。色恋沙汰なんて自己満足の世界ですよあーた(誰に言うとんただそれも度を過ぎると重荷になるっつーことも心のどこかではちゃーーんとわかってる。自分だって「負」になる時はあるわけですから、たまには自分のことも支えてよ、包んでよ、とそう願うのも至極当然、当たり前のことです。だけどそんなさなか、相手が股落ち込んでいる風であることが判明すれば、オノレのマイナス要素なんかさておいてでも励まそうオーラがビシバシ発射されてしまうんですよねぇ恐るべき恋のチカラ!男と女、対等であるべきです。だけど、昔男が狩りに出て、女が褥を守っていたように、疲れた男を癒すのはやはり女の役目ではありますまいか。では女が疲れた時はどうする?!質の良いお友達の出番こそこんな時でしょ。愚痴こぼして聞いてもらって、聞いてあげて、そうよねーなんてビールでもかっくらって、だけど、やっぱあの人が好きなんだよねぇぇ・・・って確認作業になっちゃって、それでいいじゃない。「好き」って気持ちがあるうちはそれでいーんですよ、うんうん。だからね、それですっきりした後は、明日からは股笑顔になって、彼も笑わせてあげましょうや。元来、おんなは太陽であった平塚らいてうさんも言ってますから。笑顔で照らしてあげても、それでも暗いままの男だとか、そんな中でも肝心な時にもイマイチぱっとしない男だとか、終わりの時が来るときゃ来る、それまでは笑ってましょうよ。だって勿体ないものね、自分の顔がやつれたままだと。相手を励ますことは自分への応援歌にもなるんだから、あのq(゚Д゚ヴォケ!!゚Д゚)pと内心思いながらも、やっぱり笑顔を届けていましょうよね。なーーんちゃってね(笑)股逢いましょう!↑この股を「沙羅」でよく使っていたら、先日リアル沙羅でも使ってしまってビックリしたわ(爆あー危ない危ないw
2005/11/23
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実は今日、ばったりと昔の彼に逢った。つか、もう一生逢うこともないだろうなと思ってた人で、のけぞるように驚いたんだけど。彼は「今時間あるの」というので、1時間くらいなら、と言うことでお茶して来た。彼は友人の彼氏の友達で、つまり4人でご飯食べに行ったことから始まったんだけど、一言で言うならすごくいい人だった。いい人すぎて、当時の私には退屈だった。『恋人どうこうよりも自分のやりたい事に集中したいから』と別れを告げた20歳の頃の私。そんなものはないのに。うまく別れの言葉切り出せなくて。俺と一緒に居てもつまんないんだろうな、と思ってたというからそんなことないよぉ と笑って応えた。すると、いや、わかってた。だって俺は真剣に好きだったから。私だって○○くんのこと好きだったよ?好意は持っててくれてたけど、あれは恋愛じゃなかったでしょ。・・・・・・なんだかショックだったな。彼は私のことそこまでわかっててどうして付き合ってたんだろ。なんと言えばいいのか言葉に詰まっていたら俺が沙羅ちゃんのこと好きになって、一緒の時間過ごせるだけでも嬉しかったからいいんだ。恋愛って自己満足。好きで好きで、願わくば同じ想いでいて欲しくて。それがかなわないならば、せめて逢いたい。顔が見たい、声が聞きたい、その人が好きな映画を観たい、本が読みたい、ほんの少しでもいいから何かのつながりが欲しい。それすらも適わないならば「好き」って気持ち、なくなっちゃえばいいのにと願う。私は彼のことわかろうともしてなかったのかも知れない。今ならすごくいい感じかも、なんてバカなこと考えていたら最後の一線を越えてなくてよかった。そうだったら俺、ふられた時に狂ってたかも。そう言って笑った。キスは出来ても抱かれたいと思うわなかったあの時。気持ちがそこまでなかったからなのかもしれないけど、若い彼には酷だったろうな(^^;彼は今結婚していて子どもちゃんもいて、サービス業だからこうして平日が休みになると言ってた。どこそこに勤めてるから来てよ、とも言わないし、どこに住んでるの、とも聞かれなかった。またいつかばったりあったら今度はランチしようね、とそう言って手を振った。あの頃から15年が過ぎて、それともに私の中のピュア(だった)な自分の中のいろんなものは消えてしまったのだろうけど、ある部分だけはあの頃に遡っているのか、冷静に考えたらこれって痛いよなーとか思いながら。彼に逢えてあの頃の自分自身とも再会したような気がして。今日はお酒のみたい夜です。
2005/11/08
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買い物とか陳列棚の下段のものをじっくり見る時って普通しゃがむじゃないですか。最近じゃあスカートよりもパンツ姿の女性の方が多いような気がするのは錯覚でもないような気がするんですよね。で、しゃがんでる時に、上着の丈が短かったら腰がちょいと見えるじゃないですか。上着丈と、パンツの上端との間にね。そこに、ベージュ色のガードルとかがハッキリ見えたりするのを発見すると同じ女性でありながら何だか気分が萎えてしまうものなのですよね。だからワタクシ、せめて黒の下着にしたり、しかも上部黒レースのふちどりしてるヤツだったり、または今や「見せるため」に存在するよーなそれなりのぉぱんちゅだったり少々気は遣ってたんだけど、つか、それ以前にトップスは丈が短くなり過ぎないものを着るよーにはするんだけどね。(だって最近腰周りヤヴァイんだもーーん)いや腰周り抜きにしても、見せる=魅せることにならない年代でもあるわけでね(爆露出しないでオンナの艶を醸し出すところにアタシら世代のオンナのワザみせますっっみたいなね。つかのーがきはもうどうでもいいんですけどね。あぁなんだか書き方がやまじゅんぽいな、とかあぁこれも一種の怨念やねんな、とか。ま、どーでもいいこと書きなぐってるんですけど何が言いたいんやってことじゃないですか。その日。おニューのGパンにトライして、で、それはお尻のラインがぴっちりと出るやつで、そんな時は迷わずTバック穿くわけなんですが、そのTバックもこれまたおニューのものを選んだのですよ。後ろが完全に「T」じゃなくて、ホームベース型の布の両サイドかた2本すつ紐が伸びてるヤツで、そのホームベースも縦が4cmほどの五角形で、なんもないシンプルなTよりは可愛いかな♪ってやつで。で、その日は暖かな気候だったんですよ。そうなるとトップスもそんな厚手のもの着る必要もないじゃないですか。薄手のシャツに、肌寒くなったら上から羽織るかなーと思って一応持って外出はしたわけなんですが。買い物に店に入る時はそんなことすっかり忘れて上着はしっかりバッグの中ですよ。腰を隠すべく上着は、in the bag!ですよ。もうね、丸見えだったみたいでね。年配の、素敵な老婦人がトントンと肩を叩き、あなた、腰見えてますよと言われた時には恥ずかしさのあまり、アタシ、ジュンジュンです!と叫びたくなりました。(ジュンジュンわかんない人は水10観てね)ついでにあのまま踊りたくなりましたから。全身がね、幸田來未みたいなファッションだったらそれも有りでしょう(希望的観測でも普通のTシャツにフィットGパン。そんな腰の隙間にあのTバックぱんちゅ…。思い切り勝負ぱんちゅみたいなぉぱんちゅなのよっっっあの店には当分行くのやめよう…。そう決心した秋の昼下がりでございました。
2005/11/07
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