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まず訪ねたのは、宇治田原の白華補陀洛山「禅定寺」。奈良東大寺の別当職にあった平崇上人が、約一千年前に草創。本尊の十一面観音立像をはじめ、日光・月光菩薩立像、文殊菩薩騎獅像など、藤原時代につくられた貴重な重要文化財九体が安置されている。その十一面観音のでっかいこと。戦前の国宝である。「坂村眞民」さんの【念ずれば花ひらく】の書や石碑も目を引いた。 念ずれば 花ひらく 苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを わたしもいつのころからか となえるようになった そうしてそのたび わたしの花がふしぎと ひとつひとつ ひらいていった 句碑あり【花栗や森のはつれに月の出て】(葆光)裏山は京都府歴史的自然環境保全地域に指定。自然観察をかねて散策に訪れたい。山野草の庵「やまつま」(山祇)で小休止。宇治田原カントリー倶楽部の上り口に位置したお店。庵主のデザインした鉢におさまる草々。そっと咲く野の花とのバランスのよさに仄々した温もりを覚えた。杉板をバーナーで焼き、鉢に加工されていた。草花を育てるのに重宝するアイテムとのこと。マンジュウ苔は貴重と聞き、探してみたくなった。ミノブを育ててみたら?とアドバイスを頂いた。遍照院庭には樹齢三百五十年は経過しているといわれる古い紅梅。建立は元亀元年(1570)。その頃に植えられたものなら推定樹齢は400年以上で、苔むした古木に紅色の濃い八重の花が咲いていた。本能寺の変を聞いたとき、徳川家康も立寄ったと言伝えられている。信楽で「陶芸の森」を訪ねたが月曜は休館。紫香楽宮跡の小高い丘にしばし往時をしのんだ。http://www.biwa.ne.jp/~kumo-sho/page009.htmlhttp://bird.zero.ad.jp/~zam77093/shigarakimiya.htm 天平12年12月に恭仁京に遷都した聖武天皇は天平14年8月初めて紫香楽宮に行幸。その後、同年12月、15年4月のいずれも短期滞在を経て同年7月からは12月初まで長期滞在。天平16年2月には都を紫香楽と宣言しここで政務を執り行う。しかし、1年3ヶ月後、17年5月に恭仁京に行幸して以降戻ることがなかった。考古学者の間では、近くの宮町遺跡が本当の宮跡だという説もある。夕日に向かって車を駆け帰宅の途。妻とのひと時でした。
2005年04月04日
園芸用品店の店員さんの応対が気に入り、ハーブの苗を買った。カモマイル、ラベンダ、ローズマリー。畑は山から下りてきた猿に作物を失敬され、何を作ろうかと思案。時無し大根、にが瓜、鷹の爪なら多分猿も敬遠するのでは。ハーブなら猿も見向きしないのではと思い、試しに挑戦である。その先にアロマセラピー。うまく行けば猿に感謝である。ハンドルが「山猿」で猿を話題にするとややこしくっていけません。
2005年04月02日
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