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今日は郵便局に行きたくて出かけました。私が知っている郵便局はシャリアティを上っていくとあります。歩道にあるポストも見たことはあるのですが、いくらの切手を貼るのか分からないし切手は郵便局以外で売ってるのかも分からないので郵便局まで行く事にしました。シャリアティに出てタクシーに乗ろうかと思ったけど一人だしブラブラ歩いていこうと決め坂を上り歩きましたよ~。20分位歩いたのかな?郵便局で封筒を買って窓口の人に出して「急ぎで送りたい」みたいな事言ったら「隣の窓口に行って」と言われた。でもその隣はすごく込んでる・・・さてどうしよう・・・しばらく様子を見たが私はまだイラン人のようにその人ごみをかき分けて用事を済ませるほどのことは出来ない。またさっきの窓口に戻り普通でいいからとお願いしてきた。お願いしたというか、ただ出しただけか。日本で郵便局で郵便物を渡してお金を払った時に「お願いします」と言っていたけど、ペルシャ語ではどういうんだろうと考えた。でも思い浮かばない・・から黙っておつりをもらって帰ってきた。帰りは下り坂なので行きよりもラクラク。スタスタと下っていった。途中、うちに帰るには曲がらないといけないザファルを通り越しミルダマードまで行く事にした。どうせヒマだし。気になるお店を覘きながら歩いた。娘とたまに行くハンバーガー屋さん【キャンドゥ】の建物内にはいくつかお店が入っててそこもブラブラしてきた。スポーツ用品店にはカッコいいスキーブーツやスノーボードが並んでいた。スノーボードの一つには455000トマンと値段が付いていた。高いねぇ、日本と変わらないんじゃない?イランではスキー、スノボはまだまだお金持ちの遊びなのかなぁ。でも若い子が車の屋根にスノボを積んで走ってるのを見かけるけど、お金持ちのお坊ちゃまなのかなぁ。その後また下っていってミルダマードに入った。シャリアティからミルダマードに入ってすぐにあるパサージュで通路に品物を並べて売っているのをやってたが、昨日も行ったからココは行かずにメイダンマーダルの辺りのパサージュを見て歩く事にした。よく行く所だからチョコッとづつしか見なかったけど今日は私のブラウスみたいなのを見て歩いた。これっ!ていうのは見つからなかったけど。お店も無くなってきたら、疲れが出てきてお腹も空いてきた。もう帰ろう・・でもミルダマードからだとまた上っていかないと帰れない・・・疲れた。でもがんばって歩いたわ~。疲れたけど途中で買い物もしてたどり着いたわ。でもうちに着いてから4階までの階段が一番つらいんだなぁ。エレベーターの場所はあるけど、まだ取り付けてないのよ~。今工事やってる最中なんだけど、毎日工事してるわけじゃないからいつ付くんだろう?今日は2時間半歩いて回ったわ~。ちょい、お疲れ気味で夕飯作りたくない・・・2時間半まっすぐ上り続ければタジリーシュのバザールまで行かれたわね。そんなに掛からないかな。うちの近所を紹介しようとHPを始めたけど最近ただの日記を書くだけになってるわと思い、今日はシャリアティを歩きながらあっちこっちキョロキョロしたけど特別紹介するほどの事もなかったわぁ。という訳でこれからも日常の日記です。何かいい所を見つけたぞなんて時には紹介したいと思います。 今日、帰りに撮った写真です。真ん中辺りの白いのが雪の積もった山。∽∽∽ ∽∽∽ ∽∽∽ ∽∽∽ ∽∽∽そうそう、昨日面白い事してるおじさんを発見!自転車のタイヤに空気を入れるあの空気入れで車のタイヤに空気を入れてました。あれでも大丈夫なの?
2004年12月29日
昨日の朝娘は起きるなり「サンタさん来たかな?」と言い、ベットから出て暖炉へ向かったようでした。前の晩に私が包んで置いといた《サンタさんからのプレゼント》を持って私に見せに来ました。「あっ、サンタさん来たんだね~」と一緒に喜び開けてみれば、プレゼントはこの前一緒に買ったバック・・・娘は喜んではいるもののちょっと引きつった笑顔にも見えました。だって、このプレゼント先週3人でシャハルバンドに行ってサンタさんにお願いするものを選ばせて、娘の目の前で買っちゃうんだもん。「これサンタさんに持ってきてもらう?それとも今買う?」という父親の問いに娘は「これは今買ってもらって、サンタさんには違うものお願いする」と答えた。それはダメだよ~と言い、お会計をする。そんな事をしちゃったので私は娘に「サンタさんにこれと同じものをちょうだいってお願いしておくね」と言い娘が寝た後飾り棚の上に隠した。隠した後、クリスマスまでに一度だけ「あのバックは?」と聞かれたが「あっ、あれはねサンタさんにお願いするのに置いといたら持って行ったみたいよ」と訳の分からぬ答えをした。まんまと騙されたのか、騙された振りをしてくれたのか???いつまで「サンタさんがプレゼント持って来たよ~」と素直に喜ぶのかしら?
2004年12月26日
昨日子供番組の【ランギンキャマーン】という番組に娘が出ました。(ちょっとだけだったけどね)学校で連れて行ってくれたので、同じクラスの子達と同じ学校内にある幼稚園の子達が映っていました。マイクを渡され名前を言うんだけど、ちゃんと言えました!学校でこう言うんだよと2日前位から教えられていたようで家でも言ってました。たくさん映る子は何回も画面に出るのに娘はそんなに出なかった。けどドアップで映ってたわ(笑)帰ってきたパパと「あんまり映らなかったね」と文句を言ってたんだけど、娘はきっと楽しかった事だろうから悪い事は言わずにおこうねと約束しました。帰ってきた娘は何事もなかったようにいつも通り・・・パパと私が「テレビ見たよ~どうだった?楽しかった?」と聞いて娘が「見たの~?」とこんな感じ。夜プールに行ったら、同じ時間にレッスンをしている子が「今日ランギンキャマーンに出たでしょ?」と言ってました。~~☆~~ ~~☆~~ ~~☆~~ ~~☆~~夜はお友達の招待で日本料理レストランに連れて行ってもらいました。鉄板を囲んで皆ですわりシェフが登場して私達が頼んだものを手際よく楽しませながら焼いてくれました。塩コショウをした後娘の頭の上でも同じようにシャッシャッシャッとやったので娘はビックリして頭をさわってました。でも頭の上ではちゃんと底を下にしてるので頭にはかかってないんですよ。でもゴマで同じことをした時は娘の目の前に少しゴマが落ちるようにやるので娘は今度はやられた!という感じ。でも頭には全然かかってないの。(笑)料理は美味しかったです。私はイカ焼きを頼んだのだけど、メニューを見たとき頭の中で醤油と生姜で味付けしたあのイカを思い浮かべていたんです。でも食べたものはその味じゃなかった(泣)、けど美味しかったです。皆が頼んだものをそれぞれ少しずつに分けて全部のものを食べられるようにお皿に盛ってくれました。私はイカと海老が美味しかったなぁ。前に行った時はお味噌汁もセットで出てきてたと思ったけど昨日は出てこなかった。でもメニューにはあったから、別料金になってしまったのね。昨日向かいの席に座ったイラン人女性がマントを脱いでいました。そういえば友達がインド料理のレストランに行った時もマントを脱いだと言ってました。でも昨日ポンチョ(この間買ったやつ)の下には家にいる時に着る普段着だったのでポンチョを脱ぐわけにはいかず、長袖のシャツだけを脱いでTシャツとポンチョでいました。イランではどうせマントを脱がないからとマントの下はいつも適当な服を着てるので昨日は《やられた!》という感じでした。これからは高級レストランにいく時は中に着るものもきちんとしたものを着ていかなきゃ。でもそういう所ってなかなか行く機会がないんだよねぇ・・・
2004年12月22日

昨夜はシャベヤルダー(冬至の夜)ということで、夜は実家に集まり皆でいろんな種類の混ざったナッツ、果物を囲んで団欒。シャベヤルダーの日は親の元に集まって過ごすようですね。それなので昨夜実家に向かう道はテヘラン中の人が移動しているかのごとく混雑していました。この日は一年で一番夜が長い日ということで夜遅くまで皆で過ごすそうなのですが、皆それぞれ仕事や子供の学校があるので遅くまでいられないということで皆が集まってしばらくしてから夕飯にしました。夕飯はバガリポロと鶏肉の煮物でしたが、娘は学校でこの日はサブジーポロと魚を食べるんだよと教わってきたそうです。ま、ご飯や過ごし方はその家庭によって色々なんでしょうね。ご飯が終わりしばらくすると、上の写真のスイカを切り始め皆で食べました。白っぽかったけど、わずかに甘くてまぁまぁの味でした。このスイカには写真でも分かるように【シャベ ヤルダー ヤーデト ナレ】と書かれていました。冬至の夜を忘れないでと言うことでしょうか。面白いですよね。最後にはお父さんがハーフェズの詩集で占いをしてくれました。私にも占ってくれたのですが、普通のペルシャ語もわからない私にはハーフェズの詩など分かるはずがありません。訳しなさいと言われた主人もよく分からなかったようです。主人や妹が言うにはイラン人でも詩の意味は100%は分からないよって言ってました。水タバコも用意してあったけど、もう遅いからと皆バタバタと帰ってしまい私たちもその時一緒に帰りました。早めに帰ってきたつもりでしたが、家に着いたのは11時半でした。
2004年12月21日
学校でペルシャ文字のアルファベットを習ってきている娘は最近面白いことをする。昨日カレンダーにいたずら書きをしている娘に「これなんて書いてあるか分かる?」と聞いたら「分からない」と答えた。私が書いた予定は漢字で書いてあるので勿論分かるはずがないと思ったが、娘の日本名も漢字で書いてあって確かそれは読めたはずだったのにそれも忘れていた。「○○(娘の名前)歯医者」って書いてあるんだよと教えたら、「えっ~これで○○って読むの?」とはしゃいでいた。その後もカレンダーに何か書いている娘に何を書いてるの?と聞いて覗き込んでみたら《○○はいしゃ》と私が書いた予定の下に平仮名で書いていた。しかし、見てみると《しゃ》が変。よ~く見てみたら、《しゃ》だけペルシャ文字で書いてある!ペルシャ文字の《shin》にファトヘというAを表す記号を付けて《しゃ》と読めるのでそう書いたみたい。前回歯医者に行く時に描いて持っていった絵に《dandan》(ペルシャ語で歯の意味)と書いて横に平仮名で《は》と書いたのを見ると《はあ》と書いてある。ペルシャ文字で《は》を書くのに《h》と《a》を表す記号なり文字なりをくっつけて《は》になる。これを学校に入ってから散々勉強している娘は《歯》をひらがなで書くと《は》だけだというのが納得いかないようで、歯医者に向かう車の中でずっと「ママ~ 《は》はさ、《は あ》でしょ」と言っていた。日本語では違うのよ、《は》だけでいいの。と私も上手く説明できずにいると娘は「は あ」「は あ」とくり返していた。そんな娘は学校でペルシャ語を習い始めた時は《h》と《a》が《ha、は》になるというのが分からなかった。あの時は心配したけど、どうやら今は覚えたらしい。他には日本語の言葉をペルシャ語で書いたりしてる。例えば《だいすき》を《daisuki》とペルシャ語で書く。∽∽∽ ∽∽∽ ∽∽∽ ∽∽∽昨夜ママンと話していた時、言いたい事がペルシャ語でどう言ったらいいか分からずに困っていたらママンに「○○(娘)のほうがペルシャ語何でもわかるじゃない、○○とペルシャ語で話しなさいよ~」と言われた。(笑)←笑って済まそうとしてる私。その事を娘にペルシャ語で話した。ママンがこう言ってたよと私が「バー ○○ べ ファールシー ソーバット ミコネ」と言ったら娘は「ミコネは今やってる事なの」と。その後私は、コン、ボコン、と色々言ってみた。娘には「そうボコンでいいの」なんて教えてもらった。ペルシャ語が全くわからずに幼稚園に入り、小学校に入学した時点でも他の子よりもペルシャ語が劣っていたのにいつの間にかちゃんと覚えちゃってる。すごいな~。
2004年12月19日

昨日は友達を呼んで1週間早いクリスマスパーティーをしました。でも飾りもツリーの電気もやらなかったから全然クリスマスっぽくなかったけどね。パパたちが夕飯の時間になって帰ってきて、子供たちにクリスマスプレゼントを持ってきてくれてやっとクリスマス気分(笑)パパに何でツリーの電気付けてないの?なんて言われてしまった。ご飯を食べて、ケーキを食べて皆が帰る時には雪が降っていました。来週だったら丁度ホワイトクリスマスなんだなぁと雪の降るなか皆を見送り、うちに入っても降り続く雪を窓から眺めていました。あさ外を見てみると雪はやんでいたけど、木には雪が積もって白くなっていました。時間が経つにつれ天気がよくなってきたので、サラソニアのママさんに電話して買い物に付き合ってもらいました。前から目を付けていたポンチョ型のマントを買いにミルダマードからシャリアティまでタクシーで行く事に。シャリアティに出る手前でタクシーを降り一人100トマンで200トマン払い、シャリアティを渡って2件のマント屋さんを見てからミルダマードに戻り前回見たお店のマントも見たら、今日行ったお店の方が気に入ったのがあったのでまたシャリアティーまで戻り買っちゃいました!はじめは安くしてくれないって言ってたけど、支払いの時にもう一度安くしてって言ったら500トマンだけ安くしてくれました。帰りもタクシーでミルダマードを行って適当な所で降りて後はうちまで歩いて帰ってきました。ダルバッセだと2000トマンって言われて高いからやめてまたモスタギンで帰ってきました。この、道路で「モスタギン」って言ってタクシーをひろうのは一人では出来ないけど、サラソニアのママさんとだと出来るので段々楽しくなってきちゃった。うちで一緒に昨日の残り物を食べてしゃべって、サラソニアのママさんは娘さんたちのお迎えの為に帰って行きました。短い時間だったけど楽しかった~。 今日買ったポンチョ型のマントえりの所はボタンを閉めると、ハイネックになる。(注 私が今まで見たポンチョ型を着ている人は若くはありませんでした。若い人は着ないのかなぁ、可愛いのに。)
2004年12月18日
一昨日インターネットカードを買いました。お店のおじさんが良いのがあるよと見せてくれたのが《20時間 6000トマン》それで夜中の1時から朝8時までの間だと半分の値段だと言う。という事は、その時間内だけで使えば40時間使えるんだと思い昨日は切断状態で日記だけ書いておいて夜中に接続して日記を更新しようと思っていたのに、娘がパソコンをいじって日記を消してしまいましたぁ~(泣)だから今日は8時になる前に急いで書いて更新しちゃおうと思ってます。昨日は1日雨が降っていました。今日も曇り空で寒そう。こんな寒くて今にも雨が降りそうなのに主人はバイクで出かけようと準備しているから「私は車使わないから車で行けば?」と言うと少し考え「そうだね」と車で出かけて行きました。さて今日は何をしようかな?片付け、掃除、友達に電話して、夜ご飯作って・・・サブジーホルダンがあるからそれと合うご飯を作ろう。今日は多分マカロニだなぁ。
2004年12月13日
昨日は娘の帰りの車がうちに着くのが遅かった。いつもより30分遅かった。プールに行くのにサラソニアのパパさんが送り迎えをしてくれる事になっていたのに、娘の帰りが遅くいつ帰ってくるかも分からないので先に行ってもらった。娘が帰ってきてアージャンスに電話してしばらくしてから、外で待っていたら朝来た運転手と同じ人がうちの前で止まった。挨拶をして車に乗り住所を書いた紙を渡したら、おじさんが「おかしいな?タクシー会社は違う住所を言ってたぞ」と言い近くにあるそのタクシー会社へ向かってしまった。もうプール始まっちゃうんだけど!と思いながら待ってるとどうやらおじさんはうちのアパートの2階の人を迎えに行ったのに間違えて私たちを乗せてしまったと分かりまた私達はアパートに送り届けられてしまった。うちに帰って、またアージャンスに電話したら車は無いと言うし、横でプール行きたいって娘は泣いてるし私はイライラするし・・・しょうがないから知ってるアージャンス4件に電話して全部車が無かったら又1件目から電話して車あります?の繰り返し・・・何周した事か・・・何回も電話してるからアージャンスの人にも覚えられちゃってこっちは名乗らずに車の有無だけを聞いたのに「ハヌーズ ナダラム ハヌメ ○○」(まだ無いんですよ ○○さん)なんて名前まで覚えられてしまった。(笑)主人に電話して主人からアージャンスに電話してもらって、車が来たらすぐにうちに寄こしてと言ってもらって15分程で車が来た。何とかプールに入れたけど、疲れたよ~。ほんと朝から晩まで、さんざんな一日だった。やっぱりイランて車がないと大変・・・
2004年12月08日
今朝は大変だった。毎朝迎えに来る車が来ない。もしかしたら、こんな事があるかもしれないとは思っていたけど・・・というのも、昨日の朝も来なかったのだ。それなので昨日は主人が送っていった。帰りは違う車で帰ってきた娘に聞いたら、いつもの車は壊れちゃって動かないんだってとのこと。今日は朝早くから主人がいなくて、車も持って行っちゃうのでお迎えが来ないと大変だと思い昨晩運転手の家に電話をしたが留守だった。主人も私も“大丈夫、明日は来るよね”と思いつつ“もし来なかったらアージャンス(タクシー)を呼んで学校まで送ればいいね”と話していた。でも本当に来ないなんて思ってもいなかったので何となく気楽に考えていた。ところがっ!いつもは来る時間になっても来ないから学校に電話した。でも誰も出ない。それで運転手の家に電話した。娘は「迎えに来るのって言えるの?私が話そうか?」って言うので娘に聞いてもらった。(頼りにしてるわよっ、わが娘っ!)電話を切った娘は迎えに来ないってと言ってるじゃぁないですか!!!怒りが頂点に達した私は、あんたそれでハイハイと電話を切っちゃダメよーと思いつつ、再び運転手の家に電話をした。出たのは女性だったけど家族だろうと思い「今日は来ないのっ?はんっ?」と最初から怒り口調で話し始めたのに相手は何事も無いように「車が壊れてるから行かれません」と言う。何で一言「ごめんなさい」と言わないのか???とっても不思議。ごめんなさいの代わりに言い訳はベラベラとよく話す。昨日の時点で故障してるのは知ってたから「壊れてるのは知ってるよっ!何で電話してこないんだっ!」って怒ったら「電話番号を知らない」なんて答えてる。また言い訳だよ!前に運転手にうちの電話番号を教えてるはずなのでそんな事はないだろうと「知ってるよ!渡してあるよ!」と言ったのにその女「何言ってるか分かりません」などと言い放った。言い訳が見つからなかったのか?(笑)ま、私のペルシャ語もその程度だけどね(笑)当の運転手はいないのか?と聞いたらいませんと。仕事に使う車がダメだからと仕事もしないで朝っぱらから何処行ってんだ!私も言える限りの文句は言ったし(たったこれしか言えなかったけど)もう時間もないので電話を切っちゃった。(笑)その後すぐにアージャンスを呼んで学校まで連れて行き、タクシーは待っててもらって又家まで乗っけてきてもらった。何でこんなテキトーな仕事をするんだろう?娘が乗る車には生徒が5人くらいは乗っているはずで連絡もなくて朝迎えに来ないんじゃ皆のおうちもきっと困るはず。前もって電話してくれればこちらだってそれなりに準備しておくからこんなに怒る事もないのに・・・イランてたま~にこんな事があって、爆発しちゃうんだよなぁ・・・どうにかなんないのぉ まったくさ!
2004年12月07日
いつもはサービスの車で帰ってくる娘を歯医者に連れて行くため昨日はお迎えに行って来ました。歯医者さんは3時から5時までの間に来てくださいというので、学校が終わる3時にお迎えに行って急いで歯医者に向かいました。歯医者さんで受付を済ませ学校の宿題をしながら待っていると子供専門の先生が待つ治療室に呼ばれ診てもらいました。やはり私の予想通りほんのちょっと黒くなっている所を治しましょうということでした。2,3週間前違う歯医者に行った時はどこも治す所はないって言われたけど先生によってなんでこんなに違うの?と聞いたら先生は子供の場合子供専門の先生に診せないとと言ってたそうです。先週学校にも歯科医が来て診てもらって、どこも治す所はないという手紙をもらってきたばかりでした。その歯科医も子供専門ではなかったのかしら???お父さんお母さんは出てくださいと言われ、娘は治療をしてもらいました。とりあえず昨日は1本削って銀色の物を詰めたみたい。まだ治さないといけない所があるのでしばらく通う事になりそうです。昨日は1本治療で11000トマン。治療費の50%自己負担なので保険がないと22000トマン。うちは歯医者の保険が20%自己負担の保険に入っているのですが、子供の場合子供専門の歯医者に行くと50%自己負担になってしまい、子供専門の先生じゃない場合は20%自己負担のまま。そうだったら、保険会社の人も始めに一言いってくれればいいのにね~ってパパと話ながら治療が終わるのを待ってました。車に乗ったら娘が「先生がお絵かきして持ってきてねって言ってたよ」と言うのです。そういえば治療室の壁に沢山子供の絵が貼ってありました。ま、これから通う事になるんだからと「今度行く時に持っていこうね」という話をしました。歯医者が終わってこれから友達の所へ行くというのに、道路は渋滞が始まっていました。テヘランは車が多くて仕事が終わった頃からものすごい渋滞になるらしく、パパも渋滞にはまってしまい帰ってくるのに2時間も掛かったと言う時もあります。(全然込んでない時は20分ほどで着いてしまうのに)あっちの道こっちの道と行き何とか友達の家にたどり着き、娘の制服を着替えさせる為にちょっとお邪魔して急いで出かけました。娘が大好きで最近また行きたいと言ってた【サルザミネ アジャイェブ】に行ってきました。ここは大きなビルの中の4階部分が室内遊園地になっていて乗り物、ゲーム、ファーストフード店などがあります。初めに入場料を払い専用のカードにその料金分の金額を入れてもらい、ゲートにカードを通して入場します。カードの残金が無くなったらまた支払いをしてカードに料金をプラスしてもらいます。乗り物に乗る時はそのカードを係りのお姉さんに渡して乗り物の料金を引いてもらうという仕組みです。前に行った時は係りのお姐さんが無愛想で驚き“ディズニーランドに研修に行って来い!”と言ってやりたいくらいでしたが、昨日はお姐さんたちもニコヤカでいい感じでした。娘とお友達の子供は一緒に乗り物に乗ったり、それぞれやりたいゲームをしたりして最後は空気で膨らましたトランポリンみたいなので汗だくになるまで遊んできました。ビルの中の1階から3階はいろんなお店が入っているのでブラブラしながら外へ出ました。そしてご飯を食べにヴァリアスルのスーパースターに行きました。ここはハンバーガー屋さんとフライドチキン屋さんがくっ付いていて、フライドチキン屋さんの店内にはテレビがありいつもマンガが放送されています。回りを見てみると大人も夢中になってマンガを見て笑っているのが面白いです。ハンバーガー屋さんの店内と入り口の外には子供が遊べる場所もあります。夜9時過ぎだというのに店内はお客さんでいっぱいでした。イランの人たちは夜ご飯食べるの遅いですからね。私たちの隣の席ではどこからかケーキを出してきてロウソクを沢山立てて誕生日のお祝いをしていました。私達はチキンを食べたのですが、ここのチキンはケンタッキーと同じような味でとっても美味しいのです。今までイランで何件かのフライドチキンを食べたけど《うん、おいしい》くらいでしたが、スーパースターで初めて食べた時《あーっ!ケンタッキーだっ!》くらいの驚きがありました。チキンは普通のと辛いのと2種類あります。コールスローサラダもあるし。そうそう、こっちのファーストフード店は食べ終わったあとごみはテーブルに置いたまま帰ってもいいんです。片付けてくれるお兄さんがいて片付けてテーブルを拭いてくれます。帰りの車の中で寝てしまった娘を、ベッドまで連れて行って着替えさせても起きる様子がないので歯磨きはしないで寝かせちゃいました。娘もずい分と体力を使って疲れたのでしょう。サルザミネ アジャイェブ の写真をフリーページに載せました。
2004年12月06日
今日もプールの日。今日は違う先生で一緒に水に入って指導してくれた。でも化粧はバッチリしているので水に顔をつけることは無かった。(笑)髪の毛も途中からまとめてきたけど、初めは綺麗な巻き髪で何処かの奥様かと思った。何歳かは聞けなかったけど、まだ結婚はしてないと教えてくれた先生は私よりは絶対に若いはずだけど大人っぽい顔をした綺麗な先生だった。先生は子供たちに付きっきりになって見ていてくれた。子供たちも先生の言うとおり何度もプカーンと浮いていた。うちの娘は前の先生の方が色々(バタ足など)やらせてくれたから楽しかったなんて言ってたけどね。私たちはというと、ある程度泳ぎ方をマスターしたので(ほんとか?)1時間15分のレッスンの間ほとんど行ったり来たりで自由に泳いでいた。でも本当に教えてもらった泳ぎ方をしっかりとやろうとすると、息継ぎも難しくなるしすごく疲れる。うまく息継ぎのタイミングも取れず口の中に水は入ってくるし、鼻からも水が入ってきて痛かった。私の小さなだんごっぱなに水が入ってしまうのだから鼻の高いイラン人が鼻栓をするのも分かる。初めて鼻栓をしてるのを見たとき“シンクロ選手じゃないんだから”なんて小ばかにしてたけどね。休み休み泳いでたのに30分でもうヘトヘトだった。今日は前回の帰りにプールで買ったゴーグルをしたから目は全然痛くない。足の筋肉痛もまだ出てこない。プールでは水着などを売っていてキティーちゃんの絵の水着もあるし、タンキニ型、豹柄のハイレグなんかもあった。こっちの人はナイスバディーの人が多いから(最近の若い人のこと。ちょっと昔若かった人は違った意味でナイスバディー 笑)豹柄のハイレグなんて似合っちゃうんだろうなぁ。一昨日はお休みだったサラちゃんも楽しかったようで「また来ようね」って言ってました。そうそう、プールが終わって外に出たら小さな雪がはらはらと舞っていました。
2004年12月02日
昨日【サラソニアのママさん】と子供たちと一緒にプールに行ってきました。ここでレッスンを受けるまで【サラソニアのママさん】とご主人が何回も電話したり、わざわざ行って、レッスンの時間帯、料金など詳しく聞いてくれて始められることになりました。しかし、申し込みに行った時に5人で一緒にレッスンできると言ってたのと違う人しかいなかったようで「大人と子供を分けた方がいい」とか言われたようですが、そこも何とか5人一緒でということで申し込みを済ませました。昨日はカードを提示するところで、なかなか私たちの受付をしてくれなくて待っていたら、受付のおばさんが【サラソニアのママさん】に「空いてる時間に変えられない?」みたいな事を言ってるので「できません!」と。(←実際はこんなに短い話じゃなかったけどね(笑))別のおばさんは私に「仕事をしてるの?」と言い私は「してません」、おばさんは「1時半から来れない?」、私「子供が学校に行ってるからできない」とこんな話を終えてプールへ。プールは以外にもすご~く広くてビックリしました。プールの壁にはオリンピックの五輪マークが描かれていました。大きなプールをソーセージみたいな浮きで区切ってレッスンをしています。私達は端っこでまずどれ位泳げるのか泳がされてからレッスンが始まりました。バタ足から始まり、手の動きを練習して最後は手も足も使って泳ぐ約1時間ほどのレッスンでした。泳げない事は無いけれど、ちゃんと泳ぐのってこんなに疲れるんだぁとグッタリでした。昨日はサラちゃんは熱があってお休みしたけど、ソニちゃんは初めは怖がっていたものの顔を水に付けてブクブクしたりママに手を持ってもらってバタ足で泳いだりメキメキと上達しそうです。うちの娘は浅い所だったので怖がらずに楽しんでました。沢山クラスがあったみたいで私たちの近くで教えてた先生が3人くらいいたけど、皆洋服を着ていて水に入らずに教えていました。先生たちは二十歳くらいの若い人ばかりでした。私たちの先生もポロシャツとズボンをはいていて、プールサイドから教えてくれます。先生の言ってることが(こんな事言ってるのかな)くらいの理解力の私は【サラソニアのママさん】に確認をしてから先生の指示したことをします。娘にも「頭を出してやるんだよ」なんて言われてしまって、通訳してくれる人がいないとダメですね。昨日は帰ってからふくらはぎが痛くて時間がたったら太ももが痛くなって、今日起きたら二の腕が痛いです。ついでに目も赤くてショボショボしてます。あと11回のレッスンがあります。レッスン以外にもフリーで泳ぐのも出来るそうなので、健康の為にも続けたいとおもいます。
2004年12月01日
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