Scotch ケンの放言どころ

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2009年05月22日
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「奥の細道」 の旅は隠密であった・・・?


   こういう話になると出歯亀になるがどうだ! おもろいべさ。


   芭蕉がみちのくの旅に出たのは元禄二年(1689年)46才の時だった。

   陰暦三月に江戸を発ち、松島をへて五月に平泉に着いている。 そこで

   藤原三代の栄華をしのび、   ”夏草や兵どもが夢の跡”

   の句を残している。 そのまま山形に入って出羽三山をめぐり、最上川を

   下って酒田、象潟までいった。



   これは書物に残されているからご存知だと思うが、しかしどうして平泉

   から北方を目指さなかったのか。 ここに疑問を持ったのが村松友次氏





   曽良は芭蕉の 「奥の細道」 に随行した弟子であるが、どうやら彼は

   幕府からの依頼で、伊達藩の内情を探るという用務を帯びていたという

   のだ。 だから曽良は隠密で、芭蕉はそれを承知しながらみちのくの旅

   を楽しんでいたことになる。



   後世の人は 「奥の細道」 という優れた作品に目がとられて、もしも

   これが隠密の旅の産物としたら何か生々しいそして白けた気分にもなり

   かねないと思うがどうか。



   芭蕉はそんな隠密という使命を帯びて江戸を発ったのだが、その時、彼

   は見送りの人々に離別の泪を流して、 ”行く春や鳥啼魚の目は泪”

   の一句を残した。 「はや春が逝き、これから先、三千里の旅が待ち受

   けている。 それを悲しむかのように鳥が鳴き、魚の目も泪で濡れてい



   ている。



   「奥の細道」 の旅がまことそうであったものか知る由もないが、これ

   が事実としたらまたこの書物の別の味わい方もあるのではないか。



   たまたま明日まで図書館が新型インフルエンザのお蔭で休館なので行く

   ことは出来ないが、休み明け次第にこの 「謎の旅人、曽良」 の本を




   こんな話、どう、面白い? それとも面白くない? それとも知ってた?


aaa





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最終更新日  2009年05月22日 09時38分59秒
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