Scotch ケンの放言どころ

Scotch ケンの放言どころ

2011年05月24日
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   近藤真彦くんのことではない。 マッチはマッチでも燐寸のこと!



   このマッチには我々日本人は殊更お世話になったんじゃないべか。

   戦前はもとより戦後の高度成長時代までそりゃ~言い知れぬほど

   身近に寄り添って恋女房の如くお世話してくれたんじゃないかい。



   火をつけるには兎に角マッチ。 仏壇の経机にもマッチとローソク

   とお線香はつきものだった。 今では知らん間に100円ライターか

   チャッカーマンに替わってしまった。



   小学生の頃、年末になると地域分団で夜回りというのをやった。



   拍子木を持ち、”火の用心、火の用心、マッチ一本火事の元” って

   5~6人で声を合わせて地回りをしたもんだ。 どうです皆様も・・・?



   それにタバコ喫みにはマッチは必携品だった。 当時はバーとか

   喫茶店では必ず店の宣伝の為、自前のマッチがあり、訪れると必ず

   マッチを呉れたものだ。 またそれを蒐集するのが楽しみで自室の

   カモイにそれらをズラッと並べて悦に入っていた時代があった。



   マッチ棒がなくなると家にある徳用のマッチ箱から抜き出して自分

   の小さなマッチ箱に補てんしたりした。 それに厚紙で作ったマッチ

   も一時流行った。 千切って挟んでシュッと引っ張ると着火するやつ。



   タバコ喫みはそれかライターがかなり普及した。 ロンソンとかロン

   ジンとかダンヒルとか、若者にはジッポーが人気だった。 少々風の



   言って。 今でも極々たまに昔のアイビー調の格好して止められない

   タバコをカチャッ! ボ~! ってやってる白髪のヂーを見ることが

   ある。 アタマん中はまだ青春なんだね~~



   そんな時代が続いていたある時100円ライターが登場したのである。 

   これは凄かった。 瞬く間に燎原の火の如く忽ちに広がっていった。





   これが我も我もで長年連れ添った糟糠の妻をソデにし浮気したのだ。

   安くて便利でホント重宝したから爆発的に売れたのであった。

   それを境にしてマッチは長年の苦労も報いられず、静かに市場から

   その姿を消していった。



   最後にマッチの苦労に少しでも報いる為にその歴史を述べますと、

   我が国で初めてマッチが生産されたのは明治八年だそうであります。

   その後マッチは維新後の低賃金と低運賃を利して日本はマッチの

   輸出国となっていったのです。 大正の初年にはスエーデン、米国

   と並んで三大マッチ王国と言われるほどになったという。



   終戦後にマッチは初めての不幸に遭います。 敗戦後の日本には

   マッチの原料さえ不足していたのであります。 それ程疲弊していた

   のでした。 それからは国力の復興と共にマッチも徐々に回復して

   いったと言います。 100円ライターが市場を席巻するまで!



   思えばこの私にだってマッチにまつわる数々の思い出があるので

   ございます。 が、です。 その大部分は青春のホロ苦い思い出で

   ありますからして、このままそっと胸のうちに仕舞って公開するのを

   躊躇うのでがす。 悪しからずご免。






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最終更新日  2011年05月24日 11時16分28秒
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