北海道の田園都市と言うと聞こえはいいが札幌から一時間ほどの
農村の市、岩見沢が生まれ故郷である。石炭産業華やかなりし頃は
万字線、幾春別線の起点であり、函館本線、室蘭本線の停車駅として
結構賑やかな町であった。エネルギーの石炭が石油に変わって以来、
町は寂れ、今は見る影もない。![]()
都市というものは産業が衰退すると人口が減り寂れてくるものである。
今、国は地方創生の看板を掲げて石破大臣がその指揮を取っているが
先ずやらんならん事は地方に工場や会社を誘致することだ。その為には
税金の恩典を与えることであろう。これが不可欠で財務省が財布を緩め
ない以上は地方の発展は難しい。いくらカネをバラ撒いてバウチャーだの
商品券で釣って、一時の需要を狙ったところでそんなものは一過性に過ぎ
ない。 それと何よりも規制緩和が進むことだ。この二つが絶対条件!
これまで大会社が東京に集まるのを放置し霞ヶ関の官庁を分散もさせず
好きにやらせて置いて今になって地方創生だなんて余りにもドロナワ式だ。
少子化になり地方の過疎化がどんどん進んだ今になって慌てている。![]()
「年金は百年、安心だ」といい加減なことを言った公明党の元厚生労働省
のスダレ大臣。あれと一緒!お役人の実績主義、帰納主義の言うままに
なって予測主義、演繹主義の考えが全く出来ていなかった。![]()
話がどんどん外れちゃった。元に戻そう。修学旅行のことである。岩見沢
という田舎町の中学校の修学旅行は登別温泉と洞爺湖。今はどうなったか
知らないが当時は温泉と言えば登別は有名だったのだ。地獄谷があったり
洞爺湖はカルデラのきれいな湖。小さい頃だから何をどうして楽しんだもの
かすっかり忘れた。唯、第一瀧本館という名前は覚えている。
そして高校生の時の修学旅行は初めて内地(本州をそう呼んだ)の地を踏ん
で青森の浅虫温泉だった。青函連絡船(4時間半)に乗ってワイワイ騒いだ
事を覚えている。初めて2泊3日だったから父親の大きなボストンバッグを
借りて小さな身体だから持ち運びに苦労したもんだ。
ところで、今の中高生の修学旅行はバッグはまとめて宅急便で行き先に送る
らしい。学生は手ぶらだから電車バスの乗降もスムースで早いという。
エライ時代になったものである。そして帰りもそうで、お土産でいっぱいに
なったバッグはそれぞれの家に送るらしい。これは楽であろう。便利な時代に
なったもんだ。
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