ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2018.01.25
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母の遺言書
 私の母は今年で90歳になります。私は母が20歳のときに生まれたので、ちょうど70の年の開きがあります。母の記憶があるのは、私が5歳くらいのときなので、70年間一緒に生きてきたというリアルな感覚はないのですが、母からいわせれば「70年間お前を見てきた」と言うに違いありません。
 しかし、私は18歳で大学で勉強するために東京へ出たので、この間、度々母親のもとに帰っていましたから、70年間母親を見てきたという言い方もあながち不正確ではないと思います。年がら年中顔を見ているよりも、適度な距離があって、そのほうが良かったのかもしれません。大型連休と夏休み、それに正月くらいしか故郷に帰れない普通のサラリーマンに比べれば、大学教授という仕事は、土日を使って気軽に会いに行けるので、母親と一緒に暮らしてきたという実感は十分にあります。
 私は、母親が元気で70年間も一緒に暮らしてこられたことを大変ありがたく思っています。まだ、あと10年もそれ以上も一緒にいたいと思っています。ところが、これまでに母と会うのもこれまでかと思った事が二度ありました。一度 ...
 転移先が悪いと、例えばすい臓へ転移すると、長くは持ちません。この写真は、そのときに母が私にあてて書いた遺言書です。2016年の秋、私は自宅近くに墓地を求め、2017年秋には墓を立てました。それは、私が入るためと、いずれ父母の遺骨を葬るためです。これを「改葬」と言います。いま「墓じまいが」大きな課題になっていますが、私の場合も例外ではないのです。
 私はジェンダーをテーマにした「昭和と平成 ジェンダーを生きた孤高の人 碧空日記(Ⅰ)~(Ⅳ)」を書いてきましたが、(Ⅴ)を書かなければと思っています。facebookやブログに綴っていけば、自動的に概ね仕上がるように進めていますが、完成がいつになるのかまったく分かりません。しかし、母が生きているうちに仕上げたいと思っています。幸い、前立腺がんのPSAは低位安定しており、今のところ転移、再発の兆候はありません。
 私は、母は偉大な人だと思っています。私と妹の二人、それと戦争遺児の私たちのいとこを育て、4人の孫と3人のひ孫を育ててきたからです。くっついてはすぐに別れる、今の若い人たちの忍耐のなさは全く理解できません。それはともかく、この「遺言書」の中に、何が書いてあるかは、私には想像がつきます。でも、そんなことはどうでもよいのです。今の私の願いは、母親が百まで生きてくれることと、天が私をこれからも生かしてくれることです。(2018.1.25)







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最終更新日  2018.01.25 14:57:59


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