エタ-ナル・アイズ

エタ-ナル・アイズ

2026.08.29
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 第2会議室でこれまでの状況を聞いた源内は混乱し、ハルは何事か考え込んでいる様子だった。もう少し疑問を確認し、話を詰めていかなくてはならないだろう、それほど時間が残されていないから、今日が最後の機会になるかもしれない。

 仕切り直そうと、美並は給湯室でコーヒーを淹れ直し、ハルには望まれたお茶を淹れる。

 ハルが美並を遠ざけたのは気づいていた。ハルと源内の2人相手では真崎1人では分が悪すぎる、そう案じたのも確かだったが、ハルが意味もなく時間を作るはずもなく、その意味を考えているうちに、頭の中に構図が一つ浮かび上がった。

 腐った血の色のタイル。

 初めは、あれで『指紋』を取るつもりだったのかと思っていたが、ハルはそれを赤来に与えてしまった。

『そのタイルは差し上げます。お持ち下さい、あなたのものだ』

 去り際の穏やかな口調に何かが引っかかる。

 赤来課長は目を見開いて、ハルとタイルを眺めていた。

 空は赤い。

 なぜか幼いハルのことばが蘇る。

 今のハルからあの時のハルは思い出せないに違いない、気配もキャラクターも違い過ぎる。

 けれどもし、何かのキー・ワードが与えられたならば、容易に思い出すことができるかも知れない、あの時のハルを。

「…っ」

 お茶の香りが広がった瞬間、美並の頭の中に、草いきれと絵を破られていたハルの姿がタイルに重なる。

 同じ色。

 変わらぬ、同じ、腐った血の色。

 体が強張った。

 気づかないだろうか、特殊な感覚でなければ、お前の色はこれだと示されてもぴんと来ないものだろうか。

 なぜ絵は破かれたのだろう。

 きっと、それが真実を知らせていたからだ。見たくない、知りたくない、己に不利なものの存在を、人は壊し消したがる。

 赤来は忘れきっているだろうか、平穏な暮らしの中で、自分の闇の部分は完全に封じ込めてしまっているだろうか。

「……違う…」

 忘れてなどいない、だからハルは美並の中から赤来の色を読み取った。自分がかつて遭遇した、命を磨り潰す『支配』の色を見分けた。それをハルはあのタイルに表現した、これはお前の色だろう、これを自分は見たことがある、この色を持つお前を知っている、と。

「…ハルくん……」

 思わず流しに手を突く。

 赤来を見分けるためだけではない、ハルは自分が知っていると赤来に突きつけに来たのだ。どれほど時間が経ち、どれほど人の間に紛れようとも、自分は無数の色の中から確実に『羽鳥』を見分けられる、と。

 だからこそ、こっそり来てはならなかった。報道陣を連れ、全ての武器を携えて、赤来に会わなくてはならなかった。

 もう逃げることはできない、と宣戦布告するために。

 ハルの存在を『羽鳥』に知らしめるために。

「っっ」

 ぞわりと身体中の毛穴が開く。

 ハルが悩んでいたのは、『ニット・キャンパス』への参加だけではない、赤来を追い詰める鉄槌を自分が振るうかどうかを悩んでいたのだ。

 それは同時に自分も、そして関係者も危険に晒すから。

「ハルくん…」

 なんという犠牲を払うつもりなのか。

 美並は滲んだ涙を堪え、急いでコーヒーとお茶を揃えて第2会議室に戻る。

「…お待たせしました」

 声を掛けて入り、部屋の凍りついた空気に気づく。

 源内がぐったりと俯いて座り、ハルはいつも通り、真崎はむしろ困った顔になっている。

「課長?」

「…ごめん。僕にも何が起こってるのか、よくわからない」

 真崎は苦笑いした。

「ただ、彼は昔『羽鳥』に会っていることで、赤来課長に何か仕掛けたらしいよ」

 やっぱり。

「ハルくん」

「源内」

 美並の声を無視してハルが声を掛ける。真崎を見遣ると、少し首を振り、自分の手近の椅子を示した。今はどうやら、源内とハルの間に何か起こっているらしい。頷いて、そっと腰を下ろす。

「源内」

「……」

 はあ、と溜め息が応じ、俯いたままの顔から呻くような声が続いた。

「……囮、だよな?」

「ごめん」

「お前は赤来って奴の標的を自分に向けたんだ」

「違う」

「違わない」

「違う」

「……もうことば遊びはいい」

「違うよ、源内。俺はあいつを許す気はないんだ、俺の絵を破ったから」

 優しい柔らかな声が応えて、源内ががばりと顔を上げる。

「嘘だ」

「お前が評価した俺を侮辱したんだぞ放っておくのか」

「……嘘くせえ」

 棒読み的な返答に源内が顔を引きつらせる。

「お前が他の人間の評価を気にするような奴なら、俺はもっと楽だったんだ」

「頼む」

「え?」

「この先も」

「……え…?」

 ハルは微笑む。

「イタリア」

「…」

「フランス」

「…」

「世界あまねくに」

「………」

「忙しい」

「…………ハル」

「いつか消える」

 源内の呆然とした表情に笑いかける。

「その時まで」

 闘わせてくれ。

「…ハル…っ」

 ぶわっと源内の両眼から大量の涙が溢れ出て、美並も真崎もぎょっとした。驚かなかったのはハルだけで、むしろ眉を寄せ、

「気持ち悪い」

 容赦なく切り捨てた。

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Last updated  2026.08.29 00:00:08
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