せんだって日記
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twitterなどでけっこう見られたんだけど。原発の爆発以降、知的で冷静だと思っていた人たちが被曝に対しておどろくほど強い恐怖を示し、浮き足立っていたり、不安やデマを拡散したりしていた。その恐怖心のあらわれに驚いた。僕はそこまで放射線が怖くないからだ。いやもちろん怖いけども。なんというか、慌てて逃げ出したり正気を失ってしまったり冷静さを欠いてしまったりというほどではないのである。マスクしないと外出できないとか、水道水を飲めないとかにはならなかった。信頼している理系の人たちの意見をtwitterで読んで、東京はまだそこまでの状況ではないと思っていたのだ。しかし妻は違った。心なしかそわそわして、ネットや本でいろいろ勉強しはじめた。僕の変に落ち着いた態度と、即席の勉強によって、妻はほどなく落ち着いた。つまり、視野を狭めて恐怖するだけの態度をやめた。妻が言うには「影響はわずかだろうけど、逃げ出すよりも検体として生きるほうが価値がある」ということだ。僕と妻の、放射線被曝への反応の違いはなんだろうということになって、原爆教育の違いだってことになった。原発がアレしたとき、妻は僕に「ピカドンが起きることは無いんでしょう」と確認したがった。なるほど。僕は子供の頃、あまり強烈に原爆教育を受けなかった。妻は『ガラスのうさぎ』や『黒い雨』などの教材によって「原爆は恐ろしい。核は怖い」という恐怖を教えられていた。恐怖だけを教えられていた。どういうふうに怖いのか。なぜ怖いのか。どこまでなら危険ではないのか。そういうホントに大事な部分は教えられず、恐怖だけを教えられたっぽい。原爆教育は子供の心に恐怖だけを植えつけるものだったのだろうか。恐怖は視野を狭くし判断力を鈍らせる。もうそういうものである。普段は知的で冷静な人が、あっというまに視野を狭くし慌てふためいてしまった。そこには逆らいがたい恐怖があったのだろうか。恐怖は無知に根ざす。原爆教育は、放射線の恐ろしさだけを植えつけ、対処法は教えないものだったのだろう。被曝は程度問題だから子供には難しいってのもあるだろうし。放射線を「対処の仕方をしらない見えない恐怖」としてしか教えられていなければそうなっちゃうよね。無知のままでは怖いだけだ。妻は数日勉強してどの程度危険なのかを知った。その結果、落ち着いて対処する用意ができた。最近は慣れてきたとはいえ、少し前はパニック寸前だった。年寄りが無意味に水を買い占めたりな。いや、無知ゆえに食べられる食料が廃棄されたり農業や漁業などの経済活動が縮小したりしているのはいまも同じだ。原発が落ち着いたとしても食料は貴重になっていくはずなのに、無知からくるパニックで貴重な魚や野菜が廃棄されているのが現状だ。冷静に対処しないといけない場合なんだから、恐怖ばかりしているヒマはない。なにが言いたいのかって、放射線被曝に対する人々の反応の違いで。いつからマジで逃げないといけないのか判断できる人は放射線の怖さも知ってて、プチパニックになってる人は放射線をとにかく絶対恐ろしいものというあいまいな感じに考えていて。その差には、原爆教育、ピカドンへの根深い恐怖心があるのではないかと。原爆教育って、どんなんでした?「怖いから、もしもの時はこうしなさい」っていう処方箋とセットでしたか?そうじゃないなら、それはよくないと思います。【送料無料】朽ちていった命価格:460円(税込、送料別)
2011.04.06
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