戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2012年01月17日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
狛犬のすぐ近くには「亀山砲台跡」がある。

亀山八幡宮・砲台跡


 【江戸末期、開国を迫る諸外国への危機感が高まり、
  長州藩は全国にさきがけ外敵防禦策をとり、 長州藩主 毛利元周公は
  亀山八幡宮を始め、市内各地に砲台を築き攘夷戦に備えた。

  文久三年(1863)五月十一日午前二時久坂玄瑞の指揮により
  アメリカ商船攻撃合図の砲弾が亀山砲台から発射され米仏蘭三国相手に
  六回にわたる馬関攘夷戦の火ぶたがきられた。

  敵弾は楼門をかすめただけで社殿守兵とも損傷なく、
  時の人はこれ神威なりと矢よけ八幡宮と称えた。

  翌年八月の四ヶ国連合艦隊襲来により攘夷戦は幕を閉じ、
  開国、尊王攘夷を経て、明治維新へと急速に時が流れた。
  亀山砲台はまさに近代日本の幕開けを告げる第一弾を発射したのであった。】
  (現地解説版より)

元周?敬親じゃないの?と思ったら、長州藩主じゃなくて
長府藩主と書くべきところだわ。これ。

石碑の前に上の写真の石があって、
「もしかして、これ、砲台が置いてあった石?
あるいは、そのレプリカの類!?」

幕末ファンのサイトを見ても、そんな解説をしてくれている人は1人もいないので、
実際のところこれが何であるかはわからなかったのであります。


砲台跡から見た赤間ヶ関はこんな。

亀山八幡宮・砲台跡碑から

宮自体は大きな被害はなくっても、


後の戦いでは、高台にある砲台のため、砲口を下に向けなければならず、
砲身に込めた弾丸がころげ出るなんてこともあったらしい。
そのため、ちょっと役に立たなくなっちゃって、
前田・壇ノ浦の砲台が中心になっていったと。


そうはいっても、「矢よけ八幡宮」あるいは「弾よけ八幡宮」として
先の戦争では出征する兵士さんのお参りも多くあったとのこと。

今の境内はそう広い面積ではないけど、
長い社歴の中で、どれだけの人の想いが詰まった場所であることか。


ところで、この宮からの風景は、古くから文人墨客にも愛され、
「鎮西第一勝の地」「西海第一関」なんて讃えられているそうな。
戦国ファンにはおなじみの連歌師・飯尾宗祇もここで句を詠んでいる。

      「 秋遠し亀の上なる峯の松」




さて、亀山砲台跡の碑のお隣は「お亀茶屋」跡。

 【伊藤博文公夫妻史跡 「お亀茶屋」跡

  幕末のころ北前舟の寄港地として海陸物産が集散し西の浪華として栄えていた
  下関の街を、明治維新の志士たちが繁く往来していました。
  慶応元年(1865)の初夏、刺客に追われた伊藤博文公が亀山八幡宮の境内で、
  茶屋のお茶子だった木田梅子に助けられたのが二人の出会いで、
  その一年後に夫婦になりました。

  伊藤公は明治新政府を樹立し、初代内閣総理大臣として日本の近代化と発展に
  身命をなげうち、明治四十二年(1909)、凶弾に倒れました。
  明治の元勲と称えられる伊藤公と、公を支えた梅子夫人が結ばれたゆかりの場所です。
       ”国のため光をそへてゆきましし
             君とし思へど悲しかりけり”
  夫人は大正十三年(1924)に七十七才で亡くなりました。】
  (現地解説版より)


・・・解説だけ読んでると、お札にも描かれた人だし、
偉人のラブロマンスの地みたいだけどね・・・(笑)

公人としては大変立派な方ですが、私人としてはかなりの女好き
だったようで、梅子と出会った時の伊藤俊輔(博文)はすでに妻帯者。
入江九一の妹と結婚しておったのじゃ。

入江九一さんは、禁門の変において、久坂玄瑞らと自刃した人。
幕末ファンには説明なんかいらないけど、幕末を全然知らない人には
せいぜい久坂玄瑞(←教科書に出てくる)あたりがギリギリラインかと思うので、
この辺の説明は難しいな(笑)。

ともかく、最初はいわゆる不倫であった訳ですが、すったもんだの末
結局前の妻と別れて梅子さんと結婚したのです。

結婚後も、素人さん・玄人さんとりまぜて女性問題は色々あったらしく、
それでも梅子さんは夫を立てまくったみたいです。

梅子さん、すごい!
夫を取り巻く女性達にもあれこれ気を遣ってあげたのに、
逆にそれで陰口をたたかれちゃったり。

現代の女性にはまんず無理でしょうね~(笑)。
ええ、もちろん私も無理ですね。




さて、ロマンスの解説版の奥には「ふぐの像」。

世界一のふぐの像

ここ下関は、ふく刺しを絶賛した伊藤博文のおかげで
全国に先駆けてふくの食用禁止が解禁となった地。

昭和9年に関門ふく交友会の人々が境内表参道東側に
「波のりふくの像」を建立したのが始まり。
しかし昭和19年、先の戦争での金属供出により台座のみとなってしまったそうな。

平成元年、有志によりふく銅像再建推進委員会が結成され、
46年ぶりに再建(総経費2,000万円!!)。
除幕式は、平成2年9月29日(フクフクの日)に行われ、
以後毎年9月29日にはふく漁解禁にあわせて、ふくの像の前で
シーズン中の航海安全・豊漁・商売繁盛を祈願するふく祭りが
関係者一同により執り行われています、とな。

いやいや、2,000万円ねえ~
この像の台座は高く作られているので、下の国道からも拝める。
像の下の石垣には、

『世界一のふくの像』

とデカい横断幕が張られている。
確かにこんなサイズのお茶目なフクなんて、誰も作らないよな~(笑)。
悲しい過去を持ってるなんて思えないほど、癒し系の姿。


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村

にほんブログ村 旅行ブログ 個人旅行へ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年06月09日 16時33分54秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: