戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2012年01月20日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
宮地嶽神社のお隣にあるのが、熊鷹稲荷神社。

亀山八幡宮・熊鷹神社2

熊鷹稲荷神社は、ここだけでなく門司にもあって、
今回の旅で何度も見かけた。

 【御鎮座の年代は不明ですが、京都の伏見稲荷大社に鎮まります
  熊鷹社から勧請されたと伝えられています。
  また、“人助け稲荷”とも称され多くの方々に崇敬されています。

  現社殿は昭和天皇御即位50年を奉祝し、崇敬者の募財により建立されました。
  ※お稲荷さんは商売繁盛の神さまというイメージが強いですが、

  (亀山八幡宮HPより)

病気平癒ねえ~。
それは知らなかったな・・・
お宮の中はこんな。

亀山八幡宮・熊鷹神社3

宮地嶽神社と同じ、両脇の水色のお飾りが気になる・・・
なんていうんだっけ、こーゆーの・・・

お宮の脇には、もっと気になるものが。

亀山八幡宮・熊鷹神社4

うう、何だろう、これ・・・
お狐様には見えないし・・・


ここは小高いところにあるので、お宮の脇の石段は
お稲荷さんらしく朱の鳥居が立ち並ぶ。
この光景も、この旅では結構見かけた。

亀山八幡宮・熊鷹神社鳥居


これで境内めぐりはおしまい。


床屋発祥の地碑

【床屋発祥之地 由来

 鎌倉時代の中期(1264~73)、亀山天皇に仕えていた京都御所の武士
 従五位ノ下北小路蔵人之頭藤原基晴は、宝刀の紛失事件の責任をとって職を辞し、
 三男采女之亮政之<うねめのすけまさゆき>を連れて宝刀探索のため、
 当時蒙古襲来で風雲急を告げていた長門国下関に下った。

 基晴親子は、当時下関で髪結をしていた新羅人からその技術を学び、
 往来の武士を客とした髪結所を開いた。
 店の床の間には亀山天皇と藤原家の先祖を祭る祭壇があったので、
 下関の人々はいつとはなしに「床の間のある店」転じて「床場」、
 さらに「床屋」という屋号で呼ぶようになった。
 「床屋」という言葉は下関が発祥地となりその後全国に広まっていった。

 藤原基晴は弘安元年(1278)に没し市内の専念寺に葬られた。
 采女之亮は床屋を続けながら宝刀の探索を続けそのうち豪商の協力により
 遂に宝刀を探し出して天皇に奉還した。
 その後鎌倉に移り住み幕府から京都風の髪を結う髪結職として重用され、
 屋敷も賜り代々その職を受け継いだ。

 時は流れて元亀三年(1572)十七代目の籐七郎の時、
 武田信玄との戦いで敗退中の徳川家康を助けた功績により江戸開府後、
 江戸八百八町の髪結職の営業権を与えられ、また橋見守役や火事の時は
 奉行所の重要書類搬出などの役目も仰せつかった。

 特に二代将軍徳川秀忠が「四民髪ヲ結ウハ勝手ノコト身ヲ綺麗ニスルハ長寿ノ元ナリ」
 というお触れ書を出してから庶民はこぞって髪を結うようになり、
 男髪結職と女髪結職が急に増え、日本独特の髪型が流行し始めた。
 江戸時代の風俗文化は髪結職により創り出されたとも言われている。
 歌舞伎役者の髪型や衣装また浮世絵に見られる美人画の髪型や衣装は、
 当時の女髪結職の芸術性の豊さを物語るものである。

 床屋の開祖、藤原采女之亮政之の功績を称え、かけがえのない史実を後世に伝えるため
 ここに記念碑を建立した。 平成七年七月一七日】
 (現地解説板より。<>内は戦国ジジイが追加。)


橋見守役?
え~っと、確か江戸時代って、橋と床屋は切り離せないくらいの
関係じゃなかったっけ?
監視とか情報収集とか色んな役目を担ってたんだよね。

床屋がそういった役割をあてられたのは、人が多く集まる場所であり、
かつ人の行き来のある橋の近くに床屋が多くあったかららしいけど、
中でも床屋発祥となった藤原さんちに名誉なお役が回ったのかもしれないね。


父の基晴は宮中で宝物の管理を任されていて、
亀山天皇に預けられていた「九王丸」なる宝刀を失くしてしまったらしい。

「紛失」だなんて、カタナなんてデカいもの、自然になくなるわけがないでしょう?
という疑問がわくのは私だけではないと思いますが・・・
ともかく宝刀をたずねて三千里~(笑)の旅に出ることになった基晴親子。


解説版ではいきなり三男・政之の登場となってるけど、
政之の兄ちゃんたちも「オヤジ元気で留守がいい♪」とばかりに
気楽に遊んでた訳じゃないんですよ。

長男は反物商人、二男は染物師となって引き続き京で宝刀を探したらしいです。
一家総出で父の名誉挽回のためにね。
大変だったね。

そんで当事者の父は下関へ向かうわけですが、なんで下関かというと、
蒙古襲来に備えて幕府が多くの武士を集めていたから。
武士が集まるということは刀も集まる。
その中に、宝刀もあるかも・・・って目論見だったみたい。

まあ、結果的には見つかった事になってるけど、
床屋で日銭を稼がなきゃならない程度の年月はかかったわけだから、
なんにしても大変だったでしょう。

しかも、政之の床屋の評判は良かったらしいから、
そうなってくると、探索が本業で床屋が内職なのか、あるいはその逆なのか
もはやわからなくなってくるんじゃ・・・とか想像して、
ちょっとおかしくなってみたり。


ところで政之さん、苦労した甲斐あって、現在ではなんと神様になってます。
京都・嵐山は「 御髪神社 」(みかみじんじゃ)。
しかも、主祭神。

ま、神社名がコレですし、床屋さんのパイオニア・政之さんの神社ですから
すでにお察しのことと思いますが、こちらは日本で唯一の「頭と髪の神社」と
言われておるそうです。

理容関係者はもちろん、毛にお悩みの方々も多く参拝されるとか。

私もこの旅でこの碑の事を知るまで、御髪神社のことは知らなかったんだ~。
うちのオヤジは薄毛だし、私はオヤジに似てる部分が多いから、
ハゲ予備軍のようなもので(笑)、「お悩みの方々」の一人と言っても
いいかもしれない。

ので、次に魔界(京都)に行く時は、予定に組み込んでみようかなあ~。
10月に行った時、ちょうど嵐山に近いスポットをいくつか保留に
してきてるしなあ・・・

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村

にほんブログ村 旅行ブログ 個人旅行へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年02月12日 00時19分34秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: