戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年01月22日
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このイベント小屋越しにも大きな古墳が見えるけど、


稲荷山古墳


近くまで行くと階段がついてるのが見えたので、
これか!?と思ったが違った。

これは稲荷山古墳だと。

 【全長120mの前方後円墳です。周囲には長方形の堀が中堤(ちゅうてい)をはさんで
  二重に巡り、墳丘くびれ部と中堤には造出し(つくりだし)と呼ばれる

  埼玉(さきたま)古墳群の中で最初に作られた古墳です。

  前方部は、1937年に土取り工事で失われましたが、2004年に復元されました。
  1968年の発掘調査では、後円部から二つの埋葬施設が発見されました。
  そのうち礫槨(れきかく)はよく残っており、多くの副葬品が出土しました。
  その一つである鉄剣からは、1978年に115文字の銘文が見いだされ、
  他の副葬品とともに1981年に国宝に指定されています。】
  (埼玉県教育委員会 解説板より)


古墳の下部は黄色い花がびっしり咲いていて美しい。

稲荷山満開


じゃあ、イベント小屋の奥に見えたあれが丸墓山だな。



稲荷山から丸墓山

忍城攻めの当時、これは古墳だとわかっていたのかな~。
三成様の陣ってことで、丸墓山しか話題に上らんけど、
他の武将ももしかしたらこの稲荷山に陣を置いてたかもしれないよな~。

少なくとも水攻めが始まった頃には、だれかがこの古墳に上ったに違いない。

私が登ったのは後方部分。
そのまま前方部にも行けたみたいだけど、ここでのお目当ては丸墓山だし。


そしてようやく目的地へ。
ちょうど二つある階段の真ん中らへんの地点に出てしまったので、
どちらを上がるにしてもかなり歩きそう・・・

とりあえず裏手の階段へと回り込む。

こちらには池もあり、ウシガエルみたいな鳴き声が聞こえる。
そして古墳近くには八重桜がこぼれ落ちそうなほど満開で、
一番いい気候の最高の休日。

さくら満開!3

もう丸墓山は目の前だし。
あ~幸せ・・・

 【直径105mあり円墳では日本最大です。  
  墳丘は埼玉古墳群の中で一番高く、約19mあります。
  墳丘に使われた土の量は二子山古墳より多かったという試算もあります。

  出土した埴輪から、6世紀前半ころに築かれたと推定されています。
  埋葬施設の内容は、現在のところ確認されていません。
  南側から古墳にいたる道は、1590年に石田三成が忍城を水攻めにした時に
  築いた堤防の跡といわれている「石田堤」です。
  水攻めの際には、古墳の頂上に陣が張られました。】
  (埼玉県教育委員会 解説板より)


いよいよ登る・・・が結構この木段、キツイ。
ゼエゼエしながら登りつめると、そこは何もない空間。
陣跡の碑くらいあるかと思った。

どれ、忍城は見えるかな?と北東に目を凝らすと・・・



丸墓山から北西方面
(↑写真では忍城は見えないだろうけど、雰囲気をお楽しみください)

小さくだけど、確かに見える。
水攻めの当時はまだ三階の櫓はないけど、昔の人だし、
視界を遮るものはなかっただろうからもっと良く見えただろう。

・・・しかし、遠い。
堤の全長28kmといってもピンとこないけど、
実際ここに立ってみると相当な規模だってことがよくわかる。

けど、「のぼうの城」のハイライトでは、
ここから長親の顔が判別できるくらいまでに船が接近したような設定だけど、
同時に本丸に籠る城兵からもその様子が見えた感じに描かれている・・・
でも、さすがにこの距離じゃ無理じゃね?と思ってしまった。

けど、小説の世界に浸ればここは三成や吉継、長親、丹波、甲斐姫らの
それぞれの思いが交錯する、最も緊迫した場面。

一体何人の戦国ファンが三成気分でここから忍城を眺めただろう。


関係ないけど、うちのトイレに貼ってあるカレンダーが、
3・4月はたぶん棟方志功の「御雛祭御祝福」という絵で、
このお内裏様がなんだか田踊りをする長親に見えて仕方がなくってね。

この絵が外される前に忍城に行きたいと、カレンダーを見るたび思っていて、
今日ようやく叶った・・・ああ、満足。

そういえば、「のぼうの城」ではこの丸墓山に謙信公も来られたってあったよなあ。
謙信公も幾度となく忍城を攻めたけど、軍神でも落とせなかったと。


一般の観光客がワイワイしながら上がってきてうるさいので、
萌えるのもほどほどにして、今度は表側から下りる。

堤根に残るという石田堤はまた次の機会に譲り、
これで今日のミッションは終了とすることにした。

結構時間も早いし、最後にもう一度丸墓山を一周して帰ろうかな。

しかし、さすがに日本最大というだけあって、回るだけでも結構かかる。
でも頭の中は萌えているので苦にはならないけど・・・(笑)。


丸墓山の頂上に立つと結構高度感はあるけど、下から見るとそれほどでもない。
上まで上がらなくっても、下から声を張り上げてのご注進でも十分いけるよな。
頂上の収容人員はそう多くはないし。
とか考えてたらスタート地点に戻ったので、
石田堤と言われている道を通って出口へ向かう。

丸墓山正面の堤



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最終更新日  2012年01月22日 14時26分16秒


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