李鴻章さんは、引接寺のすぐ近くで撃たれたらしい。
昨日以前にも、実は引接寺の名前は一度出てきています。
「赤間ヶ関編(24)」
の朝鮮通信使の真ん中らへん。
そう、ここは朝鮮通信使の客館にもなった、歴史あるお寺なのです。
室町時代には50人位だった使節団は、江戸時代には300~500人規模へと
膨れ上がり、阿弥陀寺(赤間神宮の前身)と引接寺に分宿した。
阿弥陀寺には三使及び上官、引接寺には中官と下官が宿泊し、
付き添いの対馬藩主は本陣伊藤家に、対馬藩士は数十件の商家へと
分かれて滞在した。
客館は通信使の来日のたびに修築されて、豪華な調度品が整えられたという。
このことからも、阿弥陀寺と引接寺の格の高さがわかるでしょう?
現在の引接寺は哀しいかな、何も知らない人はあっさり通り過ぎてしまうような
ちょっと地味な風情だけど。
引接寺はもとは、永禄3年(1560)に豊前から引っ越してきた寺院。
それを、小早川隆景の霊を弔うために、小早川秀秋が慶長3年(1598)に
現在地に建立したもの。
隆景の遺言だったって話もあるけどね。
ここも下関空襲の被害にあい、本堂は焼失。
しかし、山門は残った。
山門の天井にあるのが、左甚五郎の作といわれる見事な龍の彫刻。
この龍については、こんな伝承がある。
【「山門の龍」
江戸時代末期、引接寺付近は山陽道の起終点でもあったことから、大繁華街でした。
その頃のある夜中、引接寺の石段下で通りがかりの旅人が何者かによって殺されます。
番所役人が何度となく調査しても、犯人が見つからないので苦慮しているところ、
次々と同じ場所で人が殺されます。
奇妙なことに、殺された旅人のふところにはお金が残っており、
これは強盗の仕業ではないとすると、鬼か大蛇ではないかとのうわさが広まります。
そんな中、ある勇敢な侍が「それでは拙者がその鬼とやらを退治してやろう」と
夜中に引接寺へ出かけます。侍は不意に襲い掛かった怪物を見事早業で切りつけ、
怪物はうめき声とともに消え去りました。
翌朝、侍が現場に行ってみると、黒々とした血筋がお寺のほうに向かって
流れています。その跡をたどって行くと、ちょうど三門の下で血筋が消えていました。
不思議に思った侍が上を見上げると、そこには真っ二つに割れた龍の彫刻が!
旅人達を襲った怪物は、この三門の龍だった、というお話です。】
(しものせき観光ホームページより)
これをね、この龍を見たかった。
もう17:00ギリギリなので、石段を駆け上がってとにかく写真だけ
あれこれ撮って、なんとかセーフ(笑)
山門の天井はそう高くはないので、大きくて立体的な龍を見上げて
割れた部分を見ようとしたけど、なにぶん夕暮れ時で、薄暗くて見えなかった。
だから、後で写真で確認しようと思ってたのに・・・
はい、ここの写真もだめになりまいた~。
あまり長居して、お寺さんの迷惑になってたらいかんな、と思って
ちょっとだけ見てすぐ帰ってきたけど、白木の迫力ある彫刻だったよ。
もっとじっくり見たかったな・・・
「しものせき観光ホームページ」さんには、こんな解説もある。
【そもそも「龍」は想像上の動物。
大陸ではご存知のとおり「守護神」「厄払い」的な意味を持つものとして
崇拝されています。その龍が三門に飾られてある寺院は、
その格式の高さを示しているのです。】
へえ、龍と格式・・・それは知らなかったな~。
引接寺には他に、こんな伝説もある。
【「引接寺口説(くどき)」
これも江戸時代の話であると伝えられています。
「お杉」という萬小間物屋の娘が引接寺の僧「浄然(じょうねん)」という僧に
一目ぼれしてしまいます。
お杉は恋文をしたためて浄然に渡しますが、浄然は、仏に仕える身ゆえ、
恋文などは受け取れないとそのまま返してしまいます。
恋文を返されるとお杉はますます浄然に会いたくなり、ある夜、男物の衣裳をつけて
引接寺へ出かけ、寺の塀を乗り越えて、浄然の寝所に忍び込み、告白します。
浄然も反論しますが、もし一緒になれないならこの場で死ぬといって
浄然を説き伏せてしまいます。
一方、お杉に熱い想いを寄せていた町奉行は二人のことを知ると、
無実の罪をきせて二人を処刑してしまう。とても悲しい、しかし当時非常に流行した
ラブストーリーなのです。】(しものせき観光ホームページより)
下関の伝統芸能である「平家踊り」の数ある口説の中で、
引接寺口説は最も好まれたそうな。
下関を訪れた多くの旅人たちが引接寺口説に触れ、全国に広まっていったとされ、
最近では兵庫県滝野町で踊られていた「馬鹿音頭 お杉」のルーツが
下関にあったことが判明したんだとか。
歴史って、ホント面白いよな~。
これで本日の行程はすべて終了。
急いでカモンワーフに戻って、夕食用に「ふく焼き」をゲット♪
ふく焼きは、たこ焼きのフグバージョン。
フグそのものが淡泊だから、「おお、フグだ~!」って感じは
しなかったけどね。
でも、美味しかったよ
まだ年明け間もないカモンワーフには、
正月バージョンでのしをまとったツリーがあって笑えた。
宿に入ってもらった部屋のキーも、下関名物、ふぐ。
「かっ・・・わいいですねえ~!」って思わず言ったら、
「ありがとうございます」
って、フロントのおじさんがはにかみながら答えた。
下関は楽しいところだ。
今日の歩数は13,672歩。
まあ、半日だけだからね・・・
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