戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年02月18日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
2日目('12/1/8) 晴れ

唐戸の夜景

本州の西の果て、下関は
関東よりも日の入りは遅いけど、日の出も遅い。

今日はあちこち行くので、夜明け前に起きて支度を始める。
最近、支度にやたら時間がかかっちゃってえ~。

今回のお宿は、唐戸桟橋の真ん前。
基本、古戦場の近くに宿は取らないことにしているので(←こわがり)
一旦は下関駅の近くに宿を予約したけど、


昨日の昼間も、赤間ヶ関は沢山のお船が通っていたけど、
こんな真っ暗な中でも結構大きな船が沢山通ってる。

なんでこんな暗い中を航行できるんだろうな~って思いながら
支度をして、予定よりちょっと遅れて出発。


まず目指すのは、壇ノ浦古戦場の碑の立つ
「みもすそ川公園」。

下関に行くと言ったら、「寒いからあったかくして行きなさいよ~」
って何人かに言われたけど、海があるせいか夜間の冷え込みはなく、
したがって関東よりも朝は暖かい。

途中、ふたを見ながら歩くけど、どれもフグバージョンだった。

今日は海を渡る。
門司といえば、バナナのたたき売りだから、

てくてく歩く。

宿からは国道9号線をひたすら東に進む。
歩きながら海を眺めては、壇ノ浦の海戦に想いを馳せて、
朝から萌え~で頭の中は忙しい。

そんな風にただ萌えながらひたすら歩いてたので、

巌流島の決闘へ向けて、宮本武蔵が船出したという碑らしかったんだけど。



海峡で最も狭くなっている「早鞆の瀬戸(はやとものせと)」にかかるのが、
関門橋。

橋が近くなってくると、国道の反対側に、急な斜面を上っていく
稲荷の赤い鳥居が見えた。
あ、ここ、昨日バスの中から見て、
「すげえとこにあるなあ~」
って驚いたところだ・・・

その向かいの海の中には、大きな岩があって、注連縄をまとっていた。
この時は、これが何なのか知らなくて、
「一体どんな由来があるんだろう・・・」って思って、
写真だけ撮って通り過ぎたけど、後で『赤間神宮』を読んでやっとわかった。

鳥居の奥にあるのは、立石稲荷神社。
海中に立つのは、烏帽子岩。

立石稲荷神社は伏見稲荷の分霊で、
平知盛がそれを授かって祀り、烏帽子岩は立石稲荷神社のご神体という
伝承をもつらしい。

そして『赤間神宮』は、次のような伝承も教えてくれた。

  【約七十年位い前、珍らしい激浪のためにその大石が倒れ、それ以後、
   大風・火災・疫病が続き町の人々を悩ませていたが、ある夜
   老漁夫の夢枕にキツネが現れ、「あの大石を早く起さなければ
   災難は次々に起こるであろう」と告げたので、早速町民を集めて立て直したところ、
   その日から災害は起こらなくなった】(原文のまま)

烏帽子岩の注連縄をかけ替える神事「しめなわ祭り」が毎年12月中旬に行われ、
『赤間神宮』にはその写真も出てるのだが、なんだかすごい。

神職が裸足で岩の上に立って、祭事を執り行っている。
その後ろには、和船が5艘。
烏帽子をかぶって笛を吹いてるような人も見えるし、
船には「神宮御用」と「大漁満足」ののぼりも立ってる。

赤間神宮にあった「大漁豊満」ののぼりといい、
下関での漁関係の祈願の言葉はどうも笑えるものが多いけど、
海を生活の糧とする人々にとっては、海の安全と大漁は大切なことだからね、
笑っちゃいかんよな(でも笑うけど)。

『赤間神宮』では、先程の伝承の紹介の後に、
  【これはまさに怨霊鎮めの範疇に属する祭事であるということが出来よう】
と続く。

ここは地元の漁民が細々と祭っていたが、昭和26年に初めてしめなわの奉納を行い、
以後盛大になったという。
近年になって盛大になるってのも、ある意味すごいことだと思うけどね。

という訳で、ここも平家関連の史跡だった。
幕末の史跡も当然多いけど、やはり下関は平家色が強いように思う。


関門橋を過ぎてさらに歩くと、そこがみもすそ川公園。
ハア、結構歩いたな~。
しかし、疲れたなんて言ってられない。

海に向かったベンチに座って、休憩がてら萌え~

早鞆の瀬戸

このあたりの海面は、よく見ると小さな渦がいくつかある。
見えてる以上に流れは速くて、複雑なんだろうな~。


壇ノ浦の合戦については、色んな説があるし、
ここでこまこま述べるつもりはありませんが、
現在では大正時代に黒板勝美氏が提唱した潮流説が割と一般的なのかな。

赤間ヶ関では1日に4回潮の流れが変わることは以前にも書いた通りですが、
その流れの変化が戦いを左右したって説ね。

対岸の門司にあった解説を拝借して、合戦の経緯をダイジェストで
見てみましょうか。

壇ノ浦合戦想定図2

壇ノ浦合戦想定図4

壇ノ浦合戦想定図6

壇ノ浦合戦想定図8

上の方にある干珠・満珠ってのは、義経が陣を置いたとされる島。

壇ノ浦の戦いとはいうものの、実際はもう少し上の方が
激戦地みたいな感じだよね~。

潮流説については、どちらの舟も同時に流されている訳だから、
戦いには影響しないとする反論もあるみたいだけど、
それはあくまで机上の論理であって、心理的な影響も見過ごせないでしょう。

相手との距離は同じでも、自分が押されているような位置にあって
モチベーションの上がる人もそういないんじゃないかと思うんだよね~。
中には、逆境に燃える人もいるでしょうけどさ・・・

いずれにせよ、このあたりで平家の戦いがあり、
そして一門は滅んでしまった・・・
哀しいのう

で、カメラを取り出した私の身にまで起こった哀しい出来事については、
以前に書いた通りですので、読んでない方は そちら をどうぞ~。

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最終更新日  2012年02月18日 22時40分19秒
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