戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年04月28日
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カテゴリ: 城(中国)
ひとしきり防御ごっこを楽しんだ後で、


備中松山城・厩曲輪にあった

「びっちゅうまつやまじょう にじゅうやぐら」?

二重櫓って、もっと上の方じゃん。
こんなとこに立てかけてあったら、知らない人は厩曲輪に二重櫓があったのかと
勘違いしちゃうかもよ。

一体、誰がこんなものをこんなとこに置いたのか・・・


厩曲輪から、通路を渡ってお向かいの曲輪へ向かう。

(図は「備中松山城 国指定重要文化財」のリーフレットからです)

備中松山城(小松山部分)4


ここには城郭にふさわしい外観の、和風なトイレがある。

備中松山城・御膳棚にあるトイレ



なんでも、観光客の減少を憂えた高梁市は、
24年度予算に観光のインフラ整備事業を組み込んで色々頑張るみたいだけど、
ここのトイレもその対象になっとるらしい。

トイレ用に157万円の予算を計上してあるんだって(笑)。


半年経って、使い心地が特に良かったとも悪かったとも記憶してないから、
まあ普通のトイレだったと思うんだけどね。


なくても散々山の中で用事は済ませてきた経験があるから、
私はその辺は全然こだわらないし・・・

しかし、それはあくまで自然の中に分け入っていく登山者の感覚で、
重要文化財、しかも現存十二天守を擁する歴史的観光地としては、
やはりトイレの格式などにもこだわらねばならんのだろうな・・・




ところで、このトイレが建つ曲輪は「御膳棚曲輪」。
「御膳棚」って、たぶん名前のまんまだよねえ・・・
よりによってこの曲輪にトイレを建てんでも・・・

んで、このトイレの裏の石垣は二の丸の石垣なんだけど、
ここの積み方がすっごい変なの。


備中松山城・御膳棚から見上げる二の丸石垣

写真じゃちょっとわかりにくいかな・・・
真ん中から左側の部分と、下の部分。

たぶん、最近補強か何かしたものだとは思うんだけど、
もうちょっと何とかならなかったのかなあ
ちょっとこの積み方はあんまりじゃな~い?


今回は臥牛山全体を踏破した訳じゃないので自分で確かめてはいないけど、
この先には公衆トイレはないって言ってる人がいる。
ので、奥までずずずい~っと進まれる方は、ここでスッキリさせておいた方が
いいみたいですね。

ええ、もちろん私もありがたく使わせて頂きましたよ。
奥までは行かないけど、まだ当分時間がかかるのは目に見えてるし(笑)。



さてと、上を目指そう。

備中松山城・二の櫓門へ


黒門から二の櫓門(上から2つめの図では鉄門跡)へ至るゆるやかな直線は、
平成の世に生きる私達が登城する分には、なんか空も開けてきて
そろそろ上が近そう・・・とテンションが上がってくる道。

しかし、本来は大手を制してしぶとく城内へと入りこんできた寄せ手を、
ここでバッタバッタと討ち取らねばならない場所。

鉄(くろがね)門は名前の通りの構造だろうし、
黒門もおそらく名前からして鉄板張あたりの造りになってて、
ガード堅そうな門が2重に待ち構えてる・・・

しかも、道と平行して石垣があるため、
二の丸手前における第1のダンジョン(黒門)から第2のダンジョン(鉄門)は
常に攻撃を受ける危険にさらされており、寄せ手にとってはまさに死の階段・・・


死の階段を上がりきって左に曲がると、そこが二の櫓門(鉄門)跡。

備中松山城・二の櫓門2


結構大きな石も使われてて、櫓門の石垣は立派。
ここにある標識には、

 【ふるさと村  1.9km
  大松山    0.6km】

って書いてあるように見えるんだけど、ちょっと距離おかしくね?
この先に行った人の記録を読むと、もっと距離ありそうなんだけど。
もっと遠いことを示す看板がこの先にあるって書いてあるんだけど。

まあ、今回はどのみち行かれないし、いっか~。

ここには、門の礎石もありますですよん。

備中松山城・二の櫓門跡


さて、今はなき門をくぐるとそこが二の丸。
写真で見たまんまの光景が眼前に広がる。

備中松山城・本丸


二の丸も、そんなに広くはない。
曲輪の隅は、台風などの影響なのか危ないから近寄ってくれるなと
ロープが張ってあった。

あ、待って、こっちは東側だから、こないだの台風で崩落した
石垣が下にあったのかも。
安全のためにロープを張ったってニュースを読んだもんな。

備中松山城・二の丸跡は危険

おきゃやま辺りって、あんまり台風直撃とか聞かない気がするけど、
近世城郭部分の築城から少なくとも300年以上経ってるんだし、
長い歴史の中には何度も自然災害にも遭ったでしょう。

そんな中を、理由はどうであれこれだけの遺構が残ったってことに、
まず感動。

今回は、その自然災害の煽りをくらって行動も制約されたけど、
災害の爪跡を目にしながら登城したおかげで
「こうした中を生き抜いてきた貴重な史跡なんだな~」と
実感することもできたので、これはこれで良かったと思ってる。

行かれなかったところは、また後日再訪するつもりだし。


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最終更新日  2012年04月28日 19時01分14秒


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