戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年05月01日
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カテゴリ: 城(中国)
階段にも、解説がついてる。

 【この階段には踊場が付き、折れ曲がっている。敵がすぐあがれないように曲げ、
  幅も一人しか通れないように狭く階段の勾配も急で、すべて防御に有利に考えられて
  いる。勾配が急であるため各段の踏板にすべり止めも工夫されている。】

上がってまず目に付いたのが、これ。

備中松山城・天守内部11


 【御社壇

  天和3年(1683)当時の城主水谷左京亮勝宗がこの松山城を修築したその節、
  松山藩5万石の守護として三振の宝剣に天照皇太神を始め、水谷氏の守護神

  祭典を行い、安康を祈った。】

今は飾り付けもさみしくなっちゃってるけど、
なんとなく厳かな雰囲気。

でもそれより、私はやっぱりこっちの方に惹かれてしまふ~。

備中松山城・天守内部12


備中松山城・天守内部13


備中松山城・天守内部16


備中松山城・天守内部18


ああ、むき出しの梁が、桁が、小屋束があ~!!
もうね、こーゆー骨組見るの、大好きなんです。

ちょぼちょぼと城郭建築についても勉強して、

最上部の梁組、特に隅部なんかは複雑で、
まだまだわからない事がいっぱい。

これがあーなって、こーなって・・・って考えながら見るので、
ホントに見てて飽きない。

まあ、松山城の内部は当時のままじゃないけどね。


しかしすごいよなあ、この技術。
木を組んだだけで建物と重い屋根を支えちゃうんだから。


天守の部材は非常に太いので、現在の住宅よりはずっと強度があり、
また各階が独立した構造をしているため、耐震性にも優れていたんだと。

ただし、心柱を通さない場合ね。
「火天の城」みたいな心柱を通すと、心柱が穴だらけになっちゃって
かえって強度が落ちるんだって。

あ~、このままず~っと木組を眺めていたい・・・
とポケーッとしているのは私だけで、皆さんさっさと帰っていく・・・
いいけどさ、別に。

こんなに素晴らしいものがあるのに、もったいない


2階からは本丸の表側全体が見渡せる。

備中松山城・天守内部から本丸

向かって左側が五の平櫓、右側が六の平櫓。
奥に見えてる下の段は、二の丸。


窓には、解説もついてる。

備中松山城・天守内部20


 【武者窓(連子窓)

  正方形の角材の角を外側に向けて並べて、外からは内が見えにくく、内からは
  広角に敵兵の動きを見ることができる。】



1階には、「装束の間」とよばれる小部屋がある。

備中松山城・天守内部23


 【籠城時の城主一家の居室床下に石を入れ隙間のないようにし、忍びの者でも
  侵入できないように工夫がされている。戦に敗れ、落城の時は城主一家の死に場所
  でもある。】


ってしんみりするような部屋があるかと思えば、
こんなものもある。

備中松山城・天守内部26



 【囲炉裏(いろり)

  板石造り、長さ一間、幅三尺、籠城時の城主の食事、暖房用に用いられたと
  言われている。天守閣の中に切りこみの囲炉裏があるのは全国でも珍しい。
  これは戦国時代備中の首都として、この城の激しい争奪戦が幾度も繰り返された
  経験から生まれたものである。】

いやいやいやいや~、そりゃないっしょ~!
天守だって御殿だって、一番の敵は火事じゃないの~?
火気厳禁な気がするんだけどな・・・

「用いられたといわれている」って言っても、
この建物自体は実戦に供されてないしな。
よくわからない


この頃、天守へ入ってきた一般の観光客のおばさんが、
入ってくるなりデカい声で

「しょぼっっ!!」

と言いやがった

現存天守でしょぼい言われたら、
もはやお手上げですわ・・・

てゆーか、一般の人が城を知らなさすぎるんだと思う。
自分の国の歴史なのに。

お城って、きらびやか~
なイメージがどうしてもあるんだよね。

さらに、天守の外観がその勘違いに拍車をかける。
外が綺麗だから、中も同じように綺麗だと思わせちゃうんだろうな~。

権威を高めるために、あれこれ意匠を凝らすってのもわかるんだけど、
何とも罪作りなものよ・・・


しかし、天守が示す権威は何も過去だけの話じゃない。
現存でも復元でもあるいは模擬でも、「天守が存在する」という、ただそれだけで、
この現代においても城に何の興味も持たない人でも吸い寄せられる魔力を放つ。

それが現存天守ともなれば、なおさら。

円滑な城跡の維持・管理のために、できれば沢山の人に訪れて欲しいのは
ヤマヤマだけど、人が多いとしばしばこうした問題発言も耳にするので、
現存天守は見たいけど、観光客はウザイというジレンマを払拭できない。

あ~、ホントに罪作り・・・


さて、1階には色々パネルが置いてあり、
興味深い事や写真が載ってる。

 【壁の構造

  修理時の調査では、天守の南と北側部分に創建時の部材が残されていることが
  わかりました。その部分をさらに調査したところ、外壁と内壁とが一体となった
  構造ではなく、壁内部が空洞であったことが確認されました。

  通常、城郭建築では、銃弾等による攻撃が想定されることから、かなり厚く
  造られます。中には、砂が充填されたものや、人頭大の礫などが塗りこめられたものも
  あります。

  今回確認された備中松山城天守の壁構造から、実戦を想定していない建物であることが
  うかがえます。】

その修理の際の写真がこちら。

備中松山城・天守

パネルを写したものだから見づらいと思うけど、
貫(横に渡した板)の奥は、ホントに空洞になってる。

こりゃ~びっくりだわさ~。
丸亀城なんか、下の部分が特に厚く造られてたよ。

パネルには、比較のために彦根城の壁内部の写真も載ってる。
こちらも見づらくて、ごめんなさい。

備中松山城・天守内部35

石がみっちりと埋められてるのが、わかりますか?


本丸に入るあたりまでは、これでもかってくらい
あれこれ防備に努めてるのに、天守が実戦を想定してない・・・?
なんともアンバランスな城だこと

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最終更新日  2012年05月01日 21時34分53秒


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