戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年04月30日
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カテゴリ: 城(中国)
六の平櫓の向かいにある土塀は、雁木付き。


備中松山城・本丸12


土塀の奥が、八の平櫓跡。


備中松山城・本丸・八の平櫓跡


写真だと木に覆われてて分かりづらいけど、
ここから下を覗くと結構な高さ。


備中松山城・本丸・八の平櫓から


この八の平櫓は天守のすぐ脇にあり、
かつては八の平櫓から現在の天守入口に通じる渡り廊下があって


水谷氏の時代に幕府に提出された正保城絵図には、
まだ出来ていなかったのか、あまりこまごまと沢山の櫓は描き込まれてないけど、
天守に連結された八の平櫓ははっきりと描かれている。



さて、天守。


備中松山城・本丸6


今さらですが、現存十二天守のうちの一つであり、重要文化財。
大和高取城・美濃岩村城と並び日本三大山城と称されるが、
その中で現存天守を擁するのは、この備中松山城のみ。
同時に、全国の山城で現存する唯一の天守。

天守自体は、毛利領の時代から小堀氏が入城する頃までには
すでに存在していたと考えられているらしい。



一般的には、現在の天守は水谷氏によるものとされているが、
小堀親子が建てたものを水谷氏の2代目が改修したともいわれている。

高さ12m、2重2階で小ぶりだけど何気に複雑な外観。
本来は廊下部分だった付櫓もあるし。

 【備中松山城の天守は二層二階ですが、絵図や記録によっては「三重櫓」と表現された

  屋根が重なって三層に見えます。】
  (天守内部の解説板より)


あと、最上部の破風がどうも目を引く。
なんか変わってる気がするんだけど・・・

城に限らず、寺院などの古建築の意匠まで見るようになったのは
ごく最近のことなので、あまり他との比較ができないのだが、
なんか違う。でも何が?

だいぶ後になって、その理由がわかった。

屋根が合わさる部分に付ける飾りは懸魚(けぎょ)という。
妻壁については岡山城で簡単に書いたので、おさらいしたい人は
こちら をどうぞ。

松山城の破風はこうなってる↓。


備中松山城・本丸13 天守破風2


妻壁は塗籠、奥行がなく妻飾りもない。

そして懸魚。
黒くて模様がよく見えないので、最初はこれが斬新な形をしてるのかと思った。
でもよ~く見ると、形式はたぶんスタンダードな「三花蕪(みつばなかぶら)懸魚」。

じゃあ、何が違うんじゃい・・・
と思って本を見てて、ふと気がついた。

妻壁が塗籠の場合、懸魚ってたいていどこも白いんだわ。
ここのは黒いし、木でできてる。
そっか、そーゆーことかあ~!!

パーツごとに色々格式もあるので、破風全体を見た場合の
トータルでの格の高さとかまではよくわからないけど、
松山城は妻壁に奥行がない分、妻壁の白に懸魚の黒がより映えて美しい。

私は好きだね、ここの破風



それから、下見板張。


 【天守の外装を白と黒のコントラストで彩る漆喰と腰板。備中松山城の腰板は、
 「竪板張り」と呼ばれ、縦方向に板が張られています。通常、城郭建築の腰板は、
 「下見板張り」と呼ばれる横方向に張られたものが多く、現存する天守の中では
 備中松山城のほか高知城天守が知られています。】
 (天守内部の解説板より)


え~、下見板張って、よく見たことないけど縦かと思ってた。
高知城はむか~し行ったけど、ただの観光だから覚えてないし。

でも調べてみると確かに、城郭建築だけじゃなく普通の建築とかでも
横張りのが一般的みたいだね。
知らなかったあ~・・・



天守の規模については、内部にこんな解説があった。


 【備中松山城の天守が他の城の天守と比べて小さいのは、備中松山城の天守が
  権威の象徴としての役割しかもたず、城主の居館や政庁としての役割は山麓の
  「御根小屋」(現高梁高校)が担っていたことによります。

  言い換えれば、備中松山城の天守は、御根小屋と一体となってはじめて通常の
  天守として機能しているということになります。

  絵図や記録の中には、現在の大手門までを本丸として捉えているものや、
  御根小屋のすぐ東側を流れる小高下谷川を内堀、伊賀谷川(紺屋川)を中堀、
  高梁川から下谷川を外堀として、御根小屋までを「丸の内」と捉えているものも
  あります。】


他に、こんな解説も・・・


 【秋冥菊(しゅうめいぎく)

  天守台の周辺を中心に群生し、毎年秋になると花が咲き乱れます。ここの秋冥菊は
  赤いものしか咲きません。備中兵乱をはじめとする戦で散った歴代城主の怨念という
  伝説もあります。】


私が行った9月は、まだ咲いてなかった。
今度はもう少し遅い時期に来てみようかな・・・
菊になった元親に会いに。



それでは、中へ入りましょう。
天守へ至る花道が、かつての渡り廊下部分。


備中松山城・天守へ



入口はこんな。


備中松山城・天守内部41



入るといきなり、木の板に書かれた解説が置いてある。

 【接続(つなぎ)廊下

  この天守は二重二階であり、ここは一階ではなく、八の櫓と天守をつなぐ
  廊下である。】


入ってすぐに小さな階段があるんだけど、
天守内部にある沢山の解説の中にはこんな写真もあった。


備中松山城・天守内部40


写真が光っちゃってて、ごめんなさいね。
この他にも、柱がアリの被害にあったりとか、漆喰が剥がれたりとか、
石垣がたわんだりとか維持管理に苦労してるんだよ~って写真が
展示されてた。       


付櫓から内部へ。


備中松山城・天守内部8


ああ、天守ってカンジ~。
あれこれ意匠を凝らした外観と内部が激しく違うのが、
ホント面白いよな。

入った脇には、石落としがある。


備中松山城・天守内部7


 【石落し

  一階の床の一部を石垣上に張り出して設け、敵兵の攻撃に石を落とす。外観は丁度
  魚の「えら」に似ていることから鰓形窓(えらがたまど)とも言う。】


こうして内側から見ると、結構幅あるよな・・・

1階には色々解説板とか展示品とかあるけど、
先に2階から見ようかな。


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最終更新日  2013年07月06日 15時59分07秒


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