戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2012年05月07日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
中に入ると、お堂の玄関もこれまた美しい。

他の意匠にも、菊が多く使われている。

備中高梁・頼久寺6

安国寺ってのは、足利尊氏と直義の兄弟が、後醍醐天皇の菩提を弔うために
造られたものなんだってね。

アニメ「一休さん」を見てた頃は、そんなの知らなかったなあ。
(当たり前か。子供だもん)

聖武天皇の国分寺ばりに、1国1寺を造るよう指示を出し、


安国寺建立の進言をしたのは、かの有名な夢窓疎石さん。
この人は臨済宗だったため、安国寺を通じて臨済宗を始めとする
禅宗の普及にも大きく役立ったという。
やり手だなあ。

そして室町幕府の衰退とともに、各地の安国寺も同じく衰退していったと。


上野頼久さんについては、「 備中松山城(3) 」でごく簡単に触れてます。

頼久さんが松山城に入った頃の永正年間ってのは、
大内義興さんの「永正船岡山合戦」の永正だから(←大内さんちを基準に見るヒト)、
室町幕府もだらだらとモメにモメてた頃だわな。

この頃すでに松山城下の安国寺は荒廃してしまっており、

これを称えて、寺名を「頼久寺(らいきゅうじ)」と改めたという。



さてと、私がここに来たのは、
有名人・小堀政一さんのお庭が目当てではございません。

せっかくの名勝だから見ても良かったんだけど、
拝観するには中へお声がけしなきゃいけないみたいだったから、


庭の事とかも全然わかんないし。
そもそも、本当に政一さんが造ったのかもわからないし。

て事であっさりスルーして、左へ進む。


ここの境内には、面白いものがある。

備中高梁・頼久寺7

小ぶたが膝に乗ってるし。


備中高梁・頼久寺8

・・・・虎?
なんか、雌ライオンみたいだし(笑)。

こんな感じの、「小僧さんと動物」シリーズみたいな
石像がいくつもあった。

変わってるな~、ここ・・・
と思いながら、墓地へ。


そうです、墓マイラーですので、お墓参りに来たんです。
まずはこちら、上野頼久さんのお墓。


備中高梁・頼久寺・上野頼久の墓


・・・写真が曲がってるのは、気にしないで下さいね(笑)。
暑かったり、疲れてたりするとホント写真がぞんざいになります。
いや、これは墓そのものが傾いてるのかな?


そして、こちら。

備中高梁・頼久寺・三村元親と家親の墓


三村親子の墓です。
左が家親(元親のパパ)、右が元親。

そう、ここへは三村さんに会いに来たんです。
なんで頼久寺に墓があるのかはわからないけど、
ともかくここにあるおかげで、墓参りができる。

このすぐ脇に、元親の子で斬首された勝法師丸の墓もある。


誰もいない墓地で、非業の死を遂げた三村三代の墓に向かい、
静かに冥福を祈ろう・・・

と思って手を合わせて瞑想に入ろうとした途端、
墓地のすぐ後ろにあるアパートの部屋から

ジャーーーーッッッ!!!

って思いっきりカーテンを閉める音がして、台無し

もう墓しか目に入ってないから、アンタの部屋なんか覗いてないし、
そもそも人がいるなんて思わないし!!

なにも三村さんちの墓に手を合わせた時に、
邪魔しなくったっていいでしょ!!

てマジで腹が立ったので、静かな墓参りどころではなくなってしまった。


この日はおきゃやま入りして3日目。
いちいち書かなかったけど、こんな風に気分を害したことが
実は何度かあった。

岡山の人は気を悪くするかもしれないけど、
正直言って私には岡山人がみんな怖い顔に見えた。

顔がいいとか悪いとかの造りの話じゃなくて、
なんか怖く見えてしまう


こんな風に自分でも訳のわからない感情に襲われる時は、
とりあえず前世に原因を求めることにしている(笑)。

例えば、日光。
山内をうろつく時は、東照宮はせいぜい4~5回に1回の割合くらいでしか
立ち寄らないけど、大猷院(徳川家光の墓所)は必ずといっていいほど、行く。

なんでこんなに大猷院が好きなのかわからないので、
きっと前世で家光の下女とか、あるいは大猷院の工事に携わった人夫とかだったんだろうと
勝手に決めて納得してる。

同じように、きっと私は桃太郎に討たれた温羅の軍の雑兵とかだったんじゃ
なかろーか。
だからきっと、征服者の子孫である岡山人が怖く見えるんだ


誤解のないように言っておきますが、
岡山人に何をされたという訳でもないし、
優しい人も顔のいい人もいっぱいいますよ。
あくまで個人的な感想です。


ちなみに、ツイッターのフォロワーさんは私の大内氏好きをよく
ご存知だと思いますが、大内さんちについては、まだ前世での説明がついていません。

何しろ、大内ひろよん(弘世)が山口に拠点を移してから
9代約200年にもわたりますので・・・
ちょっと前世説は使えないかな~(笑)。

もしかして、少し大内さんの血が混じってる?
いやいや、それはないだろうし。
まあ、好きなものに理由なんていらないしな


さて、三村親子の墓に手は合わせましたが、
なんか落ち着かなかった・・・

まあ、いいや。
今回行かなかった三村氏ゆかりのスポットもまだあるし、
その時にまた会いに来よう。


頼久寺を出て、さらに南へ。
思ったより道が複雑で、やっぱり戦闘用の城下町だな~って思った。

途中の民家の壁には、こんな奇妙な貼り紙が・・・

押しピン返却のお願い


ナニコレ~!!

この紙を留めてる画びょうもすでにさびてるから、
相当前に貼られたものだよね~。

押しピン?
なにか飾りの付いた画びょうのことかな?

後でわかったんだけど、おきゃやまでは画びょうのことを
「押しピン」というそうな。
そんなに大事な画鋲だったのかな~?

旅はホントに面白い。


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年05月07日 21時55分34秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: