戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年05月28日
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カテゴリ: 江戸めぐり
地蔵通りを巣鴨駅方面へ向かう。

次のスポットへ行く前に、
来る時に目星をつけておいたお店にちょっと寄ってこう・・・
と思ってまず入ったのは、帆布の小物を扱ったお店。

ここが、かわいいバッグとか手ぬぐいとかたっくさんあって、
興奮しながら物色。

巣鴨の戦利品


勢いにまかせて、ものすごい数の商品を買うところだったけど、
巣鴨ならまた来るしな・・・と珍しくちょっと冷静になって、



帆布やさんを出て、今度は斜め前にある健康食品ぽいお店へ。
珍しげなものがここにも色々あったけど、とりあえず気になってたコレを買った。


黒にんにく


「黒にんにく 熟丸」。
なんでも発酵させたからこんな色なんだそうで、このまま食べられる。

1粒はかなり大きなにんにくだけど、値段もお高め。
味は・・・・

「すっげ~、ウマイ!!」

とはちょっと言えないかな・・・
マズくはないんだけど。


店内で座らせてもらって、冷たいざくろジュースで休憩してから、
お店を出た・・・ら、さっきの帆布やさんの奥さんが走って来て、


何事かと思ったら、おつりを少なく間違えちゃったんだって(笑)。
2品くらいだったら私も気付いたかもしれないけど、
小さな物を沢山買ったから、全然気付かなかった。

わざわざ追いかけてきてお金を返してくれるなんて、
良心的だなあ~とか思いながら、お店の外へ。


増えてくる(笑)。



お仏壇のお店の店先には、沢山お香が並んでた。
お香はいつも通販で買うんだけど、普通の仏事グッズのお店では見かけない位の
色んな種類のお香が並んでて、気になるのをひとつひとつ
くんくん嗅ぎながら、幾つかゲット。

いや~、これだけの線香の品揃え、さすが巣鴨だわ~


最後は、商店街の出口に近いお店で大福を買う。
ここのは、大きくて美味しいんだよね。

うちでは巣鴨といえばここの大福がセットになってるから、
今頃大福を土産にした私の帰りを、うちで母親が首を長くして待ってるに
違いない。



さて、買い物終わりっ!
次はここ、医王山真性寺(場所は こちら )。


巣鴨・真性寺4


このお寺の正確な開基はわかっていないが、
聖武天皇の勅願で行基様が開いたと伝えられている。

その後、元和元年(1615)に中興され、徳川吉宗がたびたびこのお寺に
立ち寄ったそうな。
吉宗の子の家重も狩りの時に休憩所として使い、
かつては御成門があったという。


地蔵通りが旧中山道だって事は前に書いた通りだけど、
ここはその入口にあたる。

江戸時代には、京の六地蔵にならって主要六街道の入口に
地蔵菩薩様が置かれたという。
すなわち、

 1番目 品川寺/東海道
 2番目 東禅寺/奥州街道
 3番目 太宗寺/甲州街道
 4番目 真性寺/中山道
 5番目 霊巌寺/水戸街道
 6番目 永大寺/千葉街道


上の写真で、左側に座っておられるのが地蔵菩薩様ね。

このお地蔵様の衣や台座には、100文(3,000円位らしい)以上の寄進をした
人の名前がびっしり書き込まれていて、その数約12,000人。

それ以下の金額の人達は、奉加帳に名前を書いて胎内に納めたというので、
いかに多くの人の思いが詰まったお地蔵様であることか。



巣鴨・真性寺


門も立派。
ただ、冠木の上の部分が剣山みたいにトゲトゲになってるのが
気になるけど・・・

何だろう、あれ?
まさか、鳩よけとかって事ないよね?(笑)

ここの軒丸瓦はこんなの。


巣鴨・真性寺3


扇・・・だな。
下にブラブラしたのが付いてるけど(←紋の正式名称がわからない)。


こちらは子安地蔵様。


巣鴨・真性寺5


他にも、境内には芭蕉の句碑とか、いくつも碑があった。


真性寺の先からは白山通り(国道17号線)に合流する。

巣鴨駅を過ぎてちょっと行ったところに次のお目当てが。


巣鴨・ケイキさんの屋敷跡2


 【巣鴨に住んでいた徳川慶喜

  徳川幕府15代将軍徳川慶喜【天保8年(1837)~大正2年(1913)】が
  この巣鴨の地に移り住んだのは明治30年(1897)11月、
  慶喜61歳のことであった。
  大政奉還後、静岡で長い謹慎生活を送った後のことである。翌年3月には皇居に参内、
  明治35年には公爵を授けられるなど復帰への道を歩んだ。

  巣鴨邸は、中山道(現白山通り)に面して門があり、庭の奥は故郷水戸に因んだ梅林に
  なっており、町の人からは「ケイキさんの梅屋敷」と呼ばれ親しまれていたという。

  慶喜が巣鴨に居住していたのは明治34年12月までの4年間で、その後
  小日向第六天町(現文京区小日向1・4丁目付近)に移った。その理由は、
  巣鴨邸のすぐ脇を鉄道(目白-田端間の豊島線、現在のJR山手線)が通ることが
  決まり、その騒音を嫌ってのこととされている。】
  (現地解説板より)


かつてのケイキさんの敷地はこんな感じだったらしい(現地解説板より)。


巣鴨・ケイキさんの屋敷跡2


静岡での謹慎は28年。
いや、ケイキさんも苦労したよね~。

「けいき」ってのは、ただの音読みかと思ったら、
この場合は有職(ゆうそく)読みっていうらしいね。
なんでも、本人も「けいき様」と呼ばれるのを好んだとか。



この碑は平成10年に除幕が行われたそうで、彼が住んでた時から
実に100年ぶり。

今はこの辺りは大きな商店街になってて屋敷跡は見る影もないけど、
長い時を経てこうして広く世に知られるような碑が立つことは、
歴史ファンにとっては実に嬉しいこと


さてと、まだまだ見たい所はあるんだけど、
暑い中歩いてきたのでもう疲れちゃった。

残りはまた次の機会にして、今回は帰ろうかな~と
駅に向かって歩き始めたら、母親から「今どこ」って件名のメールが入った。



』



・・・本文、これだけ。
何の歌だか知らないけど、帰って来いって意味ね。
はいはい、帰りますよ~。
墓参りの後、あちこち寄るからねって言っておいたのに・・・

まあ、もう16:30回ってるし、心配するのも無理ないか。


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最終更新日  2014年01月04日 21時13分49秒


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