戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年09月17日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
ルンルン気分で法常寺の坂を下りて、西国街道へ。



三原・壱里塚跡碑2


この碑の側面には、「小早川隆景公四百回忌記念」とある。
400回忌記念なら、1997年の建立か・・・

三原城は前回書いたように、かなり長い時間をかけて段階的に整備が
続けられてきた城だけど、死後400年経ってなお、
三原城下の史跡整備に駆り出される又四郎様・・・(笑)。

そういえば、昔ここに立っていた松の木の切り株が残ってるとかいう話だったけど、


このすぐ近くに、もうひとつ石碑があるハズなんだけど、
先に三原八幡宮へ行こう(場所は こちら )。



三原・三原八幡宮5



三原・三原八幡宮4


入り口には、狛犬。
例によって、ここもボールがデカいので、下半身は直立してる(笑)。


三原・三原八幡宮



三原・三原八幡宮2



三原はホント面白い・・・と石段を上がる。
結構、段数あったけどね。



三原・三原八幡宮9



三原・三原八幡宮17



随身門・・・わかりやすくていいな
扁額の下の幕には小早川紋がいっぱいついてるし、
風格あるな。




 【永正7年(1510年)に比大神・応神天皇・神功皇后をまつり、
  西町・西野村一帯の総氏神として建てられたと伝えられておりますが、
  天正3年(1575年)小早川隆景によってこの地に移され、浅野時代、
  この南側に広がっている宮沖新開築造の際に新田が寄進されています。

  (中略)広い境内には古くから能角力が行われていた相撲場や、かつて港の標識として
  西港町において親しまれていた高さ5mの常夜燈がここに移され、古くから
  桜の名所として親しまれたこの地を飾っています。

  伝えによれば、雄略天皇がこの地におなりのとき、枝ぶりの美しさをめでられ、
  そのさまが時雨のようであったところから「しぐれ松」として市民に親しまれた松が
  ありました。これにちなんだ芭蕉の句碑や、昔、連歌が行われていた天神社などが
  あります。】
  (三原観光協会様の「海・山・空 夢ひらくまち」より)


前回、三原城下整備と寺社の移転について書いたけど、
築城に伴い移転した寺社の中で、その時期がはっきりしてて、
かつ私が訪問した中では、ここが城下移転組の一番乗り。

ただ、現在の地名と対応してるのであれば、
地図で見る限り、八幡宮があった元の場所・西野はそんなに離れてないんだけどね。

やっぱり、意図があって移転を計画したって感じだよな。


この門ひとつでも結構見どころがあるんだけど、
まずは下の方からいこうかな。

え~っと、随身門というからには、左右には当然・・・
あれ?なんかある・・・


三原・三原八幡宮13


 【昭和大改修記念品  旧拝殿役物瓦  鬼】

ああ・・・先代の鬼さんなのか。
鬼さんの後ろにいる随身さんが、こちら。


三原・三原八幡宮14



随身さんは、もともと平安以降に貴族のボディーガードをした
近衛府所属の公務員のことで、転じて神社においては神を守る者として
門の左右に配置されるそうな。

神社を守るのなら、ぱっと見、仁王様の方が強そうに見えるから、
仁王門の方がいいんじゃないのかな~なんてちょっと思っちゃう。
随身さんて小ぶりなサイズのものが多いし。

随身門てあんまり多くはないから、仁王様を見慣れてるってのもあるのかもしれない。

けど、「随身」は「随神」とも書かれ、別名として矢大神・左大神、
門守神(かどもりのかみ)、看督長(かどのおさ)なんてのもあるんだって。

一見、人間ぽいけど、つまりは神様を守る神様ってことなのか。


門の反対側も、同じように鬼と随身像がおわす。


三原・三原八幡宮16


三原・三原八幡宮15



・・・鬼瓦の鬼と、正面から間近に同じ位置で視線を合わせるって、
滅多にないシチュエーションなんでね。
結構、迫力あるもんだな~・・・とちょっとひるんだ。



さて、本瓦葺の山門の屋根は、大棟のところがちょっと独特。


三原・三原八幡宮19・山門-2


大棟の瓦積もいくつかの種類があるんだけど、
桃山時代頃からはやっぱりこの部分も派手になってきて、
一般的に多いのは、輪違(わちがい)瓦。


三原・米山寺45(輪違紋)-2
        (米山寺の本堂)


ここのは派手じゃないけど、なんか可愛らしいな・・・
花菱か何かかな・・・と思って、帰ってから写真を拡大してみたら、
フツーの井桁だった。

井桁の瓦を大棟に使うと、あんな感じになるのか~。
ちょっと意外だったな


して、屋根の上には、ハト!また!!


三原・三原八幡宮10



他の屋根の装飾はこんなの。


三原・三原八幡宮11


獅子口(手前の部分)についてるのは、丸に剣方喰(かたばみ)。
これが神紋かな?

屋根の上なんて、下からじゃ死角になっちゃって見えない部分も多いのに、
実に細かく丁寧に造られてるよね~。
日本人の美意識ってホントすごいよな~。


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最終更新日  2012年09月17日 15時37分33秒
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