戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2012年09月24日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
さて、ここからがお楽しみ・・・と思ったら、
なんか石碑がある。


三原・極楽橋跡

極楽橋?
ナニコレ、知らな~い。

ここは結構広い通りなんだけど、北へ向けて上り坂になってる。


三原・地獄橋から北


地図を見ると、ここよりもうちょっと北に
恵下谷(えげだに)川という川が描いてあって、

薄い水色の線が描いてあるのみ。

だから、途中で途切れたところから暗渠みたいな感じに
なってるんでしょうね。

とすると、昔はこの道いっぱいに川が流れてたのかもしれないし、
北の上流から流れ落ちる水がもうもうと勢いよく
通過していった場所なのかもしれない。
いや、それだったら「地獄橋」の方がふさわしいか(笑)。



さて、大善寺の敷地に沿ってここから北へ向かう道には、
お目当ての石垣がある。


三原・大善寺~寿徳寺への石垣2


三原・大善寺~寿特寺への石垣3


て眺めながら歩きだしたら、大善寺の入り口があった。


三原・大善寺36


あ、アレ?
こっちが正門?
いや、車で乗り入れるならってことだよな・・・


三原・大善寺37


一部、後から手を入れたようなところも見受けられるけど、
おおむね古い形態を残していそうな感じだな。

この入り口には、こんなものが置かれていた。


三原・大善寺39



大善寺の「大」、だろうな、たぶん。
今回、マルダイ印の瓦を見た覚えはないけど、
昔は本堂とか鐘楼にもマルダイがあふれてたのかもしれない。

鉄の意志を持った姫様の嫁入りで、葵に取って替わられちゃったのかもな。


この付近の石垣には、刻銘のある石がいくつかあった。


三原・大善寺40


現地では、読めなかった。
写真なら読めるかな~と思ったけど、やっぱり摩耗してるので無理だった。
残念。


重厚な石垣の終点に、さっき大善寺の墓場から見えた
寿徳寺がある(場所は こちら )。 


三原・大善寺~寿特寺への石垣4



三原・寿徳寺2



三原・寿徳寺



立派な門の脇の塀には、


三原・寿徳寺3


・・・またか(笑)。
あ~、あそこにも。


三原・寿徳寺4


門の中にも。


三原・寿徳寺6


何なんだ~!!
誰か、「三原のハト」の由来を知ってる人がいたら
教えてくらさい・・・



 【妙栄山寿徳寺は、長禄元年(1457年)高山城古城の麓に日親上人によって、
  創建されました。後に小早川隆景によって天正年間(1573年)
  この地に移され、特に家臣によって整備されました。境内には京都において
  新撰組に暗殺された勤王志士丹羽精蔵の墓や槍術佐分利流宗家の墓地などが
  あります。】
  (三原観光協会「海・山・空 夢ひらくまち」より)

という寺歴はもちろん行く前に調べておいた。
しかし、正直言ってここはそんなに重要視はしてなかった(すみません)。

ところが、門前にこの碑を見て、

「えっ、そうだったの!?」

と驚いた。


三原・寿特寺16



知ってるぅ~!!


ちゃんとね、「日親上人によって創建」て書いてあるのに、
きちんと調べないからこーゆー事になる・・・(笑)。
だって、日親さんの名前、忘れちゃってたんだもん。


個性派揃いの鎌倉新仏教の宗祖たちの中でも、ひときわ異色なのが、
日蓮宗の日蓮。

日蓮宗といえば、太鼓をどんつくしながら

ナムミョ~ホ~レンゲ~キョ~

ってイメージだけど、ちょ~お簡単に日蓮宗を説明すると、
数ある経典の中から法華経「のみ」を正しい教えとするもの。

法華経は日蓮の独創じゃなく、元々あった経典で、
叡山でも法華経を最高位に置いている。

けど、法華経のみが正しいとなると話は全く別で、それ以外の
宗派は認めないことになる。もはや一神教の域だよな。

そして日蓮宗徒をさらに過激にさせるのが、意訳で
「法華経を広めようとする者は、それを理解しない悪人に迫害されるだろう」
という法華経の中にある予言。
これを「法難」という。

自分は正しい⇒他の宗教はすべて間違い⇒他宗を非難・折伏(しゃくぶく)⇒
反発くらって迫害を受ける⇒法華経に「迫害を受けるだろう」と書いてある⇒
法華経は正しい⇒法華経だけを信じる自分は正しい

・・・と振り出しに戻って、永遠の法華経ループを展開するのが日蓮宗。

他の鎌倉新仏教の宗祖たちも、結構原理主義者なんだけど、
中でも日蓮は過激で、他宗をめたくそ攻撃したので、
命を狙われたことも1度や2度じゃない。


で、室町時代の人・日親さんは、足利義教に法華経への改宗を説いて
義教を怒らせ、後に投獄されてしまう。

狭い牢に沢山の囚人とともに押し込められ、
外へ引き出されたと思ったら拷問を受けた。
この時、灼熱の鍋を頭からかぶせられて、舌の端を切られて
日蓮宗の棄教を迫られた。

それでも、鍋をかぶったまま説法を続けたとか、
その後鍋が取れなくなっちゃったとか、
舌を切り取られたから子供のような話し方しかできなくなっちゃったとか、

いやいやいや、ちょっと待ってよ~!!

ってツッコミどころ満載の数々の伝説をお持ちの方が、日親さんです。


まあ、足利義教といえば、将軍就任の際のエピソードから
その死に至るまで、漫然と続いた室町歴代将軍の中でも、
結構知られてる人だと思うけど、その死についても日親さんの伝承があるそうな。


嘉吉元年(1441年)6月24日、「嘉吉の乱」で赤松満祐によって
足利義教、死亡。
なんでも、この年の3月、

「100日後、アナタに何かが起こる・・・」

と日親さんが予言してたそうなんだな。

日蓮宗で予言ったら、日蓮の元寇が有名だけど、
日親の方は予言て言うより、恨みだよな

日蓮宗徒なら、鍋をかぶって

「おお、俺は正しいんだあ~!!」

って燃え上がるべきところかと思うんだけど、
やはりちょっと過酷すぎた体験だったか・・・

あ、別に日蓮宗をバカにしてる訳じゃないですよ。
日蓮は、好き嫌いのはっきり分かれる人だと思うけど、
山中幸盛ばりの彼のあくなきバイタリティーはホント読んでて笑える・・・
いえ、感銘を受けます。

興味のある方は、ぜひ日蓮さんの本とか読んでみてくださいね。
面白いから


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年09月24日 20時45分26秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: