戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年10月19日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
開山堂の内部には、これがあるという。

 【三原市重要文化財 
   木造佛通禅師像 一軀   木造大通禅師像 一軀

  佛通寺含暉(がんき)院開山堂の内陣の中央に安置してある。いずれも玉眼入りで
  法衣を着け、両脚を前にたれ、台座に腰をかけている。向かって右が佛通禅師
  (即休)、左が大通禅師(周及)で、肖像彫刻として特異な個性的表現があり、
  面相の写真は特に優れており、室町時代の特色をよく表している。

  坐高は、いずれも50cmで、寄木造りである。室町期の京都作で、福知山天寧寺の
  像と同一である。(後略)】




  佛通禅含暉院開山堂の内陣の片隅に、大通禅師と並んで建てられている。
  堂内にあるため、風雨の被害を受けていないので保存は良好である。
  塔身はやや細く月輪と蓮花を彫り、月輪中に梵字が彫り込まれている。
  総高156,7cm、室町時代の作である。】
  (いずれも現地解説板より)


そして、「大本山佛通寺誌」にはこう書かれる。

 【堂内左右には小早川、浅野両家の位牌があり、堂の中央には
  佛通禅師と愚中禅師の木像が並べてあるのは天寧寺(愚中禅師入寂の寺で
  丹波福知山にある)と同じで、春水の詩に、火を照して室に入り金龕を啓けば
  碧眼活るが如く<中略>東(日本)西(支那)二祖の像を安す、
  疲たるは是東祖(愚中)肥たるは是西(佛通)とある。


  右側にその堂を建立した松巌壽大姉の碑(石浮圜)があったものとみえる。】


現地では開山堂の中は覗けなかったけど、
両大師の像の写真は「佛通寺物語」に載ってるし、
佛通寺のホームページでも見られる。

即休の像は「肥たる」とあるけど、別に太っているという訳ではない(笑)。

即休の方は眼ヂカラがあって恰幅のよい像。
「特異な個性的表現」とされるのも納得。

「松巌壽大姉」については、今しばらくお待ちくだされ。
まずは先に、開山堂の隣にある地蔵堂をご紹介しましょう。



三原・佛通寺61・地蔵堂


くううっ、ここも木がジャマ・・・!!


三原・佛通寺41・地蔵堂


なに、この軒下・・・白いんだけど。
組物も一部白いのが残ってるから、全面白塗りにしてたのかな。


 【国重要文化財
  佛通寺含暉院地蔵堂 一棟   付 須弥壇 一基

  佛通寺は、応永4年(1397)、小早川春平が愚中周及を迎えて開いた
  大寺である。その後、火災によって創建当時の建物は、今では禅師の塔頭
  含暉院の堂だけである。

  この地蔵堂は、応永13年(1406)の建築である(「佛通禅寺住持記」による)。
  様式は折衷様で、けた行三間、はり間三間、一重、宝形造り、本瓦葺き
  (もとはかやぶき)で均整のとれた美しい室町時代の建物である。
  含暉院地蔵堂の中央奥よりに縦2m、横2m、高さ1mの須弥壇(唐様)がある。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


元は茅葺なら、瓦に葺き替えた後に白く塗ったってことだよな。
恐らくは、組物も。
いや、堂本体も塗籠じゃなかったかも・・・


「含暉院地蔵堂」ってあるから、含暉院は地蔵堂の別称なのかと思ってた。

駐車場にも、佛通寺全体の目玉商品の解説を載せた案内板があったんだけど、
そこにはこう書かれていた。

 【含暉院は、応永13年(1406)に開山愚中周及禅師の塔頭として
  松巌尼(しょうがんに)によって創設され、地蔵堂はその佛殿として同18年
  (1411)に建立された。】


そうか、含暉院は塔頭の名前だったのか。

含暉院全体の歴史とか変遷についてまとめられたものは、
佛通寺のホームページにも、庫裏で買った刊行物にも書かれていなかったので、
自分でつなぎ合わせるしかない

「大本山佛通寺誌」には色んな事が書かれていて大変参考にはなるけど、
なにしろ昭和26年のもので、格調高い美文なのでぶっちゃけ読みにくいし、
年号など記述に矛盾のある箇所もある。

あとがきとして、「更なる平易化と研究が求められるところであるが
後人の力を待ちたい」とある・・・
いや、これだけの歴史のあるお寺なんだし、
やはり佛通寺が中心になってそれを進めて欲しいな~と
ぶつくさ言いながらまとめた含暉院の歴史やら何やらは以下のようになります。



含暉院の創建は、応永13年(1406)松巌尼によるもので、
禅師の塔所としたとある。
松巌尼は佛通寺の創建者・小早川春平の妻。
春平の没年が応永9年だから、夫の死後落飾したんだろうね。

ただ、創建に先立つ【応永4年、小早川春平、山頂ニ亭ヲ作リ、
含暉亭ト名ケ豫メ愚中禅師ノ塔所トス】ともあるので、
当初から含暉院の前身となる亭があったことが窺われる。

その後の寺誌に残る開山堂(韜光窟)の変遷は、

 慶長元年 隆景が再建
 元和元年 諸堂大普請
 寛永7年 浅野長晟が本尊修補
 正保3年 浅野光晟が修繕

以後、慶安2年、寛文3年、寛文6年、延宝8年、元禄4年、元禄16年、
正徳2年、享保5年、享保12年、安永7年と修繕の記録が続く。

「大本山佛通寺誌」には他の堂宇の修繕の概略も色々書いてはあるんだけど、
含暉院に関する記録が一番多いように見受けられる。

開山様と、その師をお祀りしているところだからね、
ある意味、佛通寺内で最も重要かつ神聖な場所ともいえるだろうし、
再建・修繕を重ねながら大切に守ってきた歴史が感じられる。

寛政8年4月9日には、含暉院を含む諸堂・塔頭の大半が焼失、
寛政12年春に含暉院宝蔵一宇が建立される。

さらには文化5年8月朔日浅野齋賢が祠堂建添、
明治9年4月に再建、と続く。



そして仏殿(紫雲殿。現在の地蔵堂)は、

 応永18年 小早川則平(春平の子)が建立
 慶長元年  隆景修繕
 明治10年4月  修繕



含暉院には庫裡(侍眞僚)もあったらしく、こちらは

 応永34年 小早川則平創建
 享徳元年  小早川敬平再建
 慶長元年7月13日  隆景修繕再建
 明治11年4月 修造

とあるものの、庫裏は現存していません。


慶応3年(1867)5月の時点で存在していた含暉院の建造物は、
開山堂・仏殿・方丈・庫裏・本門・庫裏門・中門・仏殿傍門・勝手門・
鐘楼・山神社・水劍社・六地蔵堂・木部屋・土蔵・・・とある。

塔頭とはいっても、かなり立派な造りだったみたい。



「大本山佛通寺誌」に書かれているのは大体上記の流れで、
いつ何の理由によってどの建物が破損して、それが修繕・再建されたのかまでは
書かれてないので、結局のところ、あまりよくわからない

佛通寺のホームページには、開山堂について

 【開山堂は、もとは地蔵堂の後にあったが、現在では含暉院のもとの書院の
  中央部の奥に移され、書院が開山堂と改称された】

とあって、頭が悪い私にはこれもまたよくわからない。

おそらく、含暉院の構成を大きく変えるきっかけになったのは
コレなんだろうなってのはあるんだけど、文字数の都合上、
次回に回します(笑)。



で、今度はホネの話題。

 【開山舎利は平生切った爪や髪を僧尼が安奉して五色の舎利ができたという。
  住持記に「舎利塔内数之事。大壺之内九十九仏舎利粒。小壺之内七粒。
  愚中和尚舎利。角壺之内四十五粒。以上粒数三之内五十二粒也。」とあるが、
  仏舎利(五粒)は開山禅師が育王山より伝来したものという。

  夢窓国師舎利(一粒)もあったとの古記録があるが現存しない。】
  (「大本山佛通寺誌」より)


きちんと、粒の数まで数えるんだね。
ちょいと合点のいかない部分もあるんだけど、まあいっか~(笑)。
夢窓国師の一粒はどこへ行ったんだろう・・・


「大本山佛通寺誌」には、こんなことも書いてある。

 【遺命を以て荼毘にし霊骨を分って塔を佛通寺と天寧寺の両寺に建てたと
  年譜にあるがその埋葬場所は知れない。年譜を見ると松巌尼が含暉を
  興造したのは禅師の塔所とするのが目的で、応永13年84歳の時
  落成日には請われて拈香説法をしているのであるから、
  やはり堂内に埋られたものかもしれず、今の多宝塔あたりにあった
  昔の塔に埋められているのか判然しない。】


「粒」ってあったから、「アレ、火葬?」と思ったんだけど、
やっぱりそうなんだ。
きっと夢窓国師もそうなんでしょうね。

て、ゆーか・・・



「大本山佛通寺誌」には「什器」として
【仏舎利(五粒)、開山舎利(四粒)】とあるので、
この4粒以外は、周及のホネは行方不明ってことなのか~?

結構びっくりなんだけど


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最終更新日  2012年10月21日 14時54分32秒
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