戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年10月22日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
山頭火の歌碑の先には、池が広がる。


三原・佛通寺65・崑崗池


三原・佛通寺66・崑崗池



これは「崑崗池」(こんこういけ)といって、雪舟さんの作と伝えられているもの。
が、佛通寺のホームページでは、ホントに雪舟さんのかは定かではないとした上で
【庭園研究の専門家によると、この池の構造はあまり原型をとどめていないという】
とある。


池の中央には、近年架けられたものだという石橋がある。


三原・佛通寺67・崑崗池




とちょっとびくびくしながら橋を渡って、池の向こうで待つ
観音様の元へと向かう。

渡る時、左側に細い滝があるのが見えた。
ああ、あれが「銀九瀑」かあ~。


池のたもとにおわす観音様は「三安(みやす)観音」といい、
山上の朱塗りの多宝塔を寄進した山口玄洞さん夫妻の奉納なんだと。

佛通寺のホームページによると、「家・安かれ、身・安かれ、子・安かれ」で
三安ということらしい。


四天王コンプリートを諦めきれず、未練たらたらで

「ああ、観音様、どうか最後のひとりを・・・!!」

と祈願して観音様を仰いだ私の目に、石仏らしいのが映った。


三原・佛通寺69・三安観音-2



あっ、あっ、アレエ~!!


斜面に上がる道を見つけた。
いちおうロープは張ってないから、行っちゃダメってことは
なさそうだよな・・・

と恐る恐る登ってみると、この方がいらした。


三原・佛通寺70・四天王その4(増長天)




たしかこれに「増長天」ってあったと思う。


やった、やったあ~!!



いやいや、順調な滑り出しから一転、ここまでやきもきしながら
経過を見守って下さった皆様、ご心配をおかけしました。
これでめでたく四天王コンプリート致しました

で、結局この方たちは一体何を守ってたんだろうね?
4人すべてが含暉の山内にいた訳だから、
やっぱり周及の4粒のホネかね?
たぶんアレ、開山堂にあるんじゃないかと思うんだよね。


祈願から達成までわずか数分。
そのまますぐに、霊験あらたかな三安観音様にお礼参りをしたことは
言うまでもない(笑)。



さて、満足したところでいよいよ本寺域へ。
仏通寺川の手前には、大きな木がある。


三原・佛通寺71・イヌマキ


 【広島県天然記念物 佛通寺のイヌマキ

  本堂に渡る木橋 巨蟒橋(きょもうきょう)の手前左手にある大木で、
  開山愚中周及禅師が植えたものと伝えられている。根周り周囲4.50m、
  胸高幹囲3.52m、眼通り幹囲3.56m、樹高約20mで県内有数の
  巨樹である。 雌雄異株で、この樹は雄株である。】
  (現地解説板より)

ん~、開山の手植えかあ・・・
ロマンだなあ、と現地では思っていたけど、
「大本山佛通寺誌」を読んで寛政の大火について知った今となっては、

たとえ小規模でも、ほぼ山火事に近いような状態で、
この木だけ無事なんてことあるか!?
て思っちゃう。

だってね、現存する建物に当てはめて寛政の大火を表すと、
大体こんな感じ↓になると思うんだよね。


三原・佛通寺73-3



真ん中のピンクで囲ったのが、イヌマキ。

赤くポチしたのが、大火で焼失した建物。
でも、 大火の後で再建されなかった建物 も多くある訳だし、
橋や門が多く被害に合ってることを考えると、仏通寺川沿いも
火に包まれてたと思うんだよね。

それどころか、対岸の含暉までボーボー燃えてたことを考えると、
その真ん中に位置するイヌマキだけが無事だったなんて事は、
到底考えられない。

あるいは、ヤケドは負ったけど幸い致命傷には至らず、
長い年月をかけて再生に成功いたしました、って感じかな。
って、何で私こんなに火事にこだわるんだろ

ちなみに、この木は戦時中に伐採されることが決まったものの、
この通りの大木なので、伐るのも大変だし、運ぶのも大変だってことで
取りやめになったそうな。

年月の重みの勝利ですな。



さて、これより仏通寺川を渡ります。
川にかかるのが、巨蟒橋(きょもうきょう)。


三原・佛通寺75・巨蟒橋


三原・佛通寺76・巨蟒橋



 【現在の地図には佛通寺川と記されているこの渓流は、往古より「活龍水」と
  呼ばれ、佛通寺本寺の結界である。橋を渡る者は一切の俗塵を捨て去ることが
  必要とされ不心得者が渡ろうとすると、どこからともなく蟒蛇(うわばみ。
  大きな蛇をさす)が現れて威嚇したという。】
  (佛通寺ホームページより。カッコ内は戦国ジジイが追加)

との事なので、不心得者は渡る時に細心の注意が必要です。
ええ、もちろんわたくしも、渡る時は緊張しましたよ(笑)。

蛇と龍は別モノだけど、
どちらにせよデカいものにひと呑みにされたらかなわん
こんなジジイなんか呑んだって美味しくないけど。

そういえば、「大本山佛通寺誌」には色んな伝承も書かれてたんだけど、
結構ヘビに関するものが多い。
大蛇がどうしたとかってね。
ヘビの多いお土地柄だったのかしら。



ここの瓦は重厚で美しい。


三原・佛通寺83・巨蟒橋


上は、ここも打出の小槌だな。
下のは・・・もしかして、セットで松竹梅?
法常寺 にも同じようなのがあったな。


そして鏡餅・・・じゃなくて、留蓋は桃、かな?


三原・佛通寺77・巨蟒橋



屋根付き橋だけど、スタイルとしてはいちおう
唐門の部類に入るんじゃないかと思う。
ここの兎毛通(うのけどおし)は、当然小早川紋。


三原・佛通寺78・巨蟒橋


↓橋から眺める仏通寺川。


三原・佛通寺80・巨蟒橋から仏通寺川


巨蟒橋の建立については不明。
文禄3年(1595)、隆景が再建とある以外に
再建・修繕の記録は「大本山佛通寺誌」には書いてない。

まあ、小さな修繕くらいはあったでしょうけどね、
ひとまずこの橋のアウトラインは隆景再建当時のものと思っていいのかな。

完成の月日まではわからないけど、文禄3年の6月5日には
隆景ちゃんが参詣したとの記録があるらしいから、
あるいはできたてホヤホヤのこの橋を、満足げに見上げたかもしれない。


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最終更新日  2012年10月22日 21時10分31秒
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