戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年10月21日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
地蔵堂の脇には、これがある。


三原・佛通寺46・山神社


おっ!
小早川紋だ~
山の中にあるから、きちんと山の神様をお祀りしなくちゃね。


山神社の後ろには、いくつか石仏があったんだけど、
その周辺にはなぜかこんなものが・・・


三原・佛通寺47・開山堂


三原・佛通寺48・開山堂



下の写真の瓦も黒いの。
昔、含暉(がんき)院には黒い瓦で葺かれた建物があったのか?

地蔵堂も中は覗けなかったので、建物の外側をぐるぐる回って
建築を堪能してから、地蔵堂の向かって左手にあるエリアへ。


ええと、まずはこれ。


三原・佛通寺52・開山堂

面白い形してるよな~。

最初はこれが含暉院を建てた松巌尼の塔かと思ってたんだけど、
どうも開山堂の中にある宝篋印塔が松巌尼のみたいだから、
違うっぽいな・・・
解説もないし、わからないや





三原・佛通寺51・多宝塔


 【国登録有形文化財 佛通寺多宝塔

  昭和2年、尾道市出身の実業家山口玄洞氏が資金を提供し、元京都府古社寺
  修理技手の安井楢次郎氏の設計・監理で建築。初重平面が方形。二重平面が円形の
  二層塔で、間口、奥行きとも4,2メートル、建築面積18.23平方メートルの


  伝統的な意匠のなか、蟇股や木鼻など細部に流麗な彫刻を施し、近代的な感覚が
  盛り込まれており、軒まわり部材に反りをもたせるなど整った塔婆をもつ
  近代の多宝塔です。全国的にみても数少ない昭和初期の多宝塔です。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


その流麗な蟇股はこちら。


三原・佛通寺57・多宝塔



個人的に素木の方が好きだから、どうもな・・・
股がのっぺりと開いて、その辺は確かに近代的ではある(笑)。

この多宝塔は「大本山佛通寺誌」に【観世音を安置し、山嶺台閣の眺望は絶佳、
視野は全境内に及ぶ】とあるものの、中には入れない。
塔の下からの景色はこんな眺めだった。


三原・佛通寺58・多宝塔からの眺め


アハハ、木ばっかりで眺望どころの話じゃ・・・
でも結構高いところにあるでしょ?


さて、旧含暉院域の建物群はこれでつらっと見たけど、
気にかかるのはあと2人の四天王。
参道を上がる時には眼を凝らして探したし、
頂部にもいないとなると、どうしたものか・・・

小高い多宝塔の下で境内全体を眺めていたら、
向かいの盛りあがった部分の木の中に、石仏らしいのがあるのに気が付いた。
(ピンクの○の部分)


三原・佛通寺59・多宝塔から四天王発見!-2


うおっち・・・あれはもしかして・・・!!

谷に面した部分ではあるけど、足場も悪くなさそうだし
なんとか行けそうだな。

とにかく、四天王かどうかを見分けるポイントが
足の下の天の邪鬼にかかっているので、遠目に、しかも下から見上げたんじゃ
判別がつかない。

て事で、道を覆う枝をかいくぐりながら上がった先には、
この方がいた。


三原・佛通寺60・四天王その3(多聞天)



おっしゃあああああ~!!
あとひとり~



ところで、この方のおわすところの向かって左側は長松谷というそうで、
【明治以前には数寺があった。このあたりは竹林で昼なお暗く、
その中にあった篩月庵では画師雪舟が一冬を過している】と
「大本山佛通寺誌」にある。

一冬を過ごす長逗留なら、明から帰国した後あちこち行ってた頃の
事だろうな。
(雪舟さんの略歴については 「山口編(11)」 をご参照ください)

そういう縁があるので、かつては佛通寺にも雪舟の作品が
多くあったというが、寺宝の中には含まれていないことから、
そのほとんどが散逸したものと思われる。

あるいは、 寛政の大火 の際に焼失したものもあったかもしれない。



「あっとひっとり」

と歌いながら3人目にお別れを告げて、今度は侍者寮の奥の方へ行ってみた。


こちらには石仏は一体もないし、先の方にはロープが張られていて
通行止めになっている。

う~ん、参道で見落としたかな~。
でも、ここではこれ以上探しようがない。

仕方なく下りようと石段へ向かったら、ここの塀の瓦は打出の小槌だった。


三原・佛通寺40・開山堂



階段は、登りより下りが恐い。
昨日の失敗 もあるし、過去に何度か階段を下りる際にケガをしている私は、
慎重に降りつつ、登った時よりもさらに目をギラギラさせながら
残りのおひとり様を探す、探す、探す・・・

結局、見つからないまま下まで降り着いた


見られるところは全部見たはずなんだけど。
どこでも自由に立ち入れる訳じゃないから、
行かれない奥地にいたのかな~。
でも、4人の写真を撮ってる人がいたんだから、
そんなハズないんだけどな~。


見つからなかったものはしょうがない。
諦めて奥へ進むと、すぐ先に経堂があった。


三原・佛通寺62・経蔵



宝形造、桟瓦葺。
禅宗様の美しい建物だけど、四天王コンプリートの夢破れ
傷心を抱いたままの私は遠目に見て写真だけ撮って先へ進んだ。


経堂のすぐ隣には灯籠がある。


三原・佛通寺63・経蔵となり


面白い造りだな・・・
ちょっとメルヘンの国のキノコみたい(笑)。


その隣には、歌碑があった。


三原・佛通寺64・経蔵となりの歌碑



あけはなつや 満山のみどり   山頭火


昭和14年に種田山頭火が佛通寺を訪れた時の作品だそうな。

この時の様子を、旅の日記で『山声水声雨声、しづかにもしづかなるかな、
幸にして山崎益州老師在院、お目にかかることが出来た。
精進料理をいただきつつ、対談なんと六時間、隠寮はきよらかにしてあかるし』
と記している。

飛び込みで6時間の長話・・・
一体、どんな話をしたんだろう。


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最終更新日  2012年10月21日 14時43分35秒
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