戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年11月03日
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カテゴリ: 城(中国)
天守台の東側にも、石垣が地味に残る(場所は この辺


三原・鍛冶郭跡



これについての案内板があるはずなので、
この石垣に沿ってぐるりと回り込んでみた。


 【鍛冶郭跡(館町)

  三原刀を鍛えていたとされる曲輪。中に井戸二つ、鍛冶屋敷、武具役所の在った
  場所。

  三原刀は鎌倉時代より有名で、古三原といわれ、大振り豪壮にして、切れ味抜群。

  得ている。
  作風は鎬(しのぎ)高く反あり、地は柾目多く白くる風あり。刀文は直刀も
  フグの目に逆足の交わりたるものあり。忠は棟角に横鑢ある。

  室町中期より末期の間に三原刀工は左記のように備後一円に分布し、三原鍛冶と
  呼ばれ刀工数は備前長船に匹敵すると推定される。最末期には対明貿易用の
  数打ち物も造る。(以下略)】
  (現地解説板より。カッコ内一部追加)


戦国ファンとしては、武具全般についてもマスターしたいところだけど、
私はまだ甲冑の一般知識に留まる程度で、武器までは手が回らない。
が、私の相棒は数年前に唐突にカタナにハマってたので、
やはり魅力のあるものなのだろう。


「三原編(6)」 に書いたけど、
太刀銘の中で最初に三原の文字が出てくるのは、文和2年(1353年)の
「備後國三原住兼光」というものだそうな。

文献上で「三原」の地名が確認できる時期(1350)と同時期。
文献史料でも、刀剣でも、これ以前に三原の文字を確認できるものは、


三原鍛冶のルーツについては諸説あって、
まだ意見の一致をみていないようなんだけど。


対明貿易用に量産されたのなら、大内さんちが仕切った遣明船にも
積まれていったのかもしれないな。
竹原家でも朝鮮貿易を行っていたというから、
こちらのお船にも載っていたのかもしれない。

現在残る名作の中には重要文化財が4点あると、
解説で省略した部分に書かれている。



で、鍛冶曲輪のあったのは、この位置。


三原・本丸西側石垣10-3(鍛冶曲輪)

  (絵図は本丸中門跡の看板にあったものを拝借)

「備後國三原城繪圖」では、井戸が書き込まれており(赤の井の部分)、
その下に「鍛冶屋敷」と書かれているので、赤丸で囲った長屋が
鍛冶屋敷と思われる。

たぶんこの井戸の事だと思うんだけど、
刀工が刀の焼き入れで使用した井戸が近代まで残されていたそうな。
が、新幹線敷設の際に撤去されたという。



さて、最初の写真の石垣の裏側には、天守台側から見るよりも
立派な石垣が残されていた。
天守台に沿った道からは、最初の写真のようにしか見えないから、
天守台だけを見に来た人は気付かないかもしれない。


三原・鍛冶郭跡8



ここでまた大きさ比較。
この時飲んでいた500mlのファンタグレープが
小さく見えます(笑)。


三原・鍛冶郭跡9-2



石垣の高さ自体はそう高くはないけど、なかなか立派な石垣でしょう


この石垣の上にも道路が載っていますが、
ファンタグレープの写真から左に向けては、こんな風になってます。


三原・鍛冶郭跡7


三原・鍛冶郭跡6



三原・鍛冶郭跡10(東札門北側)


3枚目の写真は、道路を越えていわゆるガード下にあたります。
恐らくこの場所は、二の丸東面の櫓のあった辺りだろう。

ちょっと新しい感もあるし、全部が往時のままの石垣ではないでしょうけど、
まあ大体こんな感じだったんでしょう。
そして、これらの石垣の東側にも、かつては堀が広がっていた。

三原城の遺構が少ないのは確かに残念だけど、
残そうとした努力をここでも私は評価したい。



では、駅の南側へ・・・行く前に、駅の構内には
三原城をCGで再現した映像(バーチャルウォークスルー)が見られます。
これはYou Tubeでも一部公開されてますので、
興味のある方は探して見てみてね。

で、駅の南側の壁には、三原城から見た瀬戸内の陶版図がある。


三原・三原駅前陶版図



本丸の南側と東側は二の丸が取り囲み、二の丸の先はもう海だった。
こんな風な光景を、隆景ちゃんもご覧になったのであろう。



こちら↓が駅前広場の東側。
写真の奥の方には御本門があり、そこから本丸へ侵入・・・いえ、
入るようになっていた。


三原・本丸唐門跡地



御本門のすぐ東にある櫓台には横矢が描いてある。


三原市の観光協会のサイトはなかなか良くできてたし、
「城下町みはら散策マップ」もかなりお役立ちだけど、
欲を言えば、せめて本丸エリアくらい重要な地点には石碑を建ててほしいかな・・・
ってちょっと思う。  



ま、それはともかく、現在では本丸はこんな感じに分断されてるのかな~。
あんまり正確じゃないと思うけど。


三原・本丸西側石垣10-5(本丸分断図)


ピンクの部分が、駅および高架。
本丸御殿の少なくとも半分くらいは、駅に覆われてると思う。



御本門はたぶん、その名の通り本丸の正門でしょう。
御本門付近の図はこうなってる。     


三原・本丸西側石垣10-7(御本門)


1が唐門。けど、「三原城本丸建物図」では「裏御門」と描かれている。
普段はこっちを使ってたのかな。
2が中御門。

で、×を2つ付けたのが、せっち~ん



「三原城本丸建物図」は江戸期に描かれたものではあるけれど、
かなり細かく本丸御殿の様子が描かれていて、実に面白い。

雪隠もあちこちに描かれてるので、図面を眺めてあれこれ想像するだけで
私なんかはホントに飽きない。

その中でも、やっぱり目が行くのは雪隠だよね。
過去にも、わたくしは備中松山城とか岡山城なんかで雪隠を取り上げた
前科がありますし


御殿内にも幾つも雪隠はあるんだけど、
門を入ってすぐのところにまず用意されてるのが笑えた。
お供の人用かな~。


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最終更新日  2012年11月04日 08時47分45秒


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