戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年02月23日
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カテゴリ: 城(中国)
登山道を登り始めるとすぐに、道のど真ん中にこんなのがあった。


東西条・新高山城・登山道の伐採跡-2



おお、竹の切り株が・・・
ちゃんと見てないと、危ないな。
ふと周りを見ると、登山道の脇はこんなだった。


東西条・新高山城2・登山道脇



あ、なるほど・・・
ここは竹林なのか。
てことは、ほっとくといずれ登山道もこんな風になっちゃうから


去年の福山で、とある郷土史家の方のわずかな情報だけを頼りに
完全未整備の山城でヒイヒイ言った経験をした私としては、
整備のありがたさがつくづく身にしみる。


ちょっと歩くとすぐに解説板が現れる。

 【ようこそ魅力いっぱい~新高山(にいたかやま)~

  三原市本郷町は、沼田(ぬた)文化発祥の地といわれる沼田川を中心に
  古代から交通の要衝、経済の中心地として発展し、町内には多くの古墳や
  史跡等があります。

  このような沼田本郷を見下ろす位置にある新高山は、歴史的に重要な役割を
  果たしてきており、土器などの出土も見られ、中世においては新高山築城により、
  この時代の歴史の主役を演じ、山と人との関わりが強まる一方、変化にとんだ



 【史跡 小早川氏城跡(新高山城)

  小早川氏の祖、土肥実平・遠平父子は、源頼朝の平氏追討に当って終始功をたて、
  はじめ備前、備中、備後の三国の守護の地位を与えられたが、安芸国沼田庄
  (沼田川流域一帯、蓮華王院領)の地頭職を得ると一族あげて相模国から


  鎌倉・室町時代を通じて沼田小早川氏が本拠地とした山城は、沼田川対岸の
  高山城であったが、沼田小早川家を継いだ隆景は、これまで高山城の副塁であった
  新高山城の大改修を行い、天文21年(1552)にここに本拠を移した。

  以来慶長元年(1596)に三原城に移るまでの45年間、この新高山城が
  小早川氏の本拠となった。

  この城郭は、標高197.6mの新高山城の天嶮を利用した山城で東西400m、
  南北500mの全山を城塞としている。
  山頂尾根を削平した本丸、二の丸、三の丸など各種の郭は60余に及ぶ
  広大なもので、城主や家臣の居館を山上にあげた中世山城から近世の城郭への
  過渡期を示す城郭である。】
  (いずれも現地解説板より)


で、ありし日の新高山城を復元した想像図がこれ。


東西条・新高山城10


どうせ復元図を描くんなら、もっときっちり描き込まんかい!
とこれまたツッコミをいれたくなるけど、
丁寧に建物を描き込んでいったら各郭の様子とか全くわからなくなるしな・・・
難しいところだ。

今私がいるのは絵の左下、道がくくっと左に折れているあたり。



さて、上の解説にもありますように、この城こそが
隆景ちゃんの本拠です。

「三原城」および「三原編」シリーズであれだけ色々書きこんだから、
あれを読んで下さった方は意外に思われるかもしれないけど、
隆景ちゃんの居城といえば、私にはやはり三原城よりも新高山城のイメージが強い。

沼田本家を継いですぐに築いた城でもあるし、若き日の多くを過ごした城。
隆景の汗の染み込んだニオイがムンムン・・・(笑)。
まあ、実際に彼が汗をかいてたのはここじゃなくて
遠征先ばっかだけどね。

なので、必然的に妄想も膨らみますし、書きたい事は山ほどあります。
特に、歴史上の人物としてじゃなく、あくまで1人の生きた人間として
とらえたい私としては、相当脱線するような話題も書くかもしれませんが、
そこは隆景大好き人間ならではの記述だとしてお付き合いください。

それから、小早川および沼田庄の歴史も相当色々ありますが、
新高山城は城としては隆景が最初で最後の城主。
ここに長い小早川の歴史まで含めると大変なことになるので、
ひとまずこのシリーズでは極力隆景個人に絞った内容とする所存ですので、
こちらもあわせて御了承ください。



前置きはさておき、歴史の話へと入ります。
人の歴史が城の歴史なのでね。
まずは、隆景の小早川惣領家相続の背景について。



大永5年  水面下で毛利氏が大内方へ帰参。

天文8年  大内方であった沼田小早川家が尼子方へ陣替え。
        大内氏に一時高山城を占領される。

天文9年  吉田郡山城の戦い。

天文10年 大内方による佐東銀山(かなやま)城攻め。
        竹原小早川当主・興景が在陣中に病死。竹原家から毛利家へ隆景を
        養子にもらい受ける交渉が始まる。

天文11年 月山富田城の戦い(第1次)。
        大内方として従軍していた沼田小早川当主・正平が退却の際に討死。

天文12年 月山富田城において大内軍を追い払った尼子晴久が、
        石見・安芸・備後の国人切り崩しを始め巻き返しを図る。
        沼田小早川正平の子・又鶴丸が小早川惣領家の家督を相続。
        これを好機と見た尼子方の沼田庄攻撃が始まる。この時は一族で宿老の
        乃美・椋梨氏が尼子勢を撃退。

天文13年 毛利元就の三男・徳寿丸が竹原家を相続。
        尼子勢が高山城を再び攻撃。籠城の末、なんとか撃退。

天文15年 毛利元就隠居。長男の隆元が家督を継承。
        吉川家で当主・興経を廃するクーデターおこる。吉川家から毛利家へ、
        元就次男・元春をもらい受ける交渉が始まる。

天文16年 元就次男・元春が吉川家の家督を継承。
        大内氏による備後神辺城(尼子方)攻め。元就は3人の息子を連れて参戦。

天文17年 この頃、沼田小早川の庶流である乃美家から乃美大方が元就へ嫁ぐ。

天文19年 吉川元春がようやく吉川家本城・日野山城へ入城。 
        元就が毛利家中の井上一族を粛清。
        元就が吉川家前当主・興経を殺害、これにて吉川家乗っ取りイベント完了。
        竹原小早川隆景が沼田小早川家の姫(問田大方)と婚礼、
        小早川惣領家の家督を継承。

天文20年 隆景、沼田小早川本城・高山城に入城。

天文21年 隆景、高山城対岸の新高山に城を築く。 



大ざっぱに関連する事だけを書き出すと、こんな感じですかねえ~。
隆景が小早川惣領家を継いだ結果の系図はこうなります↓。


小早川相関図-2



三原城の時にも書きましたが、隆景の生涯は生家である毛利本家とは
切っても切り離せません。




って思ったアナタ・・・

あるんだな、これが。
もちろん、直接的には関連はないんだけど、他家を継いだ元春・隆景いずれも、
「毛利」という名のデカすぎるジグソーパズルの中の重要なピース。 

個々の歴史とともに、毛利本家の動きもしっかりとつかんでおかないと、
複雑な安芸の歴史を理解することは難しいと私は思う。



んでは、もう少し詳しく背景を見ていきますか。

「鏡山城(10)」 で毛利幸松丸が夭折したことと元就がその後を継いだこと、
「鏡山城(11)」 で元就が尼子方から大内方へ陣替えしたことを
簡単に書きましたが、その後の話です。

大永年間(1521-1528)、大ざっぱにいうと
安芸では大内方と尼子方が入り乱れ、備後では尼子の勢力が強い。

鏡山城を奪われて大内氏の安芸戦線は後退を余儀なくされたものの、
その後の毛利元就の帰参を得て、大内義興さんは主に右腕である
陶興房(すえ・おきふさ)を派遣し、時には義興さん自らも安芸に出陣して
少しずつ安芸での勢力を回復していった。

元就も興房と連携する過程において、安芸国人衆の中で
着実に存在感を増していった。

順調に物事が進んでいるかに見えた矢先の享録元年(1528)、
安芸の陣中において義興さんが突然発病。

義興さんのお具合はなかなか良くならず、
本拠である山口に戻って、そのまま還らぬ人に・・・

激動の時代にあって、ついに大内氏が中央に乗り出すという
大内氏全盛期を築いたお方。
彼自身も、戦続きの生涯でした。

そんな彼が、タタミの上で死ねたことはまだ救いでしょうか・・・
いんや、最期までもし意識があったとしたら、
思いっきり心残りだったろうと思うけど(笑)。

義興さんの葬られた山口・凌雲寺は今は廃寺となってもうありませんが、
義興さんのお墓と伝えられる宝篋印塔は残ってます。

私が山口に行った時、確か「恋人の聖地」風な感じで
凌雲寺跡が紹介されてて非常に憤慨したんだけど、
今探してみたら出てこないなあ・・・

もうそっち系で宣伝するのはやめたのかな?
そもそもあそこ、夏のデートなんか危険だし。
(危険な理由は 「山口編(1)」 をご参照ください)


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最終更新日  2013年03月09日 12時52分39秒


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