戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年02月26日
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カテゴリ: 城(中国)
最初の頃、私は隆景の相続にからむ通説を読んで
「へえ、そうなんだ~」と思っていた。
大体言ってることは皆同じだったからね。

けど、隆景および小早川家、さらには安芸国人衆などのことを
勉強していく中で、いくつかの素朴な疑問が湧いてきた。

その辺を調べれば調べるほど、通説に対する疑問は次々に膨らんできて、
今じゃ相続イベントという暗くて奥深い森の中に迷い込んでるカンジ・・・

まあ、ここで正解を見つけようなんて思い上がってはいません。
どのみち、答え合わせなんてできないんだし。


細かくて沢山ある疑問を色々溜めこんでいくうちに、
何となく道筋ができていくだろうとは思うものの、
頭が悪い私はすぐに忘れてしまうだろうから、
ひとまずそれをここで書き出しておくことにした。

で、ここからは相続に絡む人々を個別に見ていこうと思いますが、
まだ中間報告みたいなもんで話も相当前後して読みにくいことが予想されます。
大いなる勘違いをしてる可能性も充分ありますので、
その辺りはご承知おきくださいね。

また、各ダンジョンを抜けるまでは、 「新高山城(2)」 の簡単な年表も
あわせてご活用ください。





ご紹介しましたが(笑)、同年7月21日付の毛利氏の書状が2通あります。

1通は、毛利元就から沼田小早川重臣・乃美隆興へ。
もう1通は、毛利隆元から同じく乃美隆興へ。


昔の手紙ってのは、紙っぺら1枚で用を足すものではなく、
大概お使いに出された人が具体的な要件を述べるものなので、

訳しづらい・・・

核心を述べてないからね。

上の2通がまさにそれで、古文書初心者の私には、ここで紹介できるほど
満足な訳が付けられない。
ただ、6/11から7/21の間に沼田家で何かの動きがあったんじゃないかと
いう事だけは窺える。

しかも、元就の手紙と隆元の手紙は文面が非常に似ている箇所もあって、
どうせ同じ日付なんだし、連名で1通にまとめれば良かったんじゃね?
とか思っちゃうんだけど、元就の手紙にはあって、隆元のそれにはない言葉がある。

「御愁訴之儀」

・・・沼田家が義隆に対して何を愁訴したのかは、わかりません。
時期的に、継嗣問題だとは思うけど。


んで、宛先が乃美隆興・・・
この人は、後に元就に嫁ぐ乃美大方(のみのおおかた)の兄、
または父と言われてる人で、乃美家は小早川氏の庶流にあたる。

「隆興」はもちろん、大内義隆からの偏諱だよな~・・・って
ぼんやりウィキペディアを調べたら、初めは「公平」と名乗ったらしい。

あれ・・・
そういえば、義隆から見れば公平は陪臣だよな?


「東西条バトル編」を始めてから、「興ナントカ」や「隆ナントカ」って名前が
わんさか出てきて、安芸や大内氏の歴史にあまり馴染みのない方の中には

「同じような名前ばっかで、
もう誰が誰だかわかんね~!!」


って方もおられるんじゃないかと思いますが、
義興さんも、その子の義隆も、偏諱の大盤振る舞いもいいとこです。
特に、義隆ね。

けど、いくら気前良く「隆」の字をあげてるからって、
陪臣にまで?
沼田さんちとは、歴史的にそんなに仲良くないし。


んにゃ、ちょっと待て。
「小早川興平」はいるけど、「隆」の字もらった沼田家当主っていたっけ?

自分の記憶力をまったく信用してない私は、
ここで慌てて自分の書いた略図を見直してみた(系図は こちら )。


そうだよな、興平~正平~繁平ときて、
やっぱり沼田家では義隆から名前をもらってないわ。


小早川興平が家督を相続する際の沼田本家の危機については、
「三原編(15)」 でごくごく簡単に書いてますが、
最初は興平の家督を認めなかった義興さんも、
結果として興平に「興」の一字を与えている。

そして長らく幕府と近しい関係にあった沼田家は、
興平の代から大内方へ付くことになるのに、それでも興平の子は
義隆から偏諱を受けられなかった・・・

なのに、その家臣は偏諱を受けている。
これはなんでだ?



興平の代から大内方にチェンジしたといっても、
「新高山城(2)」の簡単な年表に書いたように、
沼田家は一度尼子方へ陣替えをしたという。

これが天文8年(1539)のことで、大永3年(1523)生まれの正平は
この時16歳。
中世の男子の平均的な元服の時期は15歳頃だから、
あるいはまだ元服前で、寝返りのバツとして名前をもらえなかったのかもしれない。

が、それでも「乃美隆興」の名前のナゾはまだ解けない。



小早川一族の系図は「小早川文書」に載ってはいるんだけど、
庶家に関しては途中でカットされている部分もあり、
乃美さんちのあまり詳しいことはわからない。

また、乃美さんにも古い乃美さんと新しい乃美さんがあるらしく、
その辺も難しくてよくわからないんだけど、系図としては大体こんな感じになるらしい。


乃美家系図-2


乃美大方は、隆興の娘という説もありますが、
ここでは妹としておきます。
で、一番下の3人が隆景および毛利家にとって大事な人となってくる訳です。

ひとまず、隆興さんに話を戻しましょう。




毛利元就と隆元の親子から乃美隆興への手紙は、もう1通ある。


「このたび、又鶴丸殿から竹原隆景に御家を相続することが
できましたのも、すべて皆様方のご好意によるものです。
我らはどれほどお礼を言っても足りないほどです。

私と隆元の親子はたとえ御家が没落したとしても
この御恩を決して忘れることはなく、
この先もずっと粗略に扱うことはありません。

もしこの約束を違えることがあれば、梵天帝釈・四天王・
日本国中60余州の大小の神々、わけても
厳島大明神・八幡大菩薩・天満大自在天神のそれぞれから
御神罰を受けることをここに誓います。

天文20年9月28日   隆元 元就」 



天文20年とあるから、隆景が沼田本家を相続した後のものと思われる。
「又鶴丸」は、小早川繁平の幼名ね。


前回の記事の通説の中で、隆景を擁立する一派と
それに反対する一派がいたことを紹介したけど、
この書状あたりから隆興は隆景擁立派の筆頭格であったとされる。

いくら古い名族の本家を継いだからって、一旦養子に出した息子の件について
実家の父と兄が日本中の神様に誓ってお礼を言うって、どんなもん?

この感謝ぶりを見るに、隆興の貢献度が相当高かったであろうことは
確かに推測できる。




隆景の沼田本家相続の紹介文ってのは、
自然発生的に隆景が当主に望まれて、唐突に天文20年にめでたく
当主になったってのが多いんだけど、
天文17年頃に隆興の妹だか娘だか、とにかく近しい血族が
元就に嫁いでいることから、その頃にはすでに乃美と毛利は親しい間柄に
あったのかな~、とは思っていた。

が、何で小早川家臣の家から毛利家当主に嫁に行くんだ?
どーゆー縁?
たまたま通りかかった元就(51歳)に見そめられたとか?(笑)
てな疑問はあった。


しかし、天文12年および13年の尼子方による小早川攻めの際、
元就が小早川の加勢に入り、力を合わせて敵を撃退。
乃美氏および小早川一族で宿老の椋梨(むくなし)氏から深く感謝されたという。

過去においては、毛利家と沼田小早川家が協力して
備後の紛争の仲介にあたった歴史もあったりしたけど、
この段階においても毛利と仲良くしておくことに決して損はないと
乃美・椋梨の両者は心に刻んだかもしれない。

とすると・・・うわあ、推定仲良し年代が天文17年から一気に
天文12~13年まで遡っちゃったぞ


しかもこの時期、沼田家は大内方とはいえ、上述したように
義隆の心証を悪くするような動きもあり、まだまだ大内家との絆は不安定。
が、毛利と仲良くすることは大内家とのより太く確かなパイプを
持つことにもなる。

そんな風に捉えると、案外「隆」の字の偏諱の仲介をしたのは
元就だったかもな~なんて思った。

そして乃美大方の嫁入りは、仲良しさんの証・・・
悪くいえば、人質的なものだったかもしれない。


乃美大方の生年はわかっていないので、ちょっとエグい計算を色々してみた。

最後の子である秀包(ひでかね)様を産んだのが50歳と
妊娠可能な最長年齢頃で仮定してみると、嫁いだのが天文17年だったとして31歳。
いや、そこまで独身なんてありえね~(笑)。

40歳で秀包様を産んだとしたら、嫁入りは21歳。
実際は、もうちょっと若いかもしれないな。

31歳にしても21歳にしても、当年とって51歳の元就さんとは
相当な年の差カップルになるけど、この時代、
先立つものは「愛」じゃないから・・・(笑)。

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最終更新日  2013年02月26日 21時26分26秒


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