戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年03月18日
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カテゴリ: 城(中国)
≪2日目:3月27日 ≫

雄高山にご到着。隆景様は麓までお迎えに出られた。
 元就様は 井上春忠の私宅(1) を宿所とし、井上のもてなしを受けた。
 隆景様もこれに同席。
 隆元様は宿所の 巨真寺(2) に入り、そこで食事を取られた。

 夜になって隆景様がお礼に 下りてこられた(3) 際に小さい魚などを持ってきたので、
元就様・隆元様・隆景様の他、家臣31人で酒盛りとなった。(4)
 同日、 熊谷信直殿(5) 、保利中務少輔殿が遅れて来られた。

 各人の宿所へは、酒肴や炭・薪などが手配された。



新高山城は、山上で生活していたと言われます。
少なくとも、山麓に居館跡のようなものはまだ見つかっていません。

そんな訳で、山住まいをしていた隆景はお迎えのために下りていったのですが、
(1)の井上君ちが山麓にあったのか、山上にあったのかは
この記述じゃわからない。

場合によっては、一旦下山してから山上にある井上君ちまで
一緒に上がっていったとも読めるし。

まあ、山麓にあったのかなって気はするけど。



それよりナゾなのが、隆元の宿泊先。
(2)の巨真寺っていったら、素直に考えれば現在の 米山寺 。
が、ちょっと遠くないか!?

現在の米山寺の位置だと、新高山城から直線距離で3kmぐらいあるんだけど。
夜には一緒に酒を飲んでるんだから、もう少し近いところに
いたんじゃないかと思うんだけどなあ・・・

ここでまたまた 「教真寺」 と取り違えてないか!?
とか言いたくなるんだけど、この時はまだ繁平は生きてるから、


とすると、あと考えられるのは、米山寺の飛び領が城下にあったかな?
往時はかなり大きな寺院だったし、何といっても小早川惣領家の菩提寺だから
塔頭のひとつも城下に持ってた可能性はないとは言えないんじゃないかな?

そう思いながら本をパラパラ見ていた時、 順勝寺 の記述に目が止まった。

三原に引っ越す前は高山城下にあったとある。

おおっ、これだよ、これ~!!

やっぱり城下にもそういう寺があったんだ。
まあ、だからといって隆元が順勝寺に泊まったとは言えないものの、
同じように城下にあって巨真寺に属する寺か、
あるいは城下の塔頭に泊まったんじゃないかという気がしてきた。


ただ、近くにいたんだったら久々に親子3人水入らずで
食事すればいいじゃん・・・とか思うんだけど、

「お疲れでしょう。
まずは、ごゆるりとなされませ」


てな感じでそのまま宿で軽食をとったのかもしれないしな。



そして(3)、隆景がどちらのステイ先に行ったとは書いてないけど、
まあパパのところでしょう。
で、ここでようやく井上君ちの私宅が山麓にあった事がわかる。
たぶん、山上にも家は持ってたと思うけどね。

井上春忠君は、 「三原編(34)」 でちょっと顔を出してますが、
元は毛利家家臣の出身。

「パパ、気兼ねなくくつろいでね」

って感じなのかね(笑)。



で(4)、夜になって酒盛り・・・
ここでは割愛したけど、一緒にいた31人の家臣の名前もずら~っと書かれている。

私はまだ毛利家家臣についての知識は全然ないので、
この中で知ってる人はちょっとだけ。
そこでトロロヅキさんのお知恵を借りると、
出席者の平均年齢は相当高いらしい。

しかも、遅刻者2名を加えると、主賓・ホストを含め総勢36名のジジイ軍団。
あらたまった饗応の席でもなく、無事に新高山城下まで着けた安堵感も手伝って
相当盛り上がったんじゃなかろうか・・・

隆景ちゃんはこの時、御歳28歳。
毛利本家の古くからの家臣、しかも酔っぱらいのジジイ集団が相手となると、
お世話する方も大変だなあ~とちょっと隆景ちゃんに同情してみる。



遅刻組の2人のうち、(5)の安芸国人・熊谷信直の名前は知らなくても
熊谷直実の名前は知ってる方も多いでしょう。

一ノ谷の戦いで平敦盛を討ち取ったとされる、あの熊谷さんです。
その直系の子孫とされるのが、信直さん。
(直実のろう人形の写真を見たい方は こちら 。ただし、背中だけ)

直実さん自身は、武士の身を嘆き仏門に入ったといわれてるけどね。

その子孫である信直さんは、実は父親を元就に討ち取られてます。
が、その後なんやかやあって毛利の傘下に入り、
娘が元春に嫁ぐというちょっと複雑な経歴の方です。

「保利殿」は安芸国人・天野隆重と思われる。
しかし、なんで信直は遅れてきたのか・・・
案外、最初は元春ちゃんが来るはずだったとかね。




≪3日目:3月28日 午後から≫

 会所において御饗応。MC:椋梨殿。

両殿様(元就・隆元)から隆景様へ太刀・馬・甲冑が贈られ(6) 、
 福原殿から椋梨殿へ引き渡され、座敷に置かれた。

 御座には
おくいれ 御てかけ 御瓶子 置鳥 置鯉(7)


 ・ 式御肴(8)  御酌 小泉興一
          御加 粟屋小次郎
          同御宮仕 天野五郎 内海刑部丞 井上叉右衛門尉





文字数の関係上、一旦ここで中断しますが、ここからが饗応の本番です。


まずは、この最初の饗応が行われた「会所」ね。
西ヶ谷先生は山上部にあったと書かれているけど、
はっきりした場所はまだわかっていないんだと思う。

山上の可能性ももちろんあるけど、私としては 匡真寺跡 なんかも
アリなんじゃないかと思うけどね~。
あそこ、広いし。

そもそも、匡真寺が建てられたとされるのは、天正5年(1577)。
天正の初め頃からは隆景は三原城の方にいることが多かったようだから、
匡真寺を建てるために公式な接待の場所である会所を
新高山城から三原城に移したとしても問題はない。

「法常寺」 で書いたように、元亀年間(1570~1573)には
城下移転のプランもできてたみたいだし?

いずれにしても、会所は山中にあった施設だと思われる。


で(6)、普通御成だと進物の献上から始まるんだけど、
ここでは元就・隆元からの下賜から始まってるなあ・・・


(7)は後述。

(8)は「式御肴」としか書かれてないけど、この後に本膳料理が出てくることから
「式三献」と見ていいんだと思う。

「山口編」で書いた文章を再度掲載しますと、

 【このおもてなし料理である式正料理は、まず肴3品と酒を乗せた膳を3回に分け、
  計9杯の酒を勧める「式三献」から始まる。

  肴が3品載ったひとつの膳を「献(こん)」といい、
  一献ごとに盃に酒が3回注がれる。
  これを3回繰り返すので、三献(さんこん)。
  酒は3杯×3回で9杯・・・そう、これは三三九度のルーツでもあります。 】


平安時代の貴族が有職故実を元にして形式化した料理・宴会のルールは
その後室町時代に入って多くの決まりごとが整えられ、
料理の仕方や盛り付け、さらには食べ方にまで細かい決まりができた。

料理の流派にもいくつかあり、大事なところは「口伝」とだけ書かれていて
文書には残っていない。
「奥義」みたいなもんかね。

日本料理の一派、四条流の料理書『四条流庖丁書』にも
「式三献」の項目はあるものの、「口伝」の一言で終わっちゃってて
詳細な内容はつかめない。

が、吉良流では初献の引き渡しには「のし、昆布、勝栗」が付けられたそうで、
「アレ?」って思った方も多いでしょうが、
出陣式に行われる「三献の儀」に出される「勝栗、打あわび、昆布」によく似ている。

儀式料理と出陣式じゃかけ離れたイメージがあるけど、
文化ってのは色んなところでつながっているってことが
おわかりいただけるんじゃないかと思います。

まあ、この宴ではどこの流派に則ったものかはわからないけど、
たぶん「のし、昆布、勝栗」と似たようなものが出たんじゃないかな。
ただし、「のし、昆布、勝栗」は儀式料理ではあまり食べるためのものでは
なかったそうなので、もう少し食べやすい肴が出た可能性はある。



「や~、遠いところお疲れ様でした。
まずは一献!」


「いやいやいや・・・
おっとっと、もうその辺で・・・」


「いらっしゃいませえ~!
どおぞお、お通し(御肴)でえ~す」


なんて現代の居酒屋のノリでスタートした訳では決してないからね。
ここは饗応の中でもかなり重要な場面で、厳かな雰囲気で進められたハズです。
式三献が出陣式や結婚式などの重要な儀式に引き継がれたことからも、
大事な儀式だったということがわかるでしょう?



ところで、饗応の場面では何献と膳が変わるたびに
あらかじめ決められたお酌の人も変わるんだけど、
「御酌」の後に書かれている「御加」・・・これが何なのか、わからなかった。

「加」は「伽」の類義語でもあるようなんだけど、
ここではもっと明確な役割が与えられていたはず・・・
一体、何をする人だったんだろう?



こうして仰々しく固めの杯(?)を交わした後で、
宴は進んでいきます。


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最終更新日  2013年04月05日 20時56分08秒


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