戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年03月22日
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カテゴリ: 城(中国)
≪5日目:3月30日 ≫

桂景信(32)
 御湯漬 五三々

 御相伴  隆景様 平賀殿 保利殿 熊谷殿
      此外 吉田供奉之衆(33)




梨子羽宣平はお迎えの日に書いたように、小早川家臣団の中でナンバー2の人物。
(32)の桂景信は、毛利家の重臣・桂元澄の子で、
毛利家から隆景付として派遣されて小早川家を職場としている。

おもてなしの中身は、もうわかるよね。
湯漬けプラス5+3+3のおかずの載った膳が出されたってこと。


んで、出席者は・・・

「保利殿」は安芸国人・天野隆重と思われる。
この方は毛利家重臣・福原広俊の娘を母に持ち、さらに

元就の信頼も厚かったとされる。

平賀君は隆景の義兄弟、熊谷君は元就の盟友であり元春の舅。
ので縁戚系で縁の深い人と言えるでしょうか。

で、隆景ちゃんはいるものの、元就・隆元の名前はない。

そして最後(33)に「此外吉田供奉之衆」とあって、
これはそのまま転記した。
つまり、吉田から来た毛利家の家臣衆も出席していたと思われるのに、
ごっそり名前がカットされている。


なんかね~、この日記は日によって記述に相当バラつきがあったりして、
この日なんかはその最たるものじゃないかと思うんだけど・・・

手抜きすんなや!!

とツッコミを入れたくもなるが、

饗応と見るべきかと思われる。
隆景ちゃんと平賀・保利・熊谷の諸氏は特別ゲストみたいなもんかね?

元就と隆元はこの日、何をしてたんだろう・・・



≪6日目:閏3月1日 ≫

会所においてご饗応。

 向かって左の上座から
  隆元様  木梨越前守★  熊谷兵庫頭(信直)  門田藤四郎★  
上原(34)★   池上★  椋梨治部少輔(弘平)◆

 向かって右の上座から
  法泉寺  元就様  平賀殿  隆景様  石原源介  桂元澄 
古志左衛門大夫★(35)   梨子羽又次郎(宣平)◆  乃美弾正忠(隆興)◆

 (末席は略)

 ・御湯漬 五三々膳組

 ・能初 近江大夫
  脇  難波梅 田村 定家 鞍馬天狗 鈴木
      皇帝 卒塔婆小町 杜若 白楽天

  お伴の衆から芝居へ樽折が贈られた。
  舞台へ元就様・隆元様・隆景様・奥方様それぞれより上衣が贈られた。
  舞台へ国衆からそれぞれ折紙が贈られた。

 ・初献

 ・二献
  板   生鶴(36)  篠原四郎左衛門包刀・・・隆元様より御太刀と折紙が贈られた。

 ・三献

 ・四献

 ・五献

 ・御再進  4名
  御湯   4名
  御座敷奉行  1名
  御燭の心  1名



御一行様のご滞在中、毎日様々な催し物があったが大きな宴会は3回。

全体の流れについては、お迎えの饗応の記事から応用してね。

では、これはどんな会なのか、顔ぶれを見てみましょう。
つっても、わからない人もいるんだけどね(笑)。


◆マークの人は、小早川家臣。
椋梨弘平と梨子羽宣平コンビはお迎えに出てきたから割愛。
乃美隆興 は相続イベントで顔を出しました。

★マークの中には知らない人もいたんだけど、調べたところでは
備後国人衆らしい。

(34)はホントに「上原」としか書いてないんだけど、
この人たぶん、 「日幡城」 で出てきた上原さんじゃないのかなあ・・・
ただ、上原元祐なら隆景の義理の弟にあたるんだから、
「上原殿」とか書いてもよさそうだけど。

てか、この次の饗応には「上原殿」が出てくるんだよな。
こんな風に記述が一定じゃないので、こちらとしては頭の痛いところ。


そして(35)、ちょっと変わった名前なので記憶にある方もおられるかもしれませんが、
この方は 「三原城(8)」 の2番目の記事で書いた、被害者の古志さんかと思われます。


「石原源介」がどなたかはわからないんだけど、
山名系の国人に石原氏ってのがいるから、そのあたりかと思われる。

残りは元就親子・縁戚関係・同盟者・毛利重臣といったメンバー。



ということで、どうもこれは主に備後国人衆のお目通りの場らしいな。

備後国人衆は、毛利家に直接というよりは
隆景を通して毛利家につながっていた。
新高山城内に人質がいたかはわからないけど、少なくとも三原城にはいた。
毛利家じゃなく、隆景の元に人質を送っていたってことだね。

国人衆の方にも、「隆景様にお願いすれば何とかなる!」という意識があり、
現に隆景が筑前名島へ引っ越した後でさえ、調停を依頼した備後国人もいた。

なので、言ってみれば山陽エリア統括部長(隆景)の主催するパーティーに、
大企業の会長(元就)と社長(隆元)にご挨拶するために
山陽エリア下の各支店長(国人衆)が招かれたような感じ?

元就・隆元と隆景のどちらがこの場を企画したのかはわからないけど、
ただの遠足で終わらないところがさすがだな。


この宴でも、それぞれお酌をする人が決められてるんだけど、
竹原衆の名前もぽちぽち混ざっていて、

「両家とも、仲良くやってるか~い?」

ってエール(ツッコミ?)を送りたくなる



この顔ぶれのためなのか、お迎えの饗応に比べると幾分簡素な感じは
否めないものの、ここでも二献で庖丁式が行われている。

で、(36)の「生鶴」ね。

生とありますが、鶴の刺身じゃありまへん。
確かに、鳥料理でレア風なレシピもあるにはあるけどね。

「新高山城(19)」 で保存のために塩漬けにした食材のことを書いたけど、
それの対義語にあたります。
つまり、塩で保存されたんじゃない、ナマの食材ってこと。

ここではどのようにして鶴を食べたのかはわかりませんが、
ひとつ鶴のレシピをご紹介しましょう。


肉には、塩と酒をふっておく。
 濃い目の古味噌を溶いた汁をぐらぐら煮立たせておく。ダシは後で入れる。
 汁に肉を入れる。旬のものを一緒に入れるのもグッド。夏の葉物やウドなどは
 あらかじめ酒で煎ってから加える。もみ豆腐などもよい。
 香り添えにユズを加えるとよい。
 (「大草家料理書」より)


これは汁物みたいだね。
難しいレシピじゃないけど、そもそも今は食材が手に入らないからね(笑)。



庖丁式は古くからあり、その昔は主人みずからが式を行って
心からの歓待の意を表したという。

そもそものルーツがそういうものなので、
幾つかある料理の流派の庖丁家系図には、
細川政元・勝元・晴元・澄元なんて戦国ファンにはお馴染みの名前も連なっていて

「あ~、あのへん、そーゆーのやりそ~」

ってちょっと笑える。


解体ショー自体はみんなの前でやるけど、
調理は台所でされて再び客の前に出された。
ものによっては、貴人の前で調理するメニューもあったらしいけど。

「貞丈雑記」という書によると、古くは鶴の庖丁式というのは行われなかったらしい。

 【鶴は『蔭凉軒日録』の文明10年(1478)をはじめとして、
  天文から天正にかけての贈答品に多く見られる。鶴が高貴な鳥としてあがめられる
  ようになったのは、(略)天正15年(1587)秀吉が大坂城で開いた茶会以降らしい。

  正月3日の茶会は権威を示すものだったし、権力者の振る舞いに鶴が用いられた
  例と考えてよい。】
  (江後迪子「信長のおもてなし」/吉川弘文館より。漢数字は戦国ジジイが変換)


そして宮中でも正月の恒例行事として鶴の庖丁式が行われるようになったそうな。


永禄の頃の鶴の捕獲方法はわからないけど、江戸時代、
8代将軍の子・9代家重から恒例になったという鶴の献上について
ご紹介しましょう。

鶴が季節によって下りてくるポイントを「代」(しろ)といい、
千住三河島筋・小松川筋・品川目黒筋に18箇所あった。

代には11月下旬から12月にかけて「鳥見」という見張りを置き、
餌付けなどをしてターゲットを馴らしていく。

馴れた頃合いを見計らって鷹匠頭へ報告。鷹匠頭⇒若年寄⇒老中へと報告が進み、
鷹狩りの日取りが将軍へ通達される。

当日。
鳥見が大きな日の丸の扇を高くあげてターゲットへと近づき、
驚いた鶴が飛び立とうとする間合いで将軍が鷹を放つ。

実際は1羽の鷹で鶴をとらえることは難しいそうで、
その場合は鷹匠が後詰の鷹を放つ。

こうして捕えられた鶴は将軍の御前に引き出され、
鷹匠が鶴の左わき腹を開いて鷹に内臓を与え、その後は
赤ずきんちゃんよろしく鶴のお腹に塩を詰めて再び縫い合わせ、
夜を日に継いで京まで輸送。

京では贈られた鶴の肉を吸い物にして新年三が日の朝の供御(くご)になったという。

供御とは、貴人に出されるお膳のこと。
明応9年の大内義興さんの饗応の中にも、供御は出されました。
いちおう、御成として整えられた場だったからね。


一方、鶴を送り出した江戸では、功労者への表彰式が行われた。
鶴を捕えた鷹匠には金5両。鷹をおさえた者には金3両。
そして狩りの主役である鶴を捕えた鷹には紫のふさを付けて隠居が命じられた

狩の後に行われた午餐では酒樽を開き、鶴の血をしぼって混ぜた「鶴酒」が
お供に振舞われたという。

ああ、鶴の残酷物語・・・



さて、日記の宴に話を戻しますと、隆景の妻からも芸人衆へ贈り物がなされている。
てことは、この場にいたんだ?
そういえば、金吾(秀秋)の婚礼の宴でも沼田の姫は陰から見てたみたいだしな。

こうやって書いてくれないとわからないけど、
この他の饗応でも大事な場面では奥方様が陰から見てたのかもしれないな。

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最終更新日  2013年04月05日 21時07分39秒


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