戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2013年03月30日
XML
カテゴリ: 城(中国)
ほれぼれするような本丸切岸を背にして、
今度は北東郭群の東側の区画へ入ります。


東西条・新高山城109・匡真寺跡(北東郭群2・釣井の段)


左が釣井の段、右が手前からライゲンガ丸、東の丸と看板の縄張図にあります。

 【釣井の段(井戸郭)

  上下二段からなるこの井戸郭は、東西南北ともに50m余という城内最大の郭である。
  上段の郭には径約2mの円形石積井戸が四ヶ所、下段の郭には径約4.2mと
  2.2mの円形石積井戸が残っている。
  今なお、清水を湛えたものもあり、城主をはじめ多くの家臣団の城内生活を

  (現地解説板より)


この右側エリアをお隣の中の丸から見た写真を 「新高山城(28)」 に載せましたが、
木があって若干見通しは悪いものの、あの通り広いです。

それに、釣井の段とライゲンガ丸との段差はそうないので、
一緒に見渡せるからよけい広く感じます。
これを南の正面から撮った写真がなぜかないんだけど、
広すぎてやめたのかもしれない(笑)。

して、ここには解説の通りの目玉商品があるので、
わりかし良く紹介されてます。
以下、本丸のある南側から奥の北側へ歩いていった写真です。





東西条・新高山城223・釣井の段・井戸跡1



その近くに残る石垣↓。
この上段がライゲンガ丸。


東西条・新高山城225・釣井の段からライゲンガ丸



第2の井戸↓。



東西条・新高山城226・釣井の段・井戸跡2



その近くの石組↓。
こんな感じの低い石垣で、細かく区分けされてたのかもしれない。
これだけ広いから、ここには家臣屋敷が建ち並んでたかな~と私は思ってるんだけど。


東西条・新高山城228・釣井の段



第3の井戸↓。


東西条・新高山城229・釣井の段・井戸跡3



これもライゲンガ丸の石垣・・・かな?↓


東西条・新高山城231・釣井の段


「ライゲンガ」って、元は漢字が当てはめられてたはずだけど、
どういう由来の名前なんだろう?

雷原?頼玄?
「元就来たる!」の「来元」とか・・・アハハ・・・


新高山城の縄張図は結構世間に出回っていて、郭の名称については
それぞれで違っている部分も多い。
私のブログでは、匡真寺跡にあった看板の縄張図の名称を使ってます。

私の持ってる古図の「沼田新高山之図」は 福山の資料館 で親切なおじさんに
コピーさせてもらったものなんだけど、大きい図じゃないので
各郭に書き込まれてる文字までは読めない。

そもそもこの図って、何かの企画展の図録みたいなものに載ってたんだけど、
古図の下に「当館蔵」と書かれているものの、どこの資料館だかもうわからない
沢山資料を貸してもらったから、どこかに書名はメモした気がするんだけど、
今は見つからない。
広島市内の博物館とかだった気がするんだけどなあ・・・



釣井の段にちょっと入ったところから後ろを振り返ると、
高くそびえる本丸切岸が美しい↓。


東西条・新高山城232・釣井の段から中の丸北西郭の切岸


土の造形を美しいと感じるようになった時点で
変わったよな~、私・・・と自分で苦笑せずにはいられないんだけど(笑)。



これは釣井の段に残る石列↓。
これに沿って、建物でも置かれてたかな。


東西条・新高山城233・釣井の段


この写真の左奥には、道のようなものが延びている。
が、今回は初めてということもあり、ノーマルに見られる範囲でしか城跡を歩いてない。

中の丸もそうだったけど、手前に比べて奥の方は
そんなに矢竹が刈り込まれてるという風でもなく、
現地ではいちおう郭をまんべんなく歩いたはずなのに、後から写真を見ると

「あれ、ここ道っぽくない?」

って場所も結構あるし、道はしっかりしててもどこに通じる道なのか
わからない場合にはあえて進まなかった。

で、上の写真の奥は縄張図を見るとどんづまりになってる可能性が高そうだけど、
もしかしたら 中の丸で行かれなかった下段 (リンク先の水色の郭)に
通じてるかもしれないから、今度は行ってみよう。



石垣と連結した第4の井戸↓。


東西条・新高山城235・釣井の段・井戸跡4


東西条・新高山城236・釣井の段・井戸跡4



まあまあ、どこも埋まっちゃって・・・
「目で見る400年の歳月」って感じだよな。


で、一段下がってこちらが釣井の段北側の下段↓。
そして第5の井戸。


東西条・新高山城237・釣井の段・井戸跡5



東西条・新高山城238・釣井の段・井戸跡5



ほとんど埋まっちゃってますが、かなりデカいッス。
これが釣井の段で一番大きな井戸かな。


この下段は、縄張図で見る限りそんなに狭い区画でもないんだけど、
写真の通り結構矢竹が残っていて奥まった場所なので、
ちょっと寂しげなカンジ・・・ 


ところがですね、実際に井戸のところまで行って右上を見上げると、
なかなか素敵な光景が広がってるんです


東西条・新高山城239・釣井の段下段から東の段


この上は、ライゲンガ丸の北側にある東の丸。
このあたりは割と複雑な造りになってるようだけど、石垣も結構残ってるし、
こんなに高低差があるとは思わなかったな~。


そしてこれがラスト、第6の井戸↓。


東西条・新高山城240・釣井の段・井戸跡6



完全に埋まっちゃってます。
が、これもかなり大きかった。

新高山城の訪城記の中では「水が溜まってた」って書いてる人もいるけど、
私が行った時は1つとして水が確認できたものはなかった。
冬枯れか?(笑)

この井戸は釣井の段下段の最奥部にあるんだけど、
上の写真にもあるように、右手の東の丸の石垣が目を引く。
なので、吸いこまれるようにふらふらと石垣に近づいて・・・


東西条・新高山城242・釣井の段最北部から東の段



明らかに石を横に寝かせている・・・
これを誰が積んだのかは知らないけど、積み方は穴太衆と同じな訳だな。

「うふふ、ここは 『あぶり』 じゃないのね」

って1人でニヤニヤするわたくし・・・


この場所は一番上の縄張図で★マークのところにあたります。
図では釣井の段はここで終わってるんだけど、
その先にも東の丸の石垣は続いてる・・・
ああ、もうちょっとコレ見たいな~。

石垣の下を見ると、ちゃんとした道ではないものの、
崩れやすい斜面って訳でもなさそう。
もうちょっとだけ・・・
地面が柔らかかったら危ないので、すぐ引き返してこよう・・・

てな訳で、こわごわ矢印の先へ↓。


東西条・新高山城243・釣井の段最北部から先-2


東西条・新高山城244・243先から東の段


東西条・新高山城246・245から東の段



東西条・新高山城248・東の段石垣


ヤ~ン、こんなに残ってるんじゃな~い

ここまで足を踏み入れる人はそういなさそうだよな。
ぱっと見、道になってないところだし。

けど、頼りない部分を越えると結構しっかりした道が付いてて、
降りたところにはさらに西側へと続く道が延びていた↓。


東西条・新高山城245・243先


まあ、この時はこれ以上チャレンジする気はなかったので
ここで引き返した。
新高山城には各郭をつなぐ小道があちこちに付けられてるというから、
1度歩いてもう構造は把握できたし、今度はこの道を行ってみるつもり。
もしかしたら、中の丸の水色郭へ通じてる道なのかもしれないし。

古図では、釣井の段の真下に北に延びる道のようなものが描かれてる。
また、東の丸の稜線の先には「護摩の段」と呼ばれる小さな郭があるようなので、
この辺の探索は次回のお楽しみだな

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年03月30日 18時32分00秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: