戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年03月31日
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カテゴリ: 城(中国)
釣井の段に復帰。

北側から南を写したところ↓。
右が北東郭群中の丸の切岸。


東西条・新高山城245・釣井の段北側から中の丸北西郭の切岸



この辺からは正直言ってかなり記憶がアヤシイ・・・
が、ひとまずこれは左側がライゲンガ丸(のはず)↓。


東西条・新高山城250・ライゲンガ丸



南の方まで戻ったところで、石垣の切れ目があった↓。
入口にしちゃずいぶんミニマムだけど、とりあえずここからライゲンガ丸に上がる。


東西条・新高山城251・ライゲンガ丸



東西条・新高山城249・ライゲンガ丸


東西条・新高山城224・釣井の段からライゲンガ丸


ここにも石はごろごろしてたけど、地面の状況は釣井の段ほど良くない。
ここもそれなりに歩いたはずだけど、写真が少ないので記憶がイマイチ。
木が結構あったからかもしれない。
中には、こんな木もあった↓。


東西条・新高山城248・ライゲンガ丸



岩を割って天に伸びる木。
これも時間の流れを感じさせる。



竹原家の居城は木村城。
隆景が竹原家当主のまま沼田家を継いだ時点で、




塀や櫓も割りあてて修理させんさい」 

(※「はずさせてはいけない」の意)

と言って破城にはしなかった。
有事の際に備えて整備を続けさせたという、慎重な隆景らしいエピソードが残っている。

しかし、慶長になって新高山城から三原城へ引き上げる際には、

もう新高山城を城として使えるような維持管理は命じなかった。

再び戦国の世に戻ることはもうないのだと、
大きな時代の流れを実感していたのだろうか。



ライゲンガ丸から見上げる本丸↓。


東西条・新高山城252・ライゲンガ丸南端から本丸


これだけの城を若き日に造り上げて、
どんな思いで新高山城にピリオドを打ったのだろう。
そして隆景は静かに山を降りた・・・



誰もいない城跡は、色々な事を考えるのにぴったり。
素晴らしい遺構を堪能して、ほとんどお腹いっぱい状態で
再び中央部の中の丸へ戻る細道へ向かう。


東西条・新高山城254・中の丸北西郭への切り通し


この道は、こちら側の本丸大手の方から見る方が綺麗だわね。
で、中央部へ戻りました↓。


東西条・新高山城109・匡真寺跡(中の丸)


山上部入口の先には、北側の船木へ降りる道がある↓。


東西条・新高山城153・中の丸西郭



船木への道は、もう1本ある。
今回は来た道へ戻るからこの道は使わないけど、
歩いた人の話によると、どちらかの道はあんまり良くないらしい。
途中で合流するのかもしれないけど。

この道は、今度来た時には途中まででも使うかもしれない。


この案内の先、中央部中の丸の西側には一段高くなったところがあります↓。


東西条・新高山城255・中の丸西郭最西部


みんなが歩いてできたような道も右側にあるけど、
せっかく石段らしきものが残ってるんだから、左の石段から上へ。
上がる途中には、また岩を割ってすごい形で伸びる木があった↓。


東西条・新高山城257・中の丸西郭最西部


樹木のパワーって、すごいもんだよな。
しかし、私にはこの木、人のひじの骨格にしか見えん・・・
いやいや、変な想像をしちゃいかんな。
で、これが上がったところ↓。


東西条・新高山城259・中の丸西郭最西部



結構広いし、ここに亭を置くのも悪くないけど、
ちょっと防御の点でどうなの~って感じだしな。
て、相変わらず会所と蹴鞠と亭のことばっか考えて郭をうろつく(笑)。

で、そこから一段下がった先が中央部中の丸の最西部だったかな↓。


東西条・新高山城260・中の丸西郭最西部



この辺から西北方面の眺め↓。


東西条・新高山城263・中の丸西郭から



遠くに見えてる高い橋は、東から空港へ向かう時にいつも見る
あの橋じゃないかな~。
結構眺めいいよな。



さてと・・・
縄張図ではこの西側にも郭が描かれているものの、
主郭部からはこれ以上行かれない。
どうしたらいいのよう・・・

そういえば、匡真寺跡の上部に分岐があったよな。
あそこから回れるかな?
とゆーことで、中の丸を降りて登山道をしばし戻る。



次に行くのはこちら↓、西北の郭群。


東西条・新高山城109・匡真寺跡(北西郭群)




東西条・新高山城109・匡真寺跡(西郭群)


中央部中の丸を南側から回り込む道では、中の丸を支える岩塊が見られる↓。


東西条・新高山城265・三の丸へ・中の丸西郭最西部切岸


中の丸との分岐のところではホントに道かな?って感じもあったけど、
ちょっと歩くとしっかりした道が現れたので安心して進む↓。


東西条・新高山城266・三の丸へ


で、こちらが中央部中の丸の西側直下↓。
この道はこのままぐるりと中の丸を取り巻くようになってるんだけど、
今回は北側の道は通らなかった。

この辺りは小道があちこちに通っているようだし、
分岐にはいちいち案内板が建ってる訳じゃないので、
構造をきちんと把握してないと恐い思いをすることにもなりかねん
再訪した時には、色々通ってみるつもりだけど。



東西条・新高山城267・石弓の段入口


上の写真を反対側から見たところ↓。
木がジャマだけど、こちらから見た方が綺麗だな。


東西条・新高山城269・石弓の段と中の丸西郭最西部の切岸



ここから西側が三の丸の縄張。
中の丸直下から西側の全景を見たところ↓。


東西条・新高山城270・石弓の段から西の丸全景



あらま、ずいぶんと細長い・・・
写真の手前部分が石弓の段と呼ばれるところ。
先まで歩いていくと土塁が残り、ここにも船木へ下る案内板がある↓。


東西条・新高山城271・西の丸



古図ではこの辺から延びてる道があって、中央部中の丸にある下山道あたりと
合流するように描かれてるんだよなあ・・・
昔の道がそのまま残ってるってことなのかな。
そしてその先には、北側へと降りる大きな道みたいのが描かれている。

他にも別のところへ出る道があるようだから、
実際に歩いてみないとわからんな。
今回は行かないけどね。



それでここの土塁・・・

「どこを歩けばいいの?」

って詰まった。
それもそのはず、ここは箱薬研になっていたのだ。
普通に進めないのは当たり前。
で、ここでは左の斜面ギリギリのところから上に進んだ↓。


東西条・新高山城272・西の丸



してここが西の丸↓。
先が一段高くなっている。これが三の丸の最上部。


東西条・新高山城273・西の丸



脇の道から上へ↓。
ここにも石組みの名残がある。


東西条・新高山城276・西の丸最上段へ


東西条・新高山城277・西の丸最上段



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最終更新日  2013年03月31日 16時14分15秒


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