戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2013年04月03日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
橘神社に寄ったのは、もちろん初詣もあるからだけど、



東西条・雄高山・橘神社2



橘神社の下に書いてある「明智寺霊園」。
霊園じゃなくて、明智寺へ行きたかったのだ。

この赤い矢印に惑わされた・・・

神社へ登る参道は左に付けられてるんだけど、右に山すそを回り込む道があったので、
そちらへ進むのかと思ってまずは行ってみた。


東西条・本郷・橘神社付近から雄高山




寺みたいな瓦屋根が見えた。
あれだよな、たぶん・・・

寺の大体の場所はわかってはいるものの、
詳細な地図は用意できなかったので道がわからない。
が、新高山城のすぐ近くにあるからわかるだろうとタカをくくっていた。


歩いた先に田んぼを渡る道があるのかと思ったけど、
行けども行けどもそんな道はない。
あっち側に行きたいんだけど、ワシ。


神社入口まで戻って、1本先の細い道を歩いてみる。


東西条・本郷・雄高山山麓の民家



立派な土塀だなあ~。

銃眼があれば、もっと楽しかったけど

この近くの民家には、おなじみのコイツがいた↓。


東西条・本郷・雄高山山麓の民家2-2


ああ、ミワラにいるってカンジィ~!!
雨は降ってくるし疲れたし寒いし道は見つからないけど、



この道から山腹に上がる細い参道でも付けられてるんじゃないかと思ったけど、
見つからないままに寺のあるとおぼしき場所を過ぎてしまった。

おかしい・・・
今度は沼田川沿いを行ってみよう。


この道を歩いてると、相変わらずのすごい山容が目に入る。


東西条・本郷・雄高山山麓より



こっちからだと、どう見ても溶岩ドーム程度の
盛り上がりがあるようにしか見えないんだけど。
面白い山だよな~。


新高山城の登山道入口を過ぎると、対岸の高山城が近くなってくる↓。


東西条・本郷・雄高山山麓より妻高山



古高山を突き抜けているのは、山陽新幹線です。
古高山の下を抜けた後、新高山の下を抜けるルートなのだ。

広島方面からだと、新高山⇒古高山⇒三原城と
小早川領内における主要な3つの城を思いっきり通っているので、

「小早川氏に恨みのあるJR職員でもいたのか!?」

って言ってる人がいた


疲れてちんたら歩いてる間に何度か新幹線が通っていったので、
近くまで来た時に私もシャッターチャンスを狙ってみたけど、
そーゆー時に限って新幹線はやって来ない。

私は「鉄」でも「鉄子」でもないので、お目当てがやって来るまで粘る気もなく、
ほどほどのところで諦めた。

昔は、手前の道路も含め写真に写ってる地面が全部川だったんじゃないかな。
そうなると、結構広い川幅だよね。
天正の頃、この辺りを通ったナントカさんはナントカって日記の中で、
沼田川を渡るのに渡し賃がいるって事を書いてるし。
沼田川に橋が架けられたのは、明治に入ってからのことらしい。



沼田川沿いをずっと北上して行ったら、こんなものがあった↓。


東西条・本郷・雄高山山麓・沼田本郷の天然水


東西条・本郷・雄高山山麓・沼田本郷の天然水3



 【銘水「沼田本郷の天然水」のご利用方法

  ★飲料水として
   常温で飲んでも美味しいですが、冷蔵庫で10℃位に冷やすと更に美味しく
   感じます。

  ★炊飯・お料理に
   お米の炊き上げ水に、味噌汁、煮物、スープなどあらゆるお料理の旨味を
   引き立てます。

  ★焼酎の割り水に お茶・コーヒーに
   焼酎、ウィスキーや各種アルコール類などの割水として、又、お茶、コーヒーなどに
   おいしさを引き出し、味わいをまろやかにします。】


ふ~ん、こんなのあるんだ・・・
しかし、空きのペットボトルなどはなかったので水は汲まなかった。
いちおう、有料だったし。

【100円硬貨1枚を入れたら、20リットルの天然水が出て止まります】

って、そんなにいらんわ!!


で、この奥に 「新高山城(32)」 で紹介した想像図の看板があった訳です。
看板の奥には、なぜかこんなものまで・・・


東西条・本郷・雄高山山麓・天然水付近


東西条・本郷・雄高山山麓・天然水付近2


う~ん、なかなか良くできてるけど、
なんでこんなとこにこんなものが?
塔より寺だよ~、寺!!


この先までもうしばらく行ってみたけど、
道は細いし、どうも違うみたい・・・
おっかしいな~。

この後、橘神社から北側を何度も歩いて探し回りました。
だって、小早川ゆかりの寺だからどうしても行きたかったんだもん

屋根は見えてるのにな~。
どうやったらあそこまで行けるんだろう・・・


東西条・本郷・雄高山山麓から明智寺2-2



歩いてる途中、民家のブロック塀にこんなのを見つけた↓。


東西条・本郷・雄高山山麓の民家3



あれ?これ、ミワラの 「笑う塀」 と同じやつじゃん?
なんだ、特別なやつじゃなかったんだ、あれ(笑)。



探し始めてかれこれ1時間近く。
また橘神社まで戻って案内板を見直して、もう1度だけ行ってみよう、
これで見つからなかったら諦めよう・・・と沼田川沿いを歩きだす。

狭い範囲をこれだけ歩き回って道が見つからないなんて、おかしい・・・
しかし、やっぱり見つからなかった。
諦めようと決めたのに諦めきれず、しつこく歩いていて、
ふと登山口を入ったところにも道があったよな、って思い出した。

日の短い時期なので、薄暗くなり始めた中を登山道入口へ入る。 


この後もしばらく行きつ戻りつしてモタモタしてたけど、
登山道へ入って竹の棒が置いてあったところに
城方面と反対に行く道があったのを思い出して、山道を上がっていった。

それで、ようやく着いたのが


東西条・本郷・雄高山・明智寺2


だいぶ色あせちゃってるけど、確かに小早川紋だ。
やっと見つけたあ~!!

この明智寺は、小早川則平(1373~1433)が嘉吉元年(1441)に
建立した寺なんだそうな。

手持ちの資料ではこれ以上の詳しいことはわからないので、
縁起とかあればできればいただきたかったんだけど、
元日の夕方でひっそり静まり返ってる中を

「たのも~!!」

するのも気がひけたので、諦めた。
まあ、来られただけでもいいや。


沼田小早川当主・則平は、佛通寺を創建した春平の子。
春平の死後、引き続き佛通寺の整備に力を入れた人でもあります。

この場所は新高山城内にあたるけど、もともと新高山にも
小早川氏の副塁が置かれてた訳だし、ここに則平の寺があるのは別に不思議じゃない。
あるいは新高山城を廃城にした後に移ってきた可能性もあるけど、
もしかしたら創建当初からずっとここにあったものかもしれないよな。


新高山城の人気はこの辺では高いと思うけど、
城を訪れる人の関心は大抵隆景一代に限られていて、
隆景以前の小早川氏に興味を持っている人はかなり少ない。

登山道に明智寺への案内が出てる訳でもないし、
小早川氏そのものに興味を持つ人は少ないので、
この寺を紹介してる人も必然的に少ない。

だけど、遠い昔に則平が建てた寺はひっそりと、でも確実に新高山に残ってる。
建物は当時のままじゃないことは明らかだけど、
それでも嬉しいことだよな


誰もいない小さな境内には、こんなものが建っていた↓。


東西条・本郷・雄高山・明智寺1



アハハ、ミワラにも沢山400年記念のものがあったけど、
お祭りムードは本郷にまで波及してたんだ~。

ああ、今の行政区では本郷も三原市内なんだけどね。
でも、私の中では本郷・・・というか沼田とミワラは違う。
そもそも、昔は安芸と備後で国も違ってたし。


境内には、他にもこんなのがあった↓。


東西条・本郷・雄高山・明智寺3


朝、沼田川沿いを歩いてる時に87番があったから、その前なんだな。
しかし、この辺には別の霊場もあるって何かで読んだから、
「三原新四国」じゃないのかもしれない。


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年04月03日 22時26分05秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: