戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年04月19日
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カテゴリ: 城(中国)
では、平成の世に再び戻って下山を開始します。

大きい城っていうから、見るのにも時間かかるかな~と思ったけど、
郭の周囲を全く観察できない分、見るところも限られちゃうから、
案外あっさり終わっちゃったな~。
まだ11:00だし・・・

まあ、この後もあちこち見て回るつもりだから
これはこれでいいか


下山に使う道はこれ↓。


東西条・頭崎城154・鳥居の段への分岐-2




大将陣から入ってこちらの正面口への道を降りる方はちょっと気をつけた方がいいかも。



東西条・頭崎城登山口3-3



下山開始といっても、まだ見どころはあります。
これから向かうのは、上の縄張図で下にある白く塗った区画。
という訳で、ここから南に降りていきます。


東西条・頭崎城184・鳥居の段へ



東西条・頭崎城185・鳥居の段へ



道はしっかりしているものの、脇の斜面はヤブだらけ。
もうちょっと見通しが良かったら、見事な土の造形なんかも確認できるでしょうに

普通の山道だと思ってください。
下の段へ降りてく間には水場とかもあるらしいんだけど、ちょっとわからなかったし。

時折は、ヤブに紛れて石積みの跡らしいものも見えますが↓。


東西条・頭崎城188・鳥居の段へ



そのうち、大岩が出てくる↓。


東西条・頭崎城190・鳥居の段へ



ちょうどこの辺りで、カメラがウンともスンとも言わなくなっちゃって、
まっつぁおになりながら大岩の下で電池を入れ替えたんだっけか。
電池を替えたら動いたからよかったけど。
壊れたかと思って焦ったじゃないか

一瞬、 赤間ヶ関の悪夢 が頭をよぎったのは言うまでもありませぬ・・・
だって、古戦場だしさ(←まだ恐い)。



東西条・頭崎城192・鳥居の段へ



この辺の道には、礎石のような石があった。
小さな門でも置いてたのかな?

で、この先が↓


東西条・頭崎城194・鳥居の段



鳥居をくぐって振り返ったとこ↓。


東西条・頭崎城195・鳥居の段



東西条・頭崎城196・鳥居の段




鳥居の先から振り返ったとこ↓。


東西条・頭崎城198・鳥居の段



で、以下が鳥居の段↓。


東西条・頭崎城199・鳥居の段



下段を見下ろしたところ↓。


東西条・頭崎城200・鳥居の段



下段には確か降りられたと思う↓。
土塁も残ってたかな?


東西条・頭崎城201・鳥居の段


東西条・頭崎城202・鳥居の段



そんなに広くもないので、すぐ見終わっちゃいます
んで、石積みなどを脇目に探しながら、ここから下山~。


東西条・頭崎城204・下山道



登山道の脇には、人の手が入ったような地形も時おり見える↓。


東西条・頭崎城205・下山道



東西条・頭崎城207・下山道



東西条・頭崎城208・下山道



極楽寺ルートに比べると、こちらの道には時折岩が露出しているので
下る時にはちょっと注意が必要。
このあたりまで来ると、道はだいぶ緩やかになる↓。


東西条・頭崎城209・下山道



が、緩やかなら歩きいいかというとそうでもなく、
下りの途中から粘土質の道になってくるので、つるつる滑って
気をつけてはいても、何度も転びそうになった。
いや、確か一度転んだな(笑)。

そういう訳で、こちらの道は危ないし疲れます


だいぶ降りてきたかな~と思った頃、分岐が出た↓。
標識は、ない。


東西条・頭崎城210・下山道



えええ~、ここに来てこんなの困るんだけど!!

右の道には、水色のテープがある↓。


東西条・頭崎城211・下山道-2



一般的に、登山道ではテープが道しるべになるもんだけど、
誰がどういう目的で付けたものかもわからないしな・・・
なので、あんまりアテにはできない。

迷ったあげく、まっすぐの道を進んだ。
後から地図を見たら、どっちの道も道路には出られたみたいだけど。 


この先も、粘土質の道は続く。
なるべく滑らないような足の置場を探しながら歩くものの、
こんな風に時折道が狭くて逃げ場がない時なんかはそろそろと慎重に歩くしかない↓。


東西条・頭崎城212・下山道



分岐からゆっくり歩いて10分ほどのところで、やっと登山口を示す案内が出た。
これは振り返ったとこ↓。
私は左の道から来た。というか、左が登山道です(笑)。


東西条・頭崎城213・下山道



この先はこんな道↓。
ああ、やっと人界に戻ったあ~。
マジで疲れたわ、この道


東西条・頭崎城215・下山道


ここを抜けると、里の風景が広がる。
右の脇道を降りる↓。


東西条・頭崎城216・正面口



降りきったところには、これが建ってた↓。


東西条・頭崎城217・正面口


東西条・頭崎城218・正面口




平賀氏が安芸に来て最初に築いた城、御薗宇(みそのう)城は、
ここからすごく遠いというほどでもない。
御薗宇城の近くには、平賀家の墓もあるということなので、
ホントは行きたかった。

けど、他にも行きたいところが色々あったので、
今回はそちらは諦めた


山上にあった解説板には、

 【付近には「御屋敷」「蔵屋敷」という地名や常楽寺跡などが残り、居館や寺院、
  家臣の屋敷を配置していたころがわかります。このように、頭崎城は戦国時代末期の
  国人領主を考えるうえで、非常に貴重な遺跡です。】

とあった。

県の教育委員会のホームページ「ホットライン教育ひろしま」によると、
頭崎山の山麓には屋敷跡・井戸跡・大工屋敷などの跡が残っているらしいが、
ネットではさすがにそこまでは調べられない。
調査報告書とかを見ないと、その場所まではわからないだろうな



最初の城・御薗宇城、弘保が築いたとされる白山城、今回の頭崎城、
そして平賀家の墓をあわせて現在では「平賀氏の遺跡」として
県の史跡に指定されている。

そしてこれらのスポットは、白市駅に設置されてる看板で紹介されている。
平賀氏は江戸期にはこの地にいなかったのに、

「『俺っちの殿様』として扱われてるんだな~」

って、(よそ者のくせに)ちょっと嬉しくなった



※「東西条バトル編(17)」へと続きます。


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最終更新日  2013年04月19日 22時00分17秒


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