戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年04月22日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
本殿を見始めたら、宮司さんが出てきて少し説明をしてくださった。
遠目からじゃわかりにくいけど、近寄ってみるとかなり沢山の彫物がある。

私はこれらをゆっくり見させていただくことにして、
宮司さんは次の参拝客が来たので中に戻っていった。


いただいた資料の中には、本殿に関する中国新聞のコピーもあった。
あら、これ広島大の三浦先生が書いたものだわ。
今は教授だけど、コピーには助教ってある。
平成元年の記事だから、当時は助教だったってことか(笑)。

全文はちょっと長いので、一部を抜粋して引用させていただきます。



  思わせる。それもそのはず、この本殿はまさに、桃山時代の神社本殿の直系というべき
  もので、豊臣氏ゆかりの大坂からはるばる運ばれてきたものである。
  そのため、豊臣秀頼が大阪府下に数多く造営した、華麗な桃山時代の本殿の意匠と
  共通する点が少なくない。

  この本殿が造営された江戸中期には、商品経済が発達し、高級品は大坂から
  買い求められるようになる。
  寺院本殿の本尊を納める厨子や欄間(らんま)の彫り物をはじめ、多くの法具や
  祭具が大坂から入ってきた。そして、ついには神社本殿のような建築物までが
  大坂で造られて運ばれた。(中略)

  大坂から運ばれた神社本殿は、広島県の社寺建築の意匠に大きな影響を与えた。
  それまでの中世風の意匠が急速にすたれ、大阪や江戸で流行していた、本格的な

  (平成元年4月22付 中国新聞「ふるさとの古建築」より)


ということであります。


では、その華麗な意匠をまとめてご紹介しましょう。
カメラの腕がもうちょっと良かったら、もっとこの良さをお伝えできたと思いますが、
機会があれば是非実物を見てってください。


東西条・白市・福岡八幡宮16



東西条・白市・福岡八幡宮17



東西条・白市・福岡八幡宮18



東西条・白市・福岡八幡宮19



東西条・白市・福岡八幡宮22


東西条・白市・福岡八幡宮50




ここまでは、本殿の正面側だったかな。
どこでも好きな場所から撮影できる訳でもないから、
ちょっと見にくい部分もあって申し訳ありませんが。

で、ここからは本殿の妻側。
妻の正面は神域なので、こちらも正面からの撮影はできないし
望遠だとどうしてもブレがちなのですべての意匠を掲載できないのが残念です


東西条・白市・福岡八幡宮26



東西条・白市・福岡八幡宮27



軒が深いからかな、あまり他では見ないような
複雑で凝った造りになっている。 


東西条・白市・福岡八幡宮28



東西条・白市・福岡八幡宮37



本殿の妻で面白いのがこの部分↓。


東西条・白市・福岡八幡宮26-2



どれも上の荷重をうける部材なんだけど、まずは下の右側↓。


東西条・白市・福岡八幡宮32



天邪鬼なのよ~これ!
天邪鬼が、上の斗を

「ふんぬ~~~!!!」

って感じで肩で支えてる。同じく下段の左側↓。


東西条・白市・福岡八幡宮35



こちらはちょっと顔の部分が欠損しているようでわかりにくいけど、
右側と同じく上の斗を支えてる。
こちらの方は腕を支えにしているようで、ちょうどバーベルを
顔の位置まで上げたような格好になっている。 

で、上段はどんなかといいますと↓


東西条・白市・福岡八幡宮27-3



横に渡ってる柱は虹梁(こうりょう)といって、これも梁の一種。
その虹梁に邪鬼が噛みついてる(笑)。

これは確かに桃山風だわ・・・

この神社を予定に組み込んだのは、単に弘保の創建といわれてたからで、
こんな華麗な本殿があるなんてことは微塵も知らなかった。
思いもかけず、いいもの見たなあ~


本殿の向かって左側の回廊の奥にはガードマンがおわすんだけど、


東西条・白市・福岡八幡宮38




首が落ちても微動だにせず本殿を守るガーディアン・・・  

右側の回廊には、この方がいらした↓。


東西条・白市・福岡八幡宮51



よかった、こちらはお首がちゃんとある


拝殿の正面に戻りまして、狛犬の続き↓。


東西条・白市・福岡八幡宮47


東西条・白市・福岡八幡宮46



・・・しっぽのつなぎの部分が変じゃね?
新しいものに比べると、ちょっと洗練されてないカンジ。 



東西条・白市・福岡八幡宮48



東西条・白市・福岡八幡宮49



口の中にあるのは、ちっこい玉か?
それとも、舌が出ちゃってるのか?(笑)
下から見上げてるだけでは、わかりませなんだ・・・


そして・・・
この境内には、ちと変わったものがある↓。


東西条・白市・福岡八幡宮53



牛乳ビン・・・
いやいや、この文言と形からしてこれはきっと・・・
裏へ回ったら、なにやらびっしりと文言が書いてあったので、
とりあえず何枚も写真に収めてきました。


 【至誠奉公   海軍大将 鈴木貫太郎書

  本兵器の説明
  本砲弾は30糎12吋砲身に使用する○○にして直径1尺長さ3尺1寸4分
  砲量100貫価格700圓1○○○○○○
  優良なる銅材を用い其夫端は○○○○特の焼入法により高き硬度となせるもの

  ○して内部心空に灼薬を充填し軍艦装甲鈑を貫通するや直に信管によりて灼薬点火し
  軍艦を損傷し或は沈没せしむ
  本砲弾で45口径12吋砲身に装填し装薬にて発射する時は約2里の距離に於て
  10吋銅鈑を貫通し得べし
  而て砲身の仰角30度に於ける弾丸到達距離は約6里半なり

  右呉市在住東高屋村人会の依嘱により謹記す
  大正12年8月20日
  海軍校師正七位勲六等 齋藤明○】


一部磨耗しているので、○に置き換えた部分以外でも
読み違えてる箇所もあるかもしれませんが。

兵器の知識がある訳じゃないし、好きな訳でもないけど、
これを設置した人の思いというものがやはりあると思うので、
どうにもわからない物以外は私はなるべくスルーしないようにしている。


結構神社って、このテの遺物があるんだよね。
門司の 清年神社 にもあったし。

清年神社のは現物だと思うけど、こちらのは石で復元されたものです。
これの銅製バージョンが実際に使われてたのか・・・


まあ、こーゆーのには興味のない方が多いかもしれませんが、
靖国神社の遊就館には先の大戦で使用された色々なものが展示されてます。
私が行った時は、回天(いわゆる人間魚雷)とかもそのまんま展示されてたっけ。

遠方の方はなかなか来られないかもしれませんが、
日本人ならぜひ一度は靖国神社へ参拝して欲しいものだと、個人的には思いますね。
これも歴史ですから。

それらの歴史の先っぽに、今の私達がいるんです。


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最終更新日  2013年04月22日 22時07分34秒
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