戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年04月23日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
満足して福岡八幡神社を出る。

ここから真東に行けば白山城に着くけど、見たいところもあったし
わかりやすい道を行った方が安心なので、少し北上しながら白市へ向かう。


東西条・白市へ2



赤い瓦のお屋根がたくさん~

広島空港から白市駅へ向かう路線バスの中でも思ったけど、この辺りは特に赤瓦が多い。
赤い石州瓦は、広島の建築の特徴のひとつ。
地域性はあるようだけどね。

屋根が赤いと、必然的にアイツも赤くなる↓。


東西条・白市へ3



立派なお宅も多い↓。


東西条・白市へ4-2




途中の道からは、頭崎山が遠くに見えた↓。


東西条・白市へ6



なんだか、ヘンな雲が出てきてるけど大丈夫かな・・・
それより、トイレ行きたい
この辺、コンビニもないしな~。


周りの風景や民家を見ながらゆっくり歩いて20分くらいすると、
白市の町に入る。
地図を見てるとそれなりの道路っぽいのに、実際はかなり細い道だった↓。
たぶん、昔の街道のままなんだろう。


東西条・白市の民家6





え~、それで、ここからです。
細い道の両側に立ち並ぶ一般民家の屋根に目を奪われたのは(笑)。



東西条・白市の民家4


↑これ、石か?
すごい変わった瓦・・・


東西条・白市の民家7



↑こちらの町並みにも、ハトが進出しておるな・・・



下のお家は、観光サイトでは「舛木家」って書いてある。
明治後期の建物なんだと。
袖壁もついてるし、立派なお宅だなあ~。

輪違紋の大棟も美しい↓。


東西条・白市の民家9



東西条・白市の民家10


袖壁(そでかべ)ってのは、四角で囲った部分ね↓。


東西条・白市の民家9-3


目隠しや防火・防音などを目的とする小さな出っ張った壁のこと。
床の間の前面などに用いられることもあるらしい。
猫這(ば)い止め、火返しとも呼ばれるんだと。

ここなんかは漆喰だし、確かに火をがっちりガードしそうだよね。


このお宅の鬼板は、


東西条・白市の民家12


なんだろう、この紋・・・
葛の葉のようにも見えるけど。

袖壁の上の屋根には、ポッポちゃん


東西条・白市の民家13



え~と、あとはもう、どんどこ写真を載せていきますね。
とにかく、一般民家の写真ばっかり撮って、
全然足が進まなかったことだけ想像していただければ(笑)。


東西条・白市の民家14



東西条・白市の民家15



これはちょっと、ハトっぽくないな・・・↓。


東西条・白市の民家16




これはまた、何とすごい・・・↓
ここの屋根も面白かった


東西条・白市の民家18



東西条・白市の民家17



これ!
これ、カメだよね?↓
人面ガメ・・・


東西条・白市の民家20



カメの後ろには、これがいる↓。


東西条・白市の民家22



どうも、形からするとカエルのように見えるんだけど・・・
おんぶガエルみたいな。



東西条・白市の民家24



ここの通りは、こんなおうちばっかり。
どれだけ私が嬉々として写真を撮りまくってたか、
わかる人にはわかるでしょう? 

そうして写真を撮りながらちまちま歩いてたら、ここまで来た↓。


東西条・白市の民家25



アラ、石垣だわ。
まあ、明らかに新しいものだけど(笑)。
って、ここではたと最初のお目当てを忘れかけてたことを思い出した。

しまった、来すぎちゃったかな・・・
道が細いので、うっかり見落としたのかもしれない。

とりあえず、この道を脇に入ってみた。


何か案内板でも立ってるだろうと探しつつも、
やはり道の脇に立つ民家につい目が行き・・・
そして、こんな留蓋を見つけた↓。


東西条・白市の民家29



「宝」?
宝船か~、これ!!

あれ、ちょっと待てよ、この形って・・・
今まで見てよくわからなかったあのテの↓


東西条・本郷・雄高山・浄応寺11
      (本郷・浄応寺)


形にちょっと似てないか?
最初は波かと思ってたけど、どっちかってゆーと船の形に似てる気がするな~。


宝船のお家はこんな外観↓。
あまり正面から堂々と写すのも申し訳ないので(笑)、遠目に側面から。


東西条・白市の民家30



この向かいには、お堂があった↓。
こんな古くて小さなお堂でも、屋根は立派。
さすがは広島。


東西条・白市の民家27



この道をしばらく奥まで行ってみたけど、何もない。
やっぱり来すぎちゃったのか・・・

少し戻って1本手前の道を入ってみる。
けど、やっぱりわからない。
地図によると、この辺のはずなんだけどな・・・↓。(場所は こちら )


東西条・白市・牛馬市周辺2


平賀弘保が白山城を築いたことによって白市(しらいち)の町が発展したと
言われてることは前にも書いた通りだけど、
広島・呉・竹原・三原・三次などへ1日の行程という立地から
交通の要衝であり、また宿場町としても栄えたという。

江戸時代の初め頃にはこの地で牛馬市が開かれ、
最盛期には期間中に500頭もの牛馬が集まったんだそうな。

私が探してたのは、その牛馬市の跡。
まあ、案内板は見つからなかったけど、この辺り一帯が



で埋め尽くされてたことに変わりはない。



往時のにぎわいを想像しながら、元の街道筋へ戻る。 
・・・戻って、最初に通り過ぎた時もなんとなく気になってたお家を
見ながら通り過ぎようとした。ら、


東西条・白市の民家32



あ、ああっ、これ!!


・・・紋がなかったら、わからなかった。
何に驚いたのかって?
これはたぶん、毛利一族の福原さんちなんですよ。

新高山城の 遠足イベント でもちょっとだけ貞俊の名前が出てきてますけどね。
毛利家の重臣で、元就の実母も福原氏の出身の方です。  

あっ、そういえば、ここって安芸だったっけ・・・(←忘れてた)
確か広島市近辺なんかでも、「毛利さん」がごろごろいるって
何かで読んだような・・・

なら、やっぱりこちらもあの福原さんのご一族なんだろうな。
思いがけないものを目にしたので、ちょっとドキドキした。


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最終更新日  2013年04月23日 21時04分18秒
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