戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年04月25日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
稲荷神社の先からは、観光サイトでも紹介されてるスポットが多い。


で、稲荷神社の先の道を脇に入る↓。


東西条・白市・養國寺1



この感じ、ちょっとミワラっぽい。
しかし、赤い屋根なのがやっぱり白市。
ミワラの寺で赤瓦ってあったっけ?

迫力ある山門を目前にしながらも、やはり脇の民家に目を奪われ・・・↓。


東西条・白市・養國寺3




こちら )


東西条・白市・養國寺5



これは屋根の一番てっぺんの大棟を望遠で撮ったものです↓。
すごいでしょ~、こんなとこまで、この細かさ!!


東西条・白市・養國寺6



東西条・白市・養國寺8



え~っと、確かこの鐘楼門の妻だったと思うんだけど↓


東西条・白市・養國寺11



なんか、懸魚(けぎょ)のところが・・・
あれって・・・


東西条・白市・養國寺10



はわわわ・・・・やっぱり・・・
あれは間違いなくスズメバチの巣
しかも、あんなにデカい・・・!!

真冬でよかった・・・
しかし、空き家だとわかってはいても、あんなデカい巣、



懸魚はもともと、雨よけの実用的側面があるからね。
あそこなら雨風しのげるし、女王様はいい場所選んだよなあ(笑)。

ハチの巣を最初に造るのは、女王様なのよ。
春になって、新王と新女王が場所を決めて自らせっせこご普請なさって、
小さなマイホームができたらせっせこ子供を作って、
あとは子供達に城をデカくさせるのだ。

ここの懸魚のヒレは小ぶりだけど、懸魚がちゃんと実用性あるって
あの巣が証明してるようなもんじゃないか?

あれ、撤去しないのかな・・・



鐘楼門の中に、もうひとつ門がある↓。
両隅にハトを乗っけて。


東西条・白市・養國寺9



その奥が本堂↓。
石州瓦の本瓦葺。


東西条・白市・養國寺13



東西条・白市・養國寺17



ここがまた、なかなか・・・
まずは正面の虹梁の上↓。


東西条・白市・養國寺18



東西条・白市・養國寺19



東西条・白市・養國寺20



東西条・白市・養國寺21



中国あたりの故事をモチーフにしてそうな感じだな。


本堂正面の欄間↓。
ちょっとだけ彩色が残ってる。
昔はもっとカラフルだったのかもしれないな。


東西条・白市・養國寺22




本堂に近寄って見上げたところ↓。


東西条・白市・養國寺23



こ、これ、どう見ても太鼓だよね。
こんなとこに太鼓がぶら下がってるの、初めて見たあ~!!

もしかして、 鰐口 の代わり?
でも鳴らせるようなものは何も下がってないから、
鰐口じゃなくて 雲板 の用をなしてるのかな。

あ~、白市、面白い

建築に興味を持つようになってからは、ただ史跡めぐりをしてた時よりも
数倍色んなことが楽しめるようになったけど、広島の建築はホントに面白い。



手挟 (たばさみ)にも、立派な彫刻が↓。
これは龍かな。


東西条・白市・養國寺24


東西条・白市・養國寺34




左右の虹梁の上にも、中国のストーリー仕立てのような彫刻が↓。


東西条・白市・養國寺25



東西条・白市・養國寺26


東西条・白市・養國寺27


東西条・白市・養國寺30



東西条・白市・養國寺32




ふう、首が疲れたけど見ごたえあったなあ
どれどれ、あとは床下を・・・ 


東西条・白市・養國寺35



ここはご覧の通り床が高く造られているので、
いつもみたいに頭が地面につくほどかがみこまなくて済む(笑)。


東西条・白市・養國寺36



うわあ、この中どうなってるんだろう。
物置き場みたいな感じかな?
でもたぶん、床が高いんだから柱はむき出しになってるハズだよな。



で、戸に手をかけてみました。
が、かっちり閉まってました。
もう立派な不審者・・・



東広島市の観光サイトによると、この養国寺は

 【元暦元年(1184)創建。元々は真言宗の寺院でしたが、 天正年間
  (1500年代後半)より浄土真宗白龍山・養国寺と称しています。
  本堂、鐘楼門ともに江戸時代の建物で、本堂は、当時のものとしては規模が大きく
  装飾的です。 廊下には、近郷に例を見ない二十四孝板彫りの欄間があります。】
  (東広島市観光情報サイト「東広島~ようこそ吟醸酒のふる里へ~」より)


とある。

こちらのサイトには観光マップも載っていて、そのマップの方では
天正年間(1673)に改称したとある。

福岡八幡神社の紹介と同じく、明らかに年が間違ってるんだけど、
「1573年~」って言いたいのかな・・・


「安芸門徒」という言葉で有名なように、安芸は真宗の勢力が強い。

蓮如の時代の36年間には、安芸国内で真宗として開基された寺院は32。
対して、養国寺のように転宗した寺院は38。
石山本願寺時代の50年間になると、開基寺院が61に対して転宗寺院が87と
転宗寺院の数が開基寺院を上回っているんだそうな。

ミワラにも、 順勝寺 ・ 浄楽寺 ・ 善教寺  などの
蓮如や准如ゆかりの寺がいくつもあったしね。

ま、あまり細かい寺の来歴はわからないものの、
天正年間に改宗してるんだったら、ミワラに立ち寄ったあと、
養国寺に准如も立ち寄ったかもしれないよな、な~んて思ったりもした。




本堂の脇には、宝形造の小さなお堂。
経蔵かな?↓


東西条・白市・養國寺14



その近くにある灯籠↓。


東西条・白市・養國寺16


宝暦11年(1761)の銘がある。

ここには他にも、寛延4年(1751)の灯籠と、
元禄6年(1693)の年号をもつ手水鉢があるらしい。
て事は後から知ったので、写真はありまへん



ふう、面白かった~。
来てよかったな・・・と思いつつ外へ出ようとしてふと脇の土塀を見ると↓


東西条・白市・養國寺37



おお~、3本ライン!
なかなかの格ってことだな。
(土塀のラインについては 「三原編(59)」 を参照ください)


その土塀の上には、やっぱり・・・↓


東西条・白市・養國寺38



私の記事で寺とハトとくれば、例のあの植物を期待した方もおられるかもしれませんが、
残念ながらここにはなかったんですよ。
あったら撮ってたよ(笑)。


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最終更新日  2013年04月25日 21時53分05秒
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