戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年05月25日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
いやいや、香積寺と城下の寺のことだけで1話使っちゃうとは、
自分でも予想外でした。

これぞ、気ままなジジイの旅日記・・・
しかも、昨日の記事を書いたあとで、香積寺の名前の由来についてまで
考え始めちゃったし。


香積寺の存在を知ったのは、去年の夏のミワラに行くにあたって
寺町めぐりのプランを立てていた時。
地図に「香積寺」の文字を見つけた時は、

「えっ!ナニコレ!?」

って身を乗り出しましたね。


山口にある現在の瑠璃光寺なんだもん。
(山口の香積寺と大内義弘については 「山口編(7)」、
香積寺が瑠璃光寺となったいきさつについては 「山口編(8)」 を
ご参照ください)


沼田の香積寺の正式名称は「桂谷山香積寺」。
「桂谷山」については前回「本郷町誌」より引用しましたが、
「香積寺」の名称の由来については、私はまだ知りません。

が、開山の全庵一藺(ぜんあん・いちりん)が大内氏と関係のある人であり、
もし沼田香積寺の創建に大内氏も少し噛んでるんだとしたら、
あるいは「香積寺」の名称についても何か関連があるのかもしれない。


山口の香積寺が小さな寺だったんならマイナーゆえにカブっちゃうことも
あるかもしれないけど、義弘の菩提寺だからね。

それに、開山が全然よその土地の人だったんならたまたま寺名が
カブったって可能性もあるけど、全庵一藺は山口にいた人だからね。

こういう状況で、フツー同じ名前は付けないと思うんだよね~。





本郷周辺には他に小早川惣領家の菩提寺・ 米山寺 や、
小早川氏が最初に菩提寺にしようとしたというウワサのある 楽音寺 などの
古い名刹もありますが、ちと高山城からは遠い。

が、この香積寺は城下と呼べる位置にあり、
しかも小早川興平の菩提寺。

高山城・新高山城を訪れる人の中で香積寺に寄る人はほとんどいないと
思いますが、前回と今回ちょっと書いたような歴史と背景を持つ寺であり、
大きくはないものの、小早川氏をしのぶにはなかなかいいお寺じゃないかと
私は思いますので、ぜひこちらのお寺にも立ち寄って
往時の小早川氏に想いを馳せる人が増えてくれると嬉しいな~と思います。


最後に鐘楼を見てから、寺を出る↓。


東西条・本郷・香積寺18



この後で、県道50号線を南下して 居館跡推定地 へと向かう。
県道50号線の香積寺前から見た高山城↓。


東西条・本郷・県道50号線沿い1・高山城



県道50号線を挟んだ向かいには、沼田富士が大きくそびえる。
その向こうには、4つ子ちゃんみたいな面白い形の山があった↓。


東西条・本郷・県道50号線沿い3・東の山



県道沿いには、こんな看板もあった↓。


東西条・本郷はヒコーキの町です


『空港と史跡の町』だって・・・アハハハ!
「ふた」と同じく、県境とか市の境とかにあるこーゆー看板も、
その土地の名所・名産が描かれることが多いから、私好きなんだよね~。

まあ、私の史跡めぐりは歩きが基本なので、
あまりこうした看板にお目にかかることはないですが。      



居館跡推定地へ向かう途中には、フェイクながらも立派な石垣を
備えている民家があった↓。


東西条・本郷の民家の石垣



別の民家には


東西条・本郷・居館跡付近15・付近の民家


東西条・本郷・居館跡付近16・付近の民家



居館跡推定地(現在の本郷小学校)から古高山はこんな風に見える↓。


東西条・本郷・居館跡付近25・本郷小学校から高山城


写真に写る現代の民家を家臣屋敷に着せ替えして、
心の眼(妄想ともいう)で見てくださいね。
すると、結構立派な眺めになるでしょう?

今川了俊 はおそらく居館に滞在したんでしょうから、
同じような景色を見たに違いない。



小学校の前の道を、西国街道へと向かう↓。


東西条・本郷・寂静寺へ



ハアハア、もうちょっとだ・・・
次に寄ったのが、寂静寺。(場所は こちら )


東西条・本郷・寂静寺


工事中のようです・・・が、中にはいちおう入れるらしい。

山門の脇にあるのが、鐘楼。


東西条・本郷・寂静寺27



東西条・本郷・寂静寺5


「昭和二四年五月再鋳」ってあるのかな?
ここも先の大戦で供出したものと思われる。


鐘楼の軒丸瓦は、「立ち茗荷(みょうが)」↓。


東西条・本郷・寂静寺4


東西条・本郷・寂静寺29





ここの 懸魚 と妻の彫り物がすごい↓。


東西条・本郷・寂静寺6



こんなすごいのを、懸魚と呼んでいいのだろうか・・・
デカい羽で、しっかり雨を防いでるといえなくもないけど(笑)。


境内には、少しお年を召した親鸞上人様がたたずんでおられた↓。


東西条・本郷・寂静寺13



傘で顔が暗くなっちゃってるけど、どうにも鼻のところが気になって
写真を拡大してみた。
そしたら、両の鼻の穴に何か突っ込んであるらしい。
花粉症かな?

鼻の詰めものはともかく、やはりお年のせいかリアルだなあ。
ミワラでは、幼体の法然様とか青年の親鸞様ばっかり見てたので、
どうもこのリアル感になじめない。

やっぱ、 専福寺 の若くてイケメンの親鸞様がいいな・・・(笑)。



境内には何やら長々とした碑文があったので
縁起でも書かれてるのかと思ったら、違ったみたい。

が、親鸞上人様でわかるでしょうが、こちらは真宗のお寺になります。
「本郷町誌」によると、天文18年(1549)僧祐円の開基とある。

あれ、もう少し新しい寺かと思ってた。
て、ことは・・・
この寺も、ミワラへ移転しなかったのか。
なんでだろ?


で、こちらが本堂↓。


東西条・本郷・寂静寺9



アラ、ここは赤瓦じゃないわ・・
なんか新鮮。


東西条・本郷・寂静寺16



こちらが玄関↓。


東西条・本郷・寂静寺23


東西条・本郷・寂静寺21



東西条・本郷・寂静寺22



東西条・本郷・寂静寺25



東西条・本郷・寂静寺17



東西条・本郷・寂静寺19





あ~、ミワラの寺町めぐりを思い出す・・・
てか、天文年間の創建というものの、全体的な造りというか印象は
ミワラに移転した寺とよく似てる気がするんだけど。

外観だけ見てると、天文よりは天正以降の寺ってカンジだよな・・・
後の時代になって、大々的にリハウスしたかな?

建物がこれだけ立派なら、山門もぜひ見てみたかったな~。
まあいいや、次に来た時にまた寄ってみよう。


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最終更新日  2013年05月25日 17時21分02秒
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