戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2013年05月30日
XML
カテゴリ: 日光写真館
今回、通常のスケジュールを破って山内へまっすぐ来たのは、



日光・東照宮入口3


いちおう、当初は公開のスケジュールは決まってたと思うけど、
日光観光協会のオフィシャルサイトには
「平成24年5月22日(火)~当分の間」とある。

なんてアバウトさ・・・

並んだり、待つのがイヤだったからさ。



ま~、日光といえば、大抵の観光客は個人でも団体でも
まず東照宮に来るからね。
ホント人が多くてイヤなんだよね。
団体さんにかち合ったりすると最悪。

まあ、山内で団体さんを見かけない日なんざございませんが、
長年日光に通ってるとはいうものの、私はほとんど東照宮には寄らない。
人が多いから(笑)。
ので、あんまり詳しくはないのですが、
確かこの五重塔は通常は柵の外から見るだけだったような・・・

つか、鳥居をくぐってすぐの左脇にあるものの、
ちょっと奥まったところにあるので、ちょっと目立たない存在。

アハハハ・・・・



日光・東照宮入口・五重塔23


 【慶安3年(1650)若狭小浜藩主・酒井忠勝の奉納。高さ35m。
  吊られた心柱により高層建築の振動を調整する工夫がされている。
  (重要文化財)】



上の解説だと慶安3年とあるけど、『謎と不思議 東照宮再発見』によると、
慶安元年(1648)の徳川家康の33回忌(神様だから「御神忌」というらしい)
にあたっての奉納だとある。


東照宮にある木造建造物の中で大名の奉納によるものは
この五重塔だけなんだそうな。

ただし、残念ながら建立当時のものではない。
文化12年(1815)に東照宮で火災があり、惜しくも焼失。
その後、文政元年(1818)に酒井忠勝の子孫・忠進によって
再建されたものが現在の五重塔。

「山内入口2」 あたりで杉並木がちょっと写ってますが、
山内には樹高の高い巨木が多い。
が、五重塔付近の木だけは文化12年の火災で枯れてしまったため、
山内にある他の木よりも若く、樹高も低いとある。


特別公開の心柱を見るには、別料金が必要。
お金を払ったら、ポスターと同じ絵柄のクリアファイルがついてきた。


ちょうど私が入ろうとした時、神職のカッコした人が後から
団体さんを引き連れてきた。
柵の中の狭い場所で何やら説明をしていたけど、
邪魔だから早く通過してほしくて周りの写真を撮って間合いを取った。

で、以下が五重塔初重の意匠群です。
フラッシュをたかない望遠だからブレまくりであまりいい写真がないんだけど


日光・東照宮入口・五重塔1


日光・東照宮入口・五重塔2



日光・東照宮入口・五重塔3



日光・東照宮入口・五重塔4



日光・東照宮入口・五重塔5



日光・東照宮入口・五重塔7



↑こんな細い隙間にまで、意匠が施されてるう・・・


日光・東照宮入口・五重塔8






日光・東照宮入口・五重塔11



日光・東照宮入口・五重塔15



日光・東照宮入口・五重塔18



ちょっとブレちゃってるのもあって、
ごめんあそばせ。
でもわたくしにはこれが限界でした。      

何度も撮り直したので、奥に回るまでの間の撮影で結構な時間を費やして、
もう首が疲れた

そういえば、先行した団体さんの神職風ガイドさんは
十二支がどーのと言っておったような・・・
十二支の彫り物があるってことかな?
やっぱ、便乗してちゃんと聞いておけばよかったかな(笑)。

と思ったら、日光観光協会のオフィシャルサイトに
「初層を飾る十二支の彫刻は、子(=北)、卯(=東)など、
それぞれ方角を表しています」と書いてあった。
なるほどね。


で、正面の裏まで回るとそこが心柱公開の場所です。
この場所で、東西条編の合間に書いた雑談で思いっきり毒を吐いた
例のイヤな思いをした訳です・・・
(毒にあたりたい方は こちら )

心柱も楽しみにしてたけど、私は内部の造りを見たかった。
写真は当然撮れませんでしたが、内部はかなり素晴らしかったです。



ご存知の方も多いでしょうが、東京スカイツリーは
この五重塔の耐震システムを応用して設計されたと言われてます。
そして、五重塔が建つ場所の標高は、東京スカイツリーとほぼ同じ高さ。

関係ないけど、明日、5月31日からはNHKも民放も
すべての電波がスカイツリーからのものに切り替わるんだそうな。
あれってどの辺まで電波届くんだろ?

で、東照宮の五重塔の心柱は浮いてるのが話題になりますが、
順路に従って時計回りに裏まで進み、内部を見たあとで先の側面に回ると
床下から浮いてる心柱が見えます↓。


日光・東照宮入口・五重塔16



写真じゃわかりづらいと思うけど、光ってるのが心柱。
ここからだと、浮いてるのがよくわかります。
こっちには撮影禁止とは書いてないんだよな・・・

で、五重塔内部の敷石と玉垣↓。


日光・東照宮入口・五重塔20



塔が丸ごと燃えたんなら、火の勢いは相当なものだったと思うけど、
石には特に焼けたような跡は見られない。
そっくり入れ替えられたのかな。



ここで、ちょっと久々に建築の解説です。
垂木(たるき)についてはちゃんと説明したことがなかったけど、
屋根を支える部材のひとつ。
純和風の日本建築でなくても、案外フツーの民家でも使われている。

寺院建築では、垂木で屋根を支え、 斗栱 を組んで建物本体から
軒を深く出すことで、本体部分を風雨や夏の強い日射しなどから守る役目を
果たします。


日光・東照宮入口・五重塔25・四重-3



↑これは五重塔の垂木。
垂木が二段になってるので、これを二軒(ふたのき)という。
本格的な日本建築は、たいていが二軒。

垂木が一段なら、一軒(ひとのき)。
三段なら、三軒(みのき)。
三軒以上はありません。

軒が複数ある場合、下の軒を「地軒」(じのき)または「地垂木」(じだるき)、
上の段を「飛檐軒」(ひえんのき)または「飛檐垂木」(ひえんだるき)と呼ぶ。

古い時代の正規の手法としては、地垂木の断面は円形で、
飛檐垂木の断面は角形。
つまり二軒の垂木を正面から見た場合、下の段は丸くて
上の段は四角だってこと。

地(垂木)=円、飛(檐垂木)=角だから、
この正規の方式を「地円飛角」(じえんひかく)と呼ぶ。
上の写真の地垂木は角だから、「地角飛角」。


おもむろに垂木の説明を始めたのにはワケがあります。

上の写真の垂木は、みんな軒の先端に対して垂直でしょ。
隅木以外のひとつの面の垂木はみんなまっつぐ平行に並んでいる。
こういう垂木の配置を「平行垂木」といい、和様のスタイル。

五重塔は当然屋根が5つありますが、初重(最下層)から四重までは
すべて平行垂木↓。
ちなみにこれは四重のです。


日光・東照宮入口・五重塔25・四重



これに対して、最上層の五重だけはこうなっている↓。


日光・東照宮入口・五重塔26・五重



垂木がまっつぐじゃありまへん。
放射状に広がってます。
こういう配置を「扇垂木」(おおぎだるき)という。
扇垂木は禅宗様。

ちょうど写真の下に四重の垂木が写ってるから比較しやすいかな。
隅木付近の垂木なんか、四重と五重じゃ配置が全然違うでしょ。

一体、何でこんなことになっているのか・・・

これについて『謎と不思議 東照宮再発見』では、
「徒然草」によると完全なものは決して良い訳ではなく、
内裏の造営の際も必ず1ヶ所は造り残しをするし、
江戸期には「瓦三枚残す」という風習があったことから、
わざと垂木の配列を変えたのではないかと推測している。

そして、こうした工夫は東照宮内で五重塔だけではないとのこと。

他にどういう工夫が凝らされているのか、
こちらもおいおいご紹介いたしましょう。


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年05月30日 21時00分45秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: