戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年06月17日
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カテゴリ: 江戸めぐり
啓運寺を出て、諏訪台通りをさらに南へ。
ここまで来ると、日暮里駅も近い。
あともう少しでミッション完了だあ~。


日暮里・諏訪台通り


通りの名称としては、「諏方」じゃなくて
一般的な「諏訪」の方を使うのね。


次にやって来たのが、延命院。(場所は こちら )



日暮里・延命院






日暮里・延命院2



 【七面大明神と延命院の大椎

  日蓮宗の寺院で宝珠山と号する。開基は四代将軍徳川家綱の乳母三沢局。
  家綱出生の際に安産を祈祷した慧照院日長が、三沢局の信施を受け、
  甲州身延山の七面大明神を勧請。慶安元年(1648)別当寺として
  延命院を開創したという。

  七面大明神には、胎内に慶安3年(1650)法寿院日命が願主となり、
  仏師矢兵衛の手で作られたことを記した銘文がある。秘仏とされ、七面堂に
  祀られている。これにちなんで、門前から宗林寺(台東区)方面に下る坂は
  七面坂と呼ばれる。境内には樹齢600年を超えるといわれる大椎
  (都指定天然記念物)がある。】



ここも老女のゆかりか・・・
やはり江戸だなあってカンジ。
で、樹齢600年超というシイがこちら↓。


日暮里・延命院6


 【東京都指定天然記念物 延命院のシイ


  堅果(実)は、渋みがなく、やや透明な白色で食用となり、また庭園樹としても
  広く利用されている。

  延命院のシイは、天保7年(1836)開板の「江戸名所図会」巻五の
  「日暮里惣図(ひぐらしのさとそうず)」に、現在地と思われる位置に
  本樹の全容が描かれていて、当時から地域の人々に親しまれた老樹であることが
  伺われる。

  かつては幹周り5.5メートル(平成9年調べ)の巨樹だったが、平成14年
  (2002)5月に幹内部の腐朽が原因で南側の大枝が崩落し、安全のため
  現在の樹形に保っている。】
  (現地解説板より)


大きいっちゃ大きいけどね。
でもそれより、がっちり鉄棒で支えられてて、
延命措置がおいたわしいってゆーか・・・
延命院だけに(笑)。

ここから境内を見ると


日暮里・延命院7


ほう、綺麗にしとるな~。
手前のお堂から見ていこうかな。


日暮里・延命院9


ここも橘か・・・と思ったら日蓮宗の紋なのか、コレ。
辺りを見回すと、あちこちに日蓮宗橘がいっぱいついてる。


日暮里・延命院10


日暮里・延命院11



日暮里・延命院12


「新編武蔵風土記稿」によると、釈迦堂とか七面社とか
いろいろあったようなんだけど、 
どれが何だかよくわからないので、手前からずるっとご紹介します(笑)。


日暮里・延命院13


日暮里・延命院14


↑これはちょっと日蓮宗橘とは違うけど、
でも懸魚にも鬼板にもこれでもかってぐらい橘が入ってる。


留蓋↓。
あれ?今日、ここまでで留蓋見たっけ?


日暮里・延命院16


日暮里・延命院17



獅子(狛犬?)の留蓋はスタンダードだけど、
同じようでどの子も結構違う。
綺麗に写真が撮れると、その違いもわかりやすい。


エアコンの目隠し↓。
景観を保つのも大変だよな~といつも思う。
って、こんなの撮るなって?(笑)


日暮里・延命院18




日暮里・延命院19


日暮里・延命院20



鰐口↓。
ここのは柄がない。


日暮里・延命院21



今日見てきたお寺は再建で現代風の建物が多かったけど、
ここの屋根は結構古そうで立派だったから、満足した。



次に向かったのが、通りをはさんですぐお隣の経王寺。(場所は こちら )


日暮里・経王寺16



おお、すげえ立派な門~

 【大黒天 経王寺

  経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。明暦元年(1655)、
  当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院日慶のために
  寺地を寄進し、堂宇を建立したことに始まるという。本堂の隣の大黒堂には
  日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られており、地域の人々の崇敬を
  広くあつめている。

   慶応4年(1868)の上野戦争のとき敗走した彰義隊士をかくまったため、
  新政府軍の攻撃をうけることとなり、山門には今も銃弾の痕が残っている。】
  (現地解説板より)


その弾痕の痕がこちら~↓。


日暮里・経王寺6(弾痕つき)


左の面の、白くなってる部分。
貫通はしなかったみたいで、ちょっと欠けてる程度。
撃った距離にもよるでしょうけど、幕末だし、
正面から本気で狙ったらこんなもんじゃ済まないんじゃ?


今日ここまでの寺社めぐりでは、境内には施餓鬼のお客さん以外は
拝観者らしき人にはほとんど会わなかった。
が、駅に近いせいかこの門前には数人門を眺めてる人がいた。

その中に珍しく、若い1人だけの兄ちゃんがいて、
これは地元のおばさんにつかまって何やら色々説明されてた(笑)。
富士見坂でのバアさんといい、若い人に色々教えたいって気持ちが
あるんだろうな~。

まあ、地元の古老の話ってのは時にびっくりするようなのがあるから、
いいことだとは思うけどね。
若いのにこんなとこに1人で来るってのは、
やっぱり歴史とかに関心がある人だと思うし。

しかし、あの兄ちゃんがいなかったら私がつかまってたかもしれん・・・
苦笑いしながらおばちゃまの話を聞いてる兄ちゃんを横目に見ながら、
これ幸いと撮影にいそしむわたくし・・・


日暮里・経王寺3


日暮里・経王寺4


日暮里・経王寺2




蓮華文じゃんっ!!


蓮華文の瓦は、古い時代のものに多い。
別にここのがニセモノっていう訳じゃないんだけど、
なんてゆーのか・・・蓮華文が主流だった時代で現存してる瓦ってのは、
奈良とか特に古い時代のが残ってる寺にしかない。

経王寺はもちろんもっと後の時代ではあるんだけど、
それでも蓮華文が好きな私としてはこの軒丸瓦は嬉しい。

蓮華文にも色々変遷があり、これは八葉単弁蓮華文ていうのかな。
白鳳期以降のデザインで、初期のものよりは段々複雑になってきたタイプ。

後世のものでも、蓮華文がこんなとこで見られるなんて嬉しいな



日暮里・経王寺8



まっすぐ行ったところが本堂らしい。
が、まずは手前にあったお堂に寄り道。
こちらが大黒天堂↓。


日暮里・経王寺12




日暮里・経王寺10



留蓋もあるし、結構古くていい感じ。
あれ?ここの瓦・・・


日暮里・経王寺10-2



打出の小槌だ
大黒天堂だからか~。
脇っちょにも↓。


日暮里・経王寺11



実はこの時、お寺の中では大ゲンカをしてて、大変やかましかった。
一方的に女の人がキイキイわめいてるだけなんだけど、
どうも聞いてると洗濯物の出し方だか何かが気に入らないらしく、
えんえん甲高い声で怒鳴り続けている。

私が境内にいた間ずっと怒り続けていたから、
ちいちゃな事であれだけ情熱を燃やせるってのもすごいよな~と
感心したほどだった。

でもね、お寺なんだしね、もうちょっと人目ってのを気にした方が・・・

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最終更新日  2014年01月04日 21時07分04秒


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