戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年06月20日
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カテゴリ: 日光写真館
かなり遠目だけど、御仮殿の全景↓。


日光・東照宮・御仮殿153



御仮殿の本殿および拝殿、唐門、御殿を取り囲む透塀、
すべて重要文化財。
あと前回の鐘楼もやはり御仮殿の附属らしく、こちらも重文とのことだった。

で、今回は透塀が主役です。
透塀はこんな風に、御仮殿全体を取り囲んでいる↓。


日光・東照宮・御仮殿125



透塀の軒下にも華麗なる彫刻が施されておりまして、


同じように見えるものでも葉っぱの形が違っていたりして、
ビミョーにどれも違う。

今回はこれを貼りまくります。
手ヌキじゃないよ。
元々、こういう写真をひたすら貼るためのシリーズだからね。

興味ない方にはつまらないかもしれませんが、
こんな写真を逐一貼る物好きもそういないだろうから(笑)、
一緒にお楽しみいただければ幸いです。



日光・東照宮・御仮殿19




日光・東照宮・御仮殿20



日光・東照宮・御仮殿21



日光・東照宮・御仮殿22




日光・東照宮・御仮殿23




日光・東照宮・御仮殿24




日光・東照宮・御仮殿25




日光・東照宮・御仮殿26



日光・東照宮・御仮殿27




日光・東照宮・御仮殿28



日光・東照宮・御仮殿29




日光・東照宮・御仮殿30




日光・東照宮・御仮殿31




日光・東照宮・御仮殿32




日光・東照宮・御仮殿33




日光・東照宮・御仮殿34




日光・東照宮・御仮殿35




日光・東照宮・御仮殿36




日光・東照宮・御仮殿37



これは、奥の本殿の方だったかな?↓


日光・東照宮・御仮殿48



日光・東照宮・御仮殿46



日光・東照宮・御仮殿47



日光・東照宮・御仮殿49




日光・東照宮・御仮殿50



日光・東照宮・御仮殿51




日光・東照宮・御仮殿52




日光・東照宮・御仮殿53



日光・東照宮・御仮殿54




すごいでしょお~。

写真のウデもあるけど、基本的に写真は実物にかなわないと思ってはいるものの、
なかなか高い場所にある細部の装飾までを現地で堪能するのは
現実問題として難しいので、こと日光に関しては写真でじっくり
細かい部分を楽しむのもいいテだと思う。


ただし、これだけの写真を撮るのは実際大変です。
まだここまでで片側一面しか撮ってない。

途中ですでに半泣きになりながら、ひたすら写真を撮ってました。


奥まで来たところで、息切れしながらちょっと休憩。
ふと木立の方を見ると、なにかあった↓。


日光・東照宮・御仮殿59



ひとまず一気に透塀を撮っちゃわないと・・・
と後で寄ろうと思っていたのに、ここでかなり体力を消耗したので
すっかり忘れてました。

が、『謎と不思議 東照宮再発見』にこれについての解説があった。


 【文化9年(1812)、大楽院(現在の社務所)から火災が発生。社殿への
  延焼はくい止められたものの、廊下は火のトンネルとなり、これに接続した
  宝物蔵に延焼。折悪しく、その時御本社は修理中で、通常は本殿内部に保管される
  神宝類も、ここに移管されていた。

  燃え盛る中、社家が飛び込んで、かろうじて数点の最貴重品を運び出した他は、
  ことごとく灰燼に帰した。刀剣だけでも2百振が焼身となっている。この時燃えた
  神宝類の灰を埋めた供養塔が、御仮殿の脇に建っている。】


・・・とな。


ま~、間が悪い時はホントにツイてないもんでね~。

うちの母方はいちおう旗本の家系で、
戦前はなかなか羽振りが良かったらしく、
ジイちゃんは御神輿をポンと寄進したりしたそうなんだけど、
先の戦争も終盤に入り本土への攻撃も激しくなってくると、
お宝を防空壕に避難させたそうでね。

ところが、東京大空襲で防空壕に火が入り、お宝全滅・・・

うちは「開運!なんでも鑑定団」が好きで毎週日曜の昼に観てるんだけど、
母親は人様のお宝を見ては

「あの時焼けなければ、うちだって・・・」

と何度も悔しそうにつぶやいてます(笑)。


この文化9年の時運び出した「最貴重品」てなんだろ?

東照宮の境内とは別の場所に、東照宮のお宝を収蔵・展示する
「日光東照宮宝物館」がある。

ここには1,000点にものぼる貴重な品々が納められていて、
リーフレットには「主な収蔵品」として国宝6点、重文11点、
県文1点のほか、御神宝として8点が列記されている。

その御神宝が、御寝具および唐櫃(からびつ)だの、御綿入れおよび唐櫃だの
御袷および唐櫃だの、なんかファブリック系のものが多い。

うむ、選んでるヒマなくて、衣装系のものが置かれてる場所から
唐櫃ごと火事場の馬鹿力で運び出したとか?
まあ、最貴重品ってぐらいだから、東照宮の本殿の奥深くに
しまわれてるかもしれないけどね。

でも、宝物館には結構家康の御在世品ってのも展示されてるんだけど。
たしか「御遺愛品」としてクマの小さな置時計とか、
キセルとか薬研とかあったよな。

あと、征夷大将軍の宣旨。
これも宝物館で見られます。

この辺のこまごましたものは、幸い別の場所に保管されてたのかね。



しかし、五重塔も燃えてるし、結構山内で火災ってあったんだな~と思ったら、
『謎と不思議 東照宮再発見』には東照宮の略年表が載ってた。




と笑われようが、気になるものはしょうがない。
てことで、この略年表の中から火災の記事だけを抜き出してみました。


 寛永3年(1626)  11月16日、山内大火。本坊など焼失。

 寛永15年(1638) 1月27日、馬町より出火、西町中大火。将軍御殿・
              大楽院など焼失。

 承応3年(1654)  1月7日、本坊焼失。

 貞享1年(1684)  12月13日、鉢石町より出火、東町中大火。同20日、
              蓮華石町より出火して西町・山内に延焼。本坊・御成御殿・
              本宮・御旅所・僧坊など焼失。

 天明6年(1786)  日光西町火災、日光奉行屋敷・目代屋敷延焼。

 文化9年(1812)  12月30日、東照宮の別所大楽院火災。銅庫に延焼して
              神宝・刀剣など多数焼失。

 文化12年(1815) 10月16日、五重塔焼失。 


う~~ん・・・
結構あちこち燃えてる割には、お宝の被害は免れてきたのに、
文化9年の時が最初にして最大の被害をこうむっちゃったワケだな。

もう、ホントに間が悪いとしか言いようがないよね~。


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最終更新日  2013年06月20日 22時28分23秒


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