戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年07月21日
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カテゴリ: 城(中国)
棗御門から本丸域へ戻って、御門脇の櫓台へ上がってみた↓。


福山・福山城・本丸26・棗御門櫓台



かなりミニマムなスペースだったので、
ホントの物見程度の平屋の小さな建物が建ってた程度かな~と思った。
けど、絵図では二層に描かれている。

ここの櫓が当時何と呼ばれていたのかはわかっていない。
また、これは御門の西側だけど、東側にも同じように櫓台があったと思われるものの、
東側の石垣は崩されているらしい。


かつてここからは途中に櫓を挟みながら、南へずっと多門櫓が続いていた。



福山・福山城・本丸27・本丸西側多聞櫓を南へ



上の写真の左端に写ってるのが井戸↓。
縄張図ではマル17の位置。


福山城復元図・白図(14話)




福山・福山城・本丸28・荒布櫓付近



↑こちらの写真でも井戸が切れちゃってますが、
すぐ近くにこの見事な黄金色のイチョウもあったので、
チャイナガールを含め結構人が立ち寄って、ロクな写真が撮れなかったのだ。


 【黄金水

  本丸に現存する唯一の井戸で、その他本丸には4ヶ所、二の丸に3ヶ所、三の丸に
  2ヶ所あったといわれる。城郭における井戸はその城の良否あるいは戦闘の際の

  すばらしい井戸であった。】
  (福山城博物館リーフレットより) 



石垣の上も歩きたかったけど、それよりは石垣を見たかったので、
このまま地面を歩いて南へ向かいます。

わたくしの手書きの縄張図では、多門櫓でつながれた場所は

少々正確性は欠くかもしれないけど、大体こんなとこだと思う。

多門櫓のうちの一部は伏見城から拝領したものとの記述もあるものの、
どこに使われたのかはわかってないのかな。


現在の本丸西側の石垣には、数か所合坂が付けられていた↓。


福山・福山城・本丸30・本丸西側の合坂



で、だいたいこの写真の場所にかつて荒布(あらめ)櫓があったと思われる↓。


福山・福山城・本丸29・本丸西側の合坂



この辺の石垣は別に横矢がかかってる訳でもないので、
遺構だけで荒布櫓の位置を判別するのは困難。
解説板がある訳でもないしね。

荒布ってなんだろう?って思って「備後歴史探訪倶楽部」様の解説ページを読んだら、
コンブの一種だそうな。
そういえば、門司の和布刈(めかり)神社で和布刈神事について少し調べた時、
そんな名前が出てきたっけ・・・

んじゃ、コンブ蔵ってことか(櫓です)。
ここは神辺城からの移築と伝えられる。
これで移築組は3つめ。


その先も合坂を見ながら進んで行くと、


福山・福山城・本丸31・本丸西側の合坂



石垣は西方向に折れる。
その先っぽにあるのが、マル19の人質櫓。
神辺移築組の第4段。


福山・福山城・本丸32・人質櫓東側から



正直、下の紅葉ばっかり見てましたが(笑)、
紅葉に向かって突き出してるのが人質櫓の櫓台です。
福山城では人質は取らなかったので、神辺時代の名称をそのまま引き継いだんだろうと
いわれてます。

同じ場所から、これまで歩いてきた北側の石垣を外側から見たところ↓。


福山・福山城・本丸33・人質櫓から北側



ここも石垣の上に上がれるような石段が取り付けられていたので↓、


福山・福山城・本丸34・人質櫓へ



ちょっと上がってみた↓。


福山・福山城・本丸35・人質櫓



ただし、竹柵は結構内側に付けられてるし、
なんか強度に不安を感じたので、すぐ降りたけど(←こわがり)。

人質櫓は、細長い感じのスペース。
そんなに広くはない。

人質櫓からさらに南に多門櫓が続いてたというけど、
2枚上の写真なんかで見ると、多門部分はかなり幅が狭い。

こんな狭いとこに多門?と思ったら、どうやらここは後代になって
石垣の改修があったらしく、現在見られる櫓台の規模も当時のそれより
小さくなっているらしい。

そして、多門櫓内側の石垣もそれにあわせて狭められたという。
なるほど、それならわかるわ。


人質櫓とそれに続く多門櫓の本丸側の石垣は、現在ではこんな風になっていて
なかなか素敵な眺めなんだけど↓


福山・福山城・本丸36・人質櫓と南側多聞



残念ながら、カッチンが見た石垣とはちょっと違うものらしい。


人質櫓からすぐ南は東側に折れていて、マル20の場所からは
下方の眺めもいい↓。


福山・福山城・本丸37・人質櫓付近から鐘櫓下



ここは後で書くので、飛ばします。

この先にあるのが、マル21・・・と思ったら、マル数字は20までしか
ないらしい(笑)。
すみません、ここからはマル抜きの数字になります。

で、21が鐘櫓。

この辺りの構成がどうもわかりづらいんだけど、
ひとまず現在ではこんな建物が建っている↓。


福山・福山城・本丸42・鐘櫓



 【福山市重要文化財 福山城鐘櫓

  築城当時より城下や近隣諸村に”時の鐘”をつげた遺構で、江戸期には鐘と共に
  緊急時武士を招集する太鼓も備えていた。

  当初はこけらぶきか桧皮ぶきであったが、明治以後荒廃が激しくたびたびの補修のため
  原形をとどめない状況であった。昭和54年銅板ぶきとし旧規に復したものである。
  城地内に鐘櫓が所在するのは全国的に例がなく、貴重な文化財である。】
  (現地解説板より)


福山城博物館のリーフレットの解説だと、こうなる↓。

 【本丸の西側に位置し、はじめは鐘を吊り、太鼓を懸け、時の鐘と半時(1時間)の
  太鼓をうっていたといわれる。石見国(島根県西部)大森銀山の応急処置を命ぜられ、
  人数をくりだす必要があったためという。
  鐘は、儒者山室如斎、菅茶山の銘を刻んだものもあったが、現在は無銘である。
  昭和54年改修完了。】


う~ん、こっちの方がわかりやすいな。
いわゆる「半ドン」だったワケね。


「新版福山城」には廃城後の鐘櫓についての記述があり、
こちらはもっと興味深い。

 【明治6年の廃城後は放置されていたが、明治30年福山城跡公園になったときから
  時鐘人(じしょうにん)と呼ばれた鐘撞をする人が常住し、昭和31年まで
  時の鐘を打っていた。その後は、有志の方が朝の鐘を打っていたが、昭和60年からは
  タイマーによって自動で朝・昼・夕の鐘が打たれている。

  築城時は檜皮葺であったが、大正時代にスレート瓦となり、さらにセメント瓦となった。
  また、時鐘人の住居となったり、附属建物が付加されるなど改変されていた。】


スレート?セメント!?

「新版福山城」は、いくつか同意しかねるような記述の箇所もあるんだけど、
全体の流れ、特に廃城前後とかについては大変参考になる冊子です。
それにここは近代のことだし、この記述は信憑性が高いんじゃないかと思う。

「新版福山城」が正しいんだとすると、鐘櫓前に設置されてる解説板の
『明治以後荒廃が激しくたびたびの補修のため原形をとどめない状況であった』
とはちょっとニュアンスが変わってくる。

まあ、スレートだから補修と言えないって訳じゃないけど、
やけにチープに改変されていく様子が妙に生々しいってゆーか(笑)。

ただ、「新版福山城」での檜皮葺と現地解説板の「銅板ぶきとし旧規に復した」では
明らかな相違がある。
元和の創建で鐘櫓に銅板葺・・・?
なんか違和感あるなあ。

鐘櫓はいちおう「櫓」という名称になってるし、
ちょっと描きづらいのでわたくしの手書き縄張図でも櫓のようにぽこんと描いてますが、
絵図を見ると人質櫓から続く多門櫓の上にちょんと鐘撞きの望楼を載せた
ようなものであったらしい。

私の持ってる古絵図では、丁寧に鐘櫓が描き込まれてるのはほとんどないんだけど、
福山城博物館の図録に載ってる「福山城(偕楽園)並びに勇鷹神社絵図」には
鐘櫓が描かれている。

この絵図が描かれたのがいつなのか、図録の解説ページには書かれてないんだけど、
絵に描かれた城内の建物は、天守・伏見櫓・筋鉄御門・御風呂屋・月見櫓、と鐘櫓。

勇鷹神社は明治10年に改称するから、
廃城~明治10年頃の間に描かれた絵図と思われる。

で、ありがたいことにこの絵図はカラーで載せてくれているんだけど、
鐘櫓だけ屋根は茶色なんだよね。

時期的におそらくスレートやセメントになる以前の絵でしょうから、
とりあえずわずかな時期であっても、
城が現役の頃には茶色の屋根だったってことじゃないだろうか。

茶色なら、やっぱり銅板葺より檜皮だよな~。

廃城以前に改修された可能性ももちろんあるけど、
檜皮葺を本瓦葺、あるいは桟瓦葺に変えることはあっても、
本瓦葺だったものを檜皮葺に変えるのはちょっと考えにくい。

ので、塗籠瓦葺の多門櫓の上に小さな檜皮葺の望楼を載せたんじゃないかと
わたくしは想像しております。


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最終更新日  2013年07月21日 21時58分12秒


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