戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年09月17日
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カテゴリ: 城(中国)
4月17日 神辺籠屋口で合戦。

4月21日 神辺七日市表固屋口で合戦。

4月?日  平賀家が神辺城攻めを一手に引き受ける。

6月2日  神辺で合戦。

6月5日  神辺で合戦。

6月18日 神辺固屋口で合戦。

7月3日  平賀隆宗死去。

9月上旬  神辺城落城。


え~、天文18年のサイドストーリーはとりあえず



4月21日も「固屋口」が出てきますが、「七日市」もくっついてます。
ここから、当時の神辺城下に市があったことが窺われます。

余談ですが、仕事で全国からの書類を扱ってると、
様々な地名で手を止めることがよくあります。

以前は「城東」とか「馬出」とか「堀切」とかの
城に関連するわかりやすい地名だけに目が行ってましたが、
最近ではそれ以外の、昔そこに何があったか、どういう場所だったかを示す地名にも
目を留めるようになりました。

地名にも色んな種類がありますが、結構多いのが「ナントカ荘」ってやつね。
遠い昔に始まった荘園制が、21世紀の現代でも地名として残ってることに
歴史ファンとしては深い感慨を覚えてボンヤリしますね・・・仕事中にね(笑)。


なるべく古い地名は残して欲しいものです。


あっ、で、4月21日の戦いについて毛利隆元が感状を出してるので、
平賀隆宗が神辺城攻めを引き継いだのはそれ以降、
4月下旬じゃないかと思われます。


平賀隆宗は 「頭崎城(11)」
この神辺城シリーズで隆宗のことを書こうと思って
我慢したんです(笑)。

東西条編では 「竹原にし殿」 のことも最低限の記述にとどめたし、
初めから東西条編の各シリーズと神辺城シリーズを連動させるつもりだったので、
本シリーズが誰も書かないようなおかしな構成になってるのも
仕方のないことだとご了承ください。


して、ここからは平賀隆宗が主役です。
神辺城の記事にも関わらず、ここまで城主である山名理興は
最初の頃にしか出てきませんでしたが(だって史料が少ないんだもん)、
わたくしの立ち位置的にしょうがありません
・・・が、隆宗を書くオマケにちょっと出てきます。



え~、月山富田城攻めの最中、山名理興とその仲良し組が陣中で
好き勝手なウワサ話をしていた『陰徳太平記』のエピソードを
「神辺城(3)」 でご紹介しましたが、その中に隆宗の話も出てきてます。

はい、頭崎城を落とされたオヤジ・興貞に代わって
平賀家の家督を継いだと思われる隆宗は、月山富田城攻めにも参加したようです。

『陰徳太平記』では、隆宗のことを陶隆房・吉川興経と並べて
「類なき剛将」としている。
さらには「隆宗は京童共、鬼平賀と号する程の強将なれば」と持ち上げている。

隆宗の在世中は、遠く離れた京にまで隆宗のウワサが届く理由がないだろ・・・
とついツッコミを入れたくなるものの、神辺城攻めにおいては
「鬼平賀」にふさわしい武勇伝が書かれてます。

まあ、タイムテーブルを見てもわかるように、
隆宗は同年、若くして亡くなって活躍の場が少ないので、
すげ~胡散臭い話だろうが、『陰徳太平記』から少々
マイナー武将・平賀隆宗の紹介をさせていただきます。
隆宗が単独での神辺城攻めを引き受けて以後のエピソードです。



『陰徳太平記』巻17「平賀杉原合戦の事」

  平賀隆宗と山名理興(原文では杉原忠興)は、足軽を出しては小競り合いを
  続けていたが、いずれも劣らぬ勇将でもあり、なかなか勝負はつかなかった。

  天文18年11月19日、杉原播磨守盛重、杉原左衛門大夫興勝は
  700騎を率いて隆宗のこもる向城へ押し寄せて、足軽に

  「なんか~、ウチの城を落とすためにここに籠ってるって聞いたんだけど~、
   別に戦う訳でもなくずっとここに籠ってるじゃ~ん?
   てことはあ~、実はウチの城の護衛をしてくれてるんだったりして~?
   アンタんとこの家臣は、実は誰1人として
   城攻めなんかしたくないんじゃないのかなあ~?」


  と挑発に出させた。これを聞いた隆宗は

  「あんの、クソ盛重め~~!!」


  と500騎を率いて討って出た。その際、舎弟の隆祐に

  「わりゃぁ囮となって麓を下れ。適当に矢いくさをしたところで
   弱々しゅう引き上げて来い。追手を引きつけてから一気に討ち取る!」


  と作戦を授けた上で500騎のうち300の兵を隆祐に預け、自身は旗を巻いて
  200の兵とともにこっそり城を出て途中で待ち受けた。
  隆祐は杉原勢と渡り合った後、一矢打っては退き、を繰り返し、うまく山腹まで
  杉原勢を誘い込んだ。

  頃はよしと見た隆祐が一目散に城へ駆け戻ると、これを見た城内の見張りが
  合図の太鼓を打つと同時に、谷に隠れていた隆宗率いる200騎が
  杉原勢の右手からまっしぐらに襲いかかった。

  杉原興勝も盛重も音に聞こえた勇者であったが、横合いから不意をつかれては
  かなわない。杉原勢があえなく崩れて敗走するところを隆宗が追い、
  首50ほどを上げた。


   返せ~、左衛門!
   戻せ~、播磨守!!」


  返せといわれて返す者がおるハズもなく、
  盛重と興勝の2人はまっしぐらに城へ戻って行った・・・・・



隆宗の弟は新九郎(広相)と梨子羽に養子に行った景行しか
私は知らないので、「舎弟・隆祐」が誰のことを指すのかはわかりません。
さて、続き続き・・・


  翌日。
  足軽がまた小競り合いをしているところへ、隆宗がわずか50ほどの兵を率いて
  現場の指揮に現れた。城中からその様子を見ていた盛重は、

  「うっしゃあ!
   昨日のリベンジじゃあ~!!」


  と屈強の兵300を選んで、隆宗の旗本へまっしぐらに向かって行った。
  隆宗は少し油断しており、しかもこちらは少人数。隆宗ピンチと思われたが、
  そこは剛の平賀兵、馬を一列に並べてリベンジに燃える盛重の攻撃を
  よく防いでいた。

  杉原興勝は前日の戦いで軽傷を負い休んでいたが、盛重が出たとの報を受けて
  あわてて馬に飛び乗り、50騎ほどを率いて盛重の後を追った。
  それを見た隆宗は

  「くそっ、やられた!
   こうなりゃぁもう、皆でここで死んでやるう~!!」


  と死に物狂いで敵へ討ちかかっていった。命を捨てた兵が一度にかかってくれば、
  さしもの杉原勢も退かざるを得ない。敵が少し退いたのを見て隆宗は

  「よしっ!ここが退き時だ!
   みんな、城へ戻るぞ!!」


  と先頭きって退散したので、平賀兵も急いで引き返した。

  「逃すか、ボケが!!」

  と盛重が追うと、隆宗が真っ先に引き返し、よくしんがりを務めていたが、
  隆宗の馬が射られてしまった。
  ああっ、隆宗様、あやうし・・・ベン、ベベン

  ここで舎弟・隆祐が4~500の兵を率いて向城から救援に来た。盛重は

  「昨日のお返しじゃあ~!!」

  と首14~5取ったところで退いて行った。
  十死を逃れ一生を得た隆宗は、それでも敵に後ろを見せることはなかったのに

  「今日は油断してしもぉた・・・
   何たる不覚!!」


  と歯噛みをして立ちつくしていた・・・・・


あ~、だんだん講談調になってきました(笑)。
いやホント、昨日ついーともしましたが、
軍記物はただ読むより自分流に書く方が楽しいです。
ただ、自分なりに書くと(特にセリフ部分は)性格出るなあ~と
つくづく思いますが

バトルはまだ続きます。


  さらに翌日。
  また足軽同士の小競り合いがあったので、隆宗は例の金ピカの鎧を着て、
  屈強の兵30ばかりを選んで足軽を追い払うと、逃げる敵には目もくれず、
  そのままたった1人で神辺城内へふいっと入っていき、
  中で古い小屋を見つけると、それに火をかけてすぐさま駆け出ていった。

  「お、おい、今の平賀隆宗じゃ・・・!
   くそっ、油断して討ちもらしちゃったよ~!!」


  と手に手に武器を引っ提げて城兵が隆宗の後を追ったところへ
  現れたのが1人の武者。
  この者は最初に隆宗が城内に入った時、一緒に城へは入らず三の丸の橋の下に
  隠れた男だった。

  「チッ!臆したか・・・」

  と隆宗は橋の下の男を見て思ったが、実は隆宗の退路を確保しようと隠れたのだった。
  この者が橋の下から追手の足を薙ぎ払って深追いを阻んだので、
  隆宗は何事もなく悠々と引き上げることができた。後で隆宗が

  「誰だ、あいつ?」

  と聞くと、坂新五左衛門という名で、故あって吉田を去り、浪人となって
  平賀家に身を寄せているということだった。



隆宗が着用したという「例の金ピカの鎧」というのも『陰徳太平記』に出てくる話で、
なんでも月山富田城攻めの際には籠手鎖まで金の具足を着て、
前立てにはこれまた金造りの5本立てのシュロの葉を用いたという、
太閤秀吉もまっつぁおのド派手なユニフォームなんだそうな

最後の勇者は、毛利元就が大永4年(1524)に弟とその取り巻きを
粛清した時に逃れたとされる坂元祐さんのことです。


ディテールについてはほとんどフィクションだろうと思うものの、
6月には合戦の記録があることから、小競り合いを含め
両者の間でこんな風な攻防があったのだろうと思われます。


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最終更新日  2013年10月18日 17時31分45秒


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