戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年01月08日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
こちらが大安楽寺のお隣、身延別院↓。(場所は こちら


小伝馬町・身延別院


小伝馬町・身延別院2


入口に何か解説板がある。


 【木造日蓮聖人坐像

  この坐像は当初、日蓮宗総本山の身延山久遠寺(山梨県身延町)の宝蔵に安置されて
  いましたが、明治16年(1883)に身延別院が創建される際、祖師像として
  迎えられました。ヒノキ材の寄木造りで、像高70センチメートル、袖張76


  頭は円頂形をし、瞳は水晶製、右手に笏、左手に経巻を持ち、法衣は朱彩、
  牡丹唐草模様の袈娑の上に、同じ模様の横帔(おうひ)をかけています。胎内には、
  明応6年(1497)7月、施主河島盛正との墨書銘があり、仏師山城発教定蓮が
  造立した、室町後期の日蓮聖人坐像です。

  関東大震災や第二次世界大戦の際にも焼失を免れ、昭和47年(1972)4月、
  都子弟有形文化財に指定されました。製作年代の明確な日蓮聖人の坐像として、
  貴重なものです。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


身延別院がどういうお寺か事前に調べていた訳ではなく、
特にここにお目当てがあった訳でもありません。
ただ、ここも江戸期は牢屋敷の敷地の一角だったので、

上の解説に書いてあるな(笑)。
場所柄、ここに住もうとする人はやっぱりいなかったらしいんだよね。

現地では急いでいたので、上の解説は読まずに中へ入りました。


小伝馬町・身延別院3-2


境内はそんなに広くない・・・

よし、これならすぐ済みそう

まずは本堂でお参りをしてと・・・あ。


小伝馬町・身延別院4



小伝馬町・身延別院5



日蓮宗橘・・・
どんつくだあ(←何宗かさえ知らなかった) 
写真を撮りながら、自然と口元がゆるむ。
まだ 「どんつくショック」 から脱出できておりません、わたくし。

本堂は閉まってたけど、中から読経が聞こえてくる。
さすがにお坊様のお経なので、うちわ太鼓持ってどんつく、
じゃありませんでした(笑)。


本堂の向かって左手前には小さなお堂↓。


小伝馬町・身延別院6



 【油かけ大黒天神由来

  そもそも身延別院に安置する油かけ大黒天の由来を尋ぬるに、現代の名優
  長谷川一夫氏は京都伏見の出生にしてそこに油かけ町あり、昔油を売る商人道端の
  石像に間違って油をかけて以来商売が大繁昌せりと。同しげ夫人は神仏に深く
  帰依し、戦後間もなく、偶々この油かけ天神が夢に出て、帝都に祀り衆人と結縁
  せしめよとの霊夢を蒙り早速身延別院の住職藤井日静上人(後の身延山86世法王)
  に相談すると、上人膝を打ちて喜ぶ。

  上人亦幼少の時、藤井家正に火災発生せんとするや大黒天神が槌を以て幼児を
  撃たんとす。驚いて目覚め裏に逃げて発火地点に至る。火防の大黒天として祀って
  来たれり。長谷川一夫同しげ夫人施主となり、油かけ天神を祀る由来なり。

  日蓮大聖人弘安2年の「大黒天神御書」に云く、大黒天神は釈迦如来の後身、
  上行菩薩の垂迹(衆生を救うために仮の姿をとって世に出現す)なり。然れば
  寂光の都を出でて慈雲三千(世界)をおほい、福徳を恒沙の刹土に満て、慈悲を
  塵数の世界に布く。然れば無量の寿福円満せざるということなし。故に大黒という。

  亦大暗夜叉と云ひ、或は闘戦塚間浴油神とも云う。油を以て灰身を浴して所求を
  成ずるが故に、凡そ尊高の宝冠を改めて卑下の烏帽子を著し、珂雲の玉体を秘して
  塗炭の黒身を現す。右の手には一実中道の槌を捧げ法報応の三身を知らしむ。
  左の手には円教の袋を執て肩にかけて万法円備の真諦を顕す。極位の宝座を下りて
  道祖の草鞋を履いては浴諦常住の理を知らしむ。如説而修行其福不可限、受持法華
  名者不可量、所願不虚亦於現世得其福報。 弘安二年四月十日  日蓮 花押

  祭日 甲子の日 殊に年の始めと終りの甲子を大切にして参詣すべし。開運、安産、
  商売繁昌、福徳円満ならしむ】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


なんとまあ、長谷川一夫夫妻どすか・・・

で、その卑下の烏帽子に塗炭の黒身の大黒様がこちら↓。


小伝馬町・身延別院7


柄杓が2つ置いてある。
これが油なのかな?

すくってみると、ずっしりと重い。
確かに油。
これを大黒様にかけてみたら、ぬた~~~っとしたたり落ちた。
確かに油だ(笑)。


小伝馬町・身延別院8



面白いな、ここ・・・

しかし、ゆっくりしてもいられない。
振り向くと、なにやら石造りの立派なドームが↓。


小伝馬町・身延別院9


小伝馬町・身延別院10



ん~?
日蓮さん( 自称・上行菩薩 )を祀ってるのかと思ったけど、
同じ「じょうぎょう菩薩」でもこちらは「浄行菩薩」だな・・・


この隣には、何だか古そうな柱↓。


小伝馬町・身延別院13



その隣がお稲荷様↓。


小伝馬町・身延別院14



小伝馬町・身延別院15・光明稲荷


小伝馬町・身延別院16・光明稲荷



小伝馬町・身延別院17・光明稲荷


小伝馬町・身延別院18・光明稲荷


鳥居の脇にはなんだかすごく変わった形の灯籠↓。


小伝馬町・身延別院19



うしっ、これで全部かな・・・と思ったら、
灯籠の後ろに水盤みたいのがあるのが目に入った↓。


小伝馬町・身延別院20


うん、水は上の蛇口からひねり出すみたいだけどね(笑)。

寛永寺に行って以降、だいぶ銘を確認するクセがついてきたので、
これもそれなりに古そうな水盤みたいだし、何か書いてあるかな~と思って
かがみ込んでみた。


小伝馬町・身延別院22


これ、絵か・・・?
なんか馬っぽくない? 
馬だよな、これ!
おお~、午年の初めにこんな馬の水盤にお目にかかるとは!
ちょっと今年、ツイてるカモ・・・

帰ってから絵と思われる部分をなぞってみたら、こんなんなりました↓。


小伝馬町・身延別院ウマの水盤-2



ね~?
ウマっしょ

これは珍しい。
ちょっと覗きこまないとわかりにくいから、
もしかしてあまり知られてないかもしれない。

ちょっとこれ、いつの制作よ?と思って側面に回り込んだら、
デカデカと彫ってあった↓。


小伝馬町・身延別院24



「文政三年庚辰三月一五日」
1820年だそうです。


首都圏近郊にお住まいの方は、午年の今年、
この馬の水盤を見に身延別院にお参りされてはいかがでしょう。
珍しい油かけ大黒さんもあるし



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最終更新日  2014年07月31日 21時02分11秒


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